第31話 勘違い男女の末路(レイシャ/ハルク)


 あたしがハルクを出迎えた時、いつもハンサムな彼は雨に打たれた子犬の様だった。

 どうも様子がおかしいことに気がつき、中に入ってと案内する。



 パパの娘としてあたしには専用の別館が与えられている。

 そこへ男を連れ込んではいろんなお願いごとを聞き入れて貰ってるのだ。

 本当は姉の部屋だけど、今はあたし専用の部屋へとすり替わっていた。


 パパにとって血のつながりは関係ないみたい。

 役に立つか立たないか。それだけが親子である証明。


 そういう意味では屑なのよね、パパ。

 ママも相当な屑で、あたしも例に漏れない。

 でもそれはどうだっていい。


 今が幸せならなんでもいい。

 姉みたいに取り捨て選択できる余裕なんてあたしにはないからだ。



「それで? どうしたのよ、そんなずぶ濡れで? お風呂でも入ったら?」


「ああ、そうさせてもらうよ。それと、すまない。幾つか約束を守れそうにないみたいだ」



 なんのことだろうか?

 ハルクとの約束はそこまで多くなかったはずだ。

 そもそもハルクは金ズルだから、用がなくなれば切る以外の関係しか持ってない。


 父親になってくれるというから、頼んだだけだ。

 シャワーを浴びる彼を待ち、出来合いの夜食を適当につまむ。

 ブラウン管の向こうでは悲恋のドラマが繰り広げられていた。


 当事者じゃないから「可哀想ね」ぐらいの感想しか抱けない。



 シャワー室から出てもハルクの気分はすぐれなかった。

 それはそれとして交際費を頂く。

 ハルクは出会うたびにお金をくれるのでそのところだけは好きだ。それ以外は特にどうでもいい。

 チヤホヤしてくれるのは他の男でも事足りる。



「それでお話って?」


「食事は頂いても?」


「構わないわよ。どうせ貴方のお金だし」


「は、はは。そうか」



 どこか浮かない顔で、震えた手でポテトを摘んだ。

 そして意を決して彼の口から放たれた言葉に、耳を疑うどころか冷や水を浴びせかけられた様に戸惑う。



「え、どういう事?」


「結婚する代わりに、今後君にお金は預けない。そう言ったんだ」


「なにそれ!」



 あたしは怒り心頭して席から立ち上がる。

 金蔓が金を持たずに遊びに来た。

 いや、今日の分のお金はもらったからいいが、明日以降はないとはっきりと口にしたのだ。


 そんな体たらくでよくも父親になるとか言えたものだ。

 そんなもの、こっちからお払い箱だっつーの。


 口を開けば金・金・金。

 あたしも頼ったけど、まさか向こうがこっちに頼ってくるなんて思ってもみない。

 たしかにあたしは大商会の会長の娘。

 そう言った。


 姉であるレーシャの立場に成り代わってるのだから一人娘と言っても過言ではない。

 だからと言ってあたしの戸籍はこの家にはない。

 養子として受け入られたわけじゃない。

 あくまで愛人の一人として娘の立場を与えられただけだ。

 外向きの名称だ。偽りの立場。

 表面上は娘として、その実体の良い体目当ての女。

 それがあたし。


 戸籍にあるのはあたしの名前ではなく、本物の姉の名前だけがある。

 だから住むのは勝手だが、あたしと婚約したところでこの屋敷はハルクのものにはならない。

 最初からこの男はあたしの金目当てで近寄ってきたんだ。

 なのにあたしはそれに気づかずに受け入れて、お金をもらった。



 騙された。


 切実にそう思った。


 この男は寄生するしか脳がなく、今まで散々奥さんだった人に集って生きてきたのだ。

 そして今度はあたしに標的を切り替えて、今度はこちらから吸い取ろうと画作する。


 本当に虫唾が走る。


 自分のことは棚上げしてそう思った。

 この面倒臭い男をどうやって追い払うべきか、あたしは思考を巡らせた。





 ◇ハルク



 俺の今まで献上していた金額は数千万ゴールドにも及ぶ。

 ほとんどが前妻の稼いだ金だが、換金したのは俺だ。

 妻は物の価値がわからない女だったから仕方がない。


 俺が物の価値を教えてやったんだ。ありがたく思って欲しいね。



「それで、今後ここに住むとして」


「勝手に決めないで。パパに了承取らなきゃ無理に決まってんでしょ」


「そこは娘の君から直接お願いすれば大丈夫だろう? 散々稼がせてやったんだ。会長は感謝して俺を受け入れてくれるはずだ」



 じゃなきゃそんなやつ親じゃない。

 俺の親は本当にろくでなしだった。

 すぐに暴力を振るうし、人の稼ぎを取り上げて遊びまわっていた。

 だからあんな男にならないと誓ったのに、血は争えないもんだ。

 俺はなりたくもない父親像に片足を突っ込んでいた。


 そういう意味ではこの女も貢がせるだけ貢がせておいて俺を捨てようとしてくる。

 全く困った物だ。

 貢いだ金の分、俺は幸せにならなくちゃいけないのに、レーシャはそこのところを勘違いしている。


 まるで受け取った金は自分のものであるかの様に使ってしまったのだろう。


 愚かなことだ。これは俺たちの共同生活費だと最初に言ったのになぁ?

 マナリィもそうだったが、言い訳をすれば俺が諦めるとでも思っているのだろう。

 だがそうは問屋が卸さんぞ。



 そんな風に思っていると、声太った男が不躾に別館にやってきてはレーシャを手招きした。

 装いが変わっているから気がつかなかったが、あれは商会長か?



「パパ! どうしてここに?」


「レイシャ、悪い子だ。パパに隠れて男を囲っていたとはな。今夜はたくさんお仕置きしてやろう」


「やめて! 助けて、ハルク!」


「やめろ! 実の娘に手をかけるのか!? それでも貴様は父親か!」



 俺の迫真の檄に、商会長はたじろぎもせずに俺を睨みつける。



「誰だ貴様は。ワシの知り合いか? 部外者は引っ込んでおれ。これから家族水入らずの時間を過ごすのだからな」


「待て!」



 扉の向こうに引き込まれるレーシャ金づるの手を掴み、取り戻すべき引き上げた。

 同時に扉の間で悲鳴が上がる。



「キャァアアアアア! 痛い痛いやめて! 両方から引っ張らないで! 裂けちゃうわ!」


「黙れ! このアバズレめ! ワシの寵愛をわからぬ売女め! あの女の様にワシを脅せば金を取れると思ったか? お前を引き入れたのは愛しているからではないわ。手元に置いて、反逆の芽をこれでもかと潰すために引き取ったのよ。たしかにお前はあの女の代わりによく働いてくれた。だが、おいたが過ぎたな?」



 なんのことだ?

 商会長の言葉におれは神妙になり、そして気を緩めた隙にレーシャの体が向こうに持っていかれた。


 同時に扉の鍵は閉まり、扉の向こうからレーシャの悲鳴とも喘ぎとも取れぬ声が響いた。


 俺は放心し、数時間にも及ぶ折檻の末見るも無惨な姿で床に転がされた女に同情の視線を送っていた。


 商会長はまだ気がおさまらない様に、俺を手招きしてこう言った。



「この女が貴様になにを言ったかは知らんが、この女はワシの愛人の一人。どんなにたぶらかそうとワシから財産は奪えぬと知れ。それでもよければ好きなだけ嬲ってくれて構わん。どうせ娼婦に産ませた子だ。ワシとはなんの繋がりもないぞ」


「嘘だ!」


「ワシが貴様如きに嘘を言う? そんな必要がどこにある」


「だって、それじゃあ俺はこれからどうやって生きていけば良い!? この女はおれを父親にすると言って、それで!」


「家族を捨てて財産を貢いだか?」


「そうだ!」


「だから?」


「な──」


「その程度の犠牲でこちらが義理立てしてやる理由が、ワシにあるのかと聞いている。この女が貴様を騙していようが、ワシには一切関係のないことだ。この女はただの穴よ。そう言うお前もその穴に惹かれて飛びついたのではないのかね? んん?」



 俺はなにも言えなかった。

 ただ思い込んでいた幸せの定義はあっけなく崩れ去って、

 そしてその場に膝から崩れ落ちた。


 淫臭の漂う室内で、物言わなくなったレーシャだったものと、俺の嗚咽だけがその空間を支配した。



 それからは自信は粉々に砕け散り、俺はなんの取り柄もないダメ男である現実を突きつけられた。


 今になって思えばなんで嘘ばかりで塗り固められた女の戯言に耳を貸してしまったのだろう。

 マナリィはこんな俺にも優しく声をかけてくれて、五年間も支えてくれたのに。


 失って気づく、彼女の優しさ。

 お金なんて必要なかった。

 メイクの有無で女の価値は変わらない。


 それに惑わされていたのは他でもなく俺の方だった。


 今更どれだけ悔やもうと、自らしでかしてしまったことは取り返せない。帰る場所を無くし、思い出の品を売り払う。


 もうどれだけ手を尽くそうと、失った幸せは二度と手に入れることはできない。 そう、思い至ってしまった。

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