【第四章 望が丘学院と彼女のしがらみ】

◇ザラ・オーベルという少女

 

 望が丘学院。

 正式名称を聖・望が丘学院高等部と言い、学区に存在する四つの学校の中でも随一の規模と生徒数を誇る高等学校。前・終末期から存在する他三つの学校と違い、〈終局都市〉の創建計画によって作られた望が丘学院には大きな特徴がある。

 それは死妖に関する学科が複数存在することだ。

 

『将来、もし君たちが〈終局都市〉から出ることになったなら、その先で出会う人間死妖は全て敵だと思いなさい』

 

 入学式の登壇スピーチで、学長はそう言い放ったという。

 だから君たち生徒こどもは死妖に対する多くのことを学ばねばならない、とも。

 あるいは、それだけがこの終末おわった世界で生き抜く唯一のすべなんだ、とも。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 年度初めということで授業らしい授業は無かった。

 これからのカリキュラムだとか、明後日に迫った建都祭での学生らしい振る舞いについてだとか、そういう話をぼんやりと聞いているうちに時計は頂点を指し、チャイムが鳴って、午前零時ぴったりに生徒は解放された。

 だというのに、僕は拘束されていた。およそがんじがらめと言っていいくらいに。

 

「朝に久世さんと抱き合ってたのって出雲さんだよね⁉︎」「肌きれ〜」「〈終局都市〉の外から来たってホント?」「めっちゃカワイイねってかSNSやってる?」「俺と付き合ってください!」「どこの学科取るかもう決めた? 決めてないなら創造科ウチ来てよ〜!」

 

 ……。

 なんだ。

 なんなんだこれは。

 目立つ目立たないとかいうレベルじゃないぞ。

 教室の中、僕の周囲だけ人口密度が3000%くらいになっている。


出雲いずもさん、人気者ですねぇ」

「見てないで助けてよ伊丹いたみさん」


 人だかりのど真ん中、伊丹さんは僕の机に両肘をついたままにこにこと笑い、


「わたしに話してくれたことそのまま全部喋っていいなら助けてあげられますよぉ」

「それはダメだねぇ……」


 伊丹さんにも必要最低限、『テロの後、アリシアが僕を助けてくれた』というむねの内容しか喋っていないとはいえ、あまり言いふらしたくはない。

 人だかりの隙間から外をうかがってみると、騒ぎを聞きつけてクラス外からも人が様子を見に来ているようだった。人が人を呼んでいる状態だ。これではキリがない。


「アリシアが来るまで耐えるしかないか……」


 一刻も早くアリシアが僕を呼びに来てくれることを祈りつつ、飛び交う質問に出来うる限り答えていると、教室外のざわめきがわっと大きくなった。

 ついに来てくれたかと安堵に息を吐きつつ教室のドアを見れば、


「あんたが噂の転入生?」


 人の波を割って入ってきたのは見知らぬ少女だった。


「……ど、どちらさまですか」

「あぁ、ごめん。アタシはザラ・オーベル。よろしく」


 ハスキーな声音でザラと名乗った少女はすらりとして背が高く、厚めの化粧をしていることもあってどことなく威圧感があった。よく手入れされたブロンドヘアのポニーテール(シュシュ付き)を揺らし、こちらを見下ろすクルミ色の瞳に宿る光はどこか剣呑で。


 ――この子は好奇心で寄ってきた他の生徒とは違う。


 そんな予感を抱き、僕は警戒心を強める。


「へー、けっこうカワイーじゃん」


 けれどザラは僕の前の椅子を引くと、ごく自然な動作で対面に陣取った。


「名前はなんていうの?」

「い、出雲サヨです」

「趣味は?」

「えっ、趣味?」

「うん。好きなことでもいいけど」

「好きなこと……。

 ことって言っていいかわからないけど、お肉は好きだよ」

「あー、いいよね肉。アタシも好き。あんまり食べたことないけど」


 ないのかよ。なんなんだ。


「じゃあ嫌いな食べ物は?

 合成食料レーションってのはなしね、あれは全人類共通認識だから」

「えっと、嫌いな食べ物はキノコとかの山菜類――っていうかこれ何?

 お見合い? なんで僕たちこんな話してるの?」


 流れに飲み込まれかけていたことに気づき慌てて止めれば、ザラは片肘ついた状態でけらけらと笑う。


「あはは、お見合いって何億年前の話してんの」

「いや何億年も前ではないが」


 盛りに盛りに盛りまくってせいぜい百年前だ。


「そーだっけ? まぁアタシがサヨちんのこと知りたいから色々聞いてるだけだし」

「さ、サヨちん……」


 さっきから距離の詰め方と速度が尋常じゃない。とはいえ僕もつい最近誰かさんに似たようなことをした自覚はあるから何か言えた義理ではなかった。

 ザラは椅子をさらに僕の方に寄せると、瞳をスッと猫のように細めた。


「それでさ、サヨちん。あの子とはどーゆー関係なの?」

「あの子というと」

「決まってるじゃん、死妖姫のことだし」

「……?」


 聞き慣れない単語に僕が首をかしげると、ザラは露骨にため息を吐く。


「あの……さぁわざとやってるわけ?」

「いや、なんのことだかさっぱり」

「だーかーらぁ――」

「っ⁉︎」


 突然、ザラが僕に向かって手を伸ばしてきた。とっさに身を引こうとするが、椅子の背と人だかりに阻まれてかなわない。結果、僕はザラに胸元を掴まれた。


「久世アリシアとはどういう関係なのかって聞いてんの!」


 死妖特有の凄まじい腕力によって引き寄せられた僕は椅子から若干浮き上がる形になる。


「うぉぁ……!」


 こんな状況でも目の前の少女から香ってくる柑橘系かんきつけいの香水にどことなく興奮を覚えるあたり、つくづく自分は女装しているだけの男子なのだと思わされる。


「ちょっとザラ! 乱暴は良くないって!」


 僕が香水の正確な匂いを判別しようとしていることなどつゆ知らず、クラスメイトの一人がザラを止めてくれようとするが、ザラは凄まじい眼力でにらみつける。自分がにらまれたわけじゃないのに、背筋に寒気が走った。


「なに? じゃああんたが代わりに答えてくれるの?」

「いや、それは無理だけど……」

「じゃあ黙っててよ、別にぶん殴ろうってわけじゃないんだし」


 勇敢なクラスメイトを一瞬で黙らせたザラはパッと手を離しながら僕に向かって笑みを作った。


「ごめんね? びっくりさせるようなことしちゃって」

「大丈夫。でもできればもうやらないで欲しいかな」

「あはは、サヨちんが変なことしない限りやんないし」


 つまりさっきの受け答えは“変なこと”だったってことか。

 この子は怒らせない方がいいなと胸元を正しながら思いつつ、いったい何の目的で僕に絡んできているんだろうと考える。

 まず間違いなくアリシア絡みだろう。それもかなり躍起やっきというか、執着心があるようだ。


「で、答えて欲しいんですけど。どういう関係なん?

 あ、無関係ですってのは無しね」


 今一度問われ、僕は答えに詰まる。周囲も僕とアリシアの関係性については気になっているようで、口を挟んでくる様子はない。助けを求めて伊丹さんに視線を送れば、伊丹さんは忽然こつぜんといなくなっていた。いつの間に消えたんだ。


「……〈死妖狩り〉で一緒に組むことになっただけだよ」


 四面楚歌になってしまった僕がしぶしぶ口を開けば、周囲からはうわおとか、えっマジでという驚きの反応が漏れ伝わってくる。


「それって科目は対死妖戦闘科(SVC)を取るってこと?」


 クラスメイトの一人が僕に質問してくるけど、まだ全ての学科の名称を正確に把握しきれていないので僕は曖昧あいまいうなずくしかない。


「そういうことになるかな」

「えーっ! 創造科クリエイション来てよ〜っ!」


 似たような声がいくつか上がる。

 皆、自分の取っている科目に引き込みたかったらしい。それ以外にも、「こんな子が対死妖戦闘科SVCってマジかよ」「てことはCラン以上確定じゃん」「武闘派女子かぁ」というような、羨望や感心の声もあった。


「ふーん」


 対してザラはこぼす声と瞳になんの感情も乗せていなかった。面白みがない、とかつまらないという感情ですらない。ひたすら無感情に徹するような、どういう意図の反応なのか計りかねるものだった。


「なんであの子と組むわけ?」

「なんで、って言われてもなりゆきとしか答えられないよ」

「じゃあアタシの部隊とこに来てもいいってこと?」

「え? 何でそうなるの?」


 僕は本気で困惑した声を上げるが、ザラはえくぼのある爽やかな笑みで返す。


「だってそうっしょ。なりゆきで〈死妖狩り〉の部隊組んだってんなら、ウチと組んでもいいわけじゃん」

「な、ならないと思うけど……」


 全く成り立っていない論理に唖然あぜんとしたその時、人だかりの中から「ザラと組むかはともかくとして久世はやめといた方がいい」という声が上がったのを僕は聞き逃さなかった。

 ザラにも聞こえていたのか、追随ついずいするように言葉を継いでくる。


「何も知らない転入生サヨちんが良いように利用される前に教えてあげるけど、あの子が以前組んでた子たちは全員あの子のせいで潰されたんだからね」

「潰されたってどういう――」


 不穏ふおんな言葉に返した僕の問いは、すぐ横で鳴った落雷のような音でさえぎられた。

 皆一斉にそちらを向けば、音の正体は凄まじい勢いで引かれた教室のドアによるものだと分かった。そしてその音を立てた張本人こそ、血赤の双眸そうぼうでこちらを――正しくはザラを――にらみつけるアリシアだった。

 その横にはひたいの汗をぬぐう伊丹さんの姿があり、アリシアを呼びに行ってくれていたのだと遅れて理解する。


に何してるのかしら」


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