3

 人は生きているうちに様々な事が起こる。誰と付き合った、誰と結婚した、子供が生まれた。

 そうして小さな幸せが積み重なって、好きな人と肩を寄せ合って笑う。


 生きていれば当たり前の事だが、今の大和には、そのどれもが無い。あるはずがないのだ、自分は和音が亡くなってから恋することをやめてしまったのだから。


 あのニュースを観た後、大和は放心状態になっていた。

 母から聞いた話によると、どうやら和音は大和の家に来る途中で襲われたらしい。

 そのことを聞いた瞬間、約束しなければ良かった、という自責の念に駆られた。何故、どうして、と何度も思った。


 幼稚園の頃から幼馴染みの和音に、事ある毎に突っかかっては困らせて。

 泣かせた事もあったが、笑わせた事の方が遥かに多かった。

 すべては小さな行いが積み重なった罰なのだと。

 今思い返すと、和音のことが好きだったが故の行動だと思えた。


 容姿こそ違えど、どことなく似ている。だから和音と少女を重ね合わせてしまったのだろう。

 いくつもの記憶が思い起こされたのも、きっとそのせいだ。

 なのに。


 (なんで、なんでオレは……この子を『和音そのもの』だと思うんだ)


 有り得ないのに。

 和音はとっくに死んでいて、もう会えないはずなのに。


 (そんなはずない、って)


 ギリリ、と知らずのうちに唇を噛み締める。かすかにだが、口の中に鉄の味が広がった。


 「あぁ、跡が付いちゃう」


 そう声がしたかと思えば不意に頬へ手を添えられ、唇に柔らかく温かいものが触れる。


 「は……?」


 何が起こったのか分からず、大和は文字通り目を白黒させた。

 この少女が口付けた、という事実に脳内がついて行かない。


 「ねぇ、お兄さん」


 小学生ほどの見た目にしては妖艶な笑みを称え、少女は言葉を紡ぐ。

 やけに大人っぽい声だな、と場違いなことを思った。


 「……ふふっ、面白い顔」


 クスクスと笑い、今度は両手で頬に手を添えられる。

 小さな手は大和の顔の半分にも満たない。

 けれど、触れられた箇所かしょからじんわりと温かさが広がり、何故だか視界がボヤける。


 「ずっと想っていてくれてありがとう──ただいま、大和」


 にこりと笑みを浮かべる少女は、あの頃よく笑っていた幼馴染みで。


 「和音」

 「うん」


 風に攫われてしまいそうなほど小さな声だったが、少女──和音にはしっかりと届いたようだ。


 「和音、和音……!」


 和音だと確信した瞬間、何度も何度も名前を呼ぶ。今まで和音を想った日々をぶつけるかのように。


 「うん、大和。あなたに──ずっと逢いたかった」


 二人はポロポロと涙を流しながら、強く抱き締め合った。

 隙間無く抱き合い、お互いを確かめ合うかのようにキスをする。


 空高くにある太陽が、二人の再会を祝福するかのように燦々さんさんと照らしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君に愛の言の葉を 櫻葉月咲 @takaryou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ