第29話 懲りない男(ハルク)
俺はその日ようやく抱えていた負債を全て解消する事に成功した。
マナリィとは成り行きで結婚したけど、日に日にやつれていく彼女に妻としての魅力を感じていかなくなったのが本音だ。
俺は昔から心に決めたアイドルがいる。
名をレーシャ。
トップモデルで業界ではその名を知らないのはモグリと言われるほどの有名人で革新的なファッションで多くのファンを魅了してきた。俺もそのうちの一人だ。
そんな俺がレーシャの所属する契約会社と取引する任に抜擢された時は天にも登る気持ちだった事は記憶に新しい。
けどそんな雲の上の存在とお近づきになれるわけもなく、近づいてきたのは野暮ったい女。それが一時的に結婚したマナリィだった。
告白してきたのは彼女の方で、俺はそれを受けてやった形。
だから向こうが努力するのは当たり前で、俺が給料を入れる義理なんてないにも関わらず、世間体を気にして給料を入れる日々。
同僚は俺を羨ましがるけど、給料の殆どを取られてはした金をお小遣いとして渡される実情を知れば絶対結婚に対して幻滅するはずだ。
俺はそう思っている。
結婚して三年目。
俺はレーシャと同じ舞台に立てる権利を得た。
自らをモデルとして抜擢する事で仕事の話を繋げやすくするためだ。俺はこれを神の采配だと思った。
天が俺を祝福してくれるのだと思った。
でも妻のマナリィだけが分かってくれなかった。
今まで以上に身辺を整えるのにお金が必要だと言ったところで理解せず、目だな経費にお金を支払おうとする。
確かに子供が欲しいとは言った。
でもだからってヤブ医者に金を払うには違うだろ。
俺は医者を信じていなかった。
昔父親が死にそうだから助けてくれと駆け込んだ事がある。
だが医者にかかったところで親父は死に、医者は最善を尽くしたが間に合わなかったと高い金を俺たちから奪った。
殺しておいて奪って。
それから俺は医者嫌いになった。
だからあの女が医者に騙されてるのを注意したのに俺が悪いと決めつけて反論してくる。
いい加減ウザかった。
そんなものにお金を費やすより、俺を着飾るためのお金を捻出しろよ。そう思った。
で、結局あの女も口だけで家出した。
たかが私物を売り払ったくらいで大袈裟な女だ。
思い出なんかで飯は食えない。
そこに値千金の価値のあるアイテムがあれば売るだろ?
俺は何も間違ってない。
なのに、妻が出て行った途端に俺の周囲から人が消えた。
口々にいつもの俺じゃないと言葉を添える。
確かに気持ちの余裕はない。
上司からも妻の不在を咎められた。
聞きたくもない惚気話を聞かされて、どっちの味方だと思った。
家に帰れば置き手紙が置いてあった。
「さようなら」と。
たったそれだけの言葉で俺はイラついた。
自分から告白しておいて無責任なやつだと。
その時はそう思った。
翌日俺は遅刻した。
あの女が朝起こしてくれなかったのが原因だ。
朝食も用意されてなかったし、着替えだって部屋中引っ掻き回してようやく体勢を整えて出社すれば昼前で。
何もかもがうまくいかなくなった。
クタクタになって家に帰れば家は泥棒に入られたのかと思うほどに荒れていて、どうせ飯もないのだろうと外食する。
出て行った妻もそのうち帰ってくるだろう。
その時頭を下げて許してやれば、あの女の事だ。
すぐに俺に入れ込むだろうと特に考えずに結論を出す。
妻の私物を売り払って手に入れた金は、外食を続けていくうちに消えていき、妻が帰ってくる前につきかけていた。
たった一週間。
妻が消えただけで俺の生活はどん底に落ちた。
なんでこうなった?
誰が悪いのかと言われたら悪いのはあの女だと誰もが思うだろう。
でも俺は優しいからそんな妻を許してやれる。
だから早く帰ってこい。
そう思って何もない家を彷徨い、金になりそうなものを売り払って食い繋ぐつもりでいた。
だが何もない。
妻の私物は、売り払ったネックレスひとつしかなく、あとは数着の普段着しか見当たらなかった。
本当にこの家には金になるものが何もないのだ。
それもそのはず、俺が食い潰していたからだ。
ただでさえ稼ぎの少ない給料から、俺は家に全く金を入れずに自分のために使った。
これからの仕上がっていくつもりの一張羅への投資でほとんどの資金を、給料を、妻に内緒で投資に回した。
今まで通りの給料でも回せているんだから大丈夫と高を括った。
でもその自信は数日で消え失せた。
こんな何もない空間から妻はどうやって俺の小遣いを捻出してるのか本気で気になる。
妻の自室には布切れと針糸しか転がっておらず、本当にここは人が住んでいるのかと言うほど殺風景な部屋だった。
そこで妻の普段着を手に入れて質屋に入れたところ、莫大な富を産んだ。
こんなものが?
当時はそう思った。だが彼女の普段着はとあるデザイナーの作りとそっくりで、確かに華やかさは欠けるがこれなら買い手が着くと大金を支払ってくれた。
それだったら彼女が手をかけた自分のスーツも売れるのでは?
そう思ったら決断は早かった。
俺は来て行くスーツを一着に絞り、それ以外を手放す事で財布を温めることに成功した。
なんだよ、こんな簡単な事だったんじゃないか。
あの女、何が金はない、だ。
あいつの裁縫の腕はちょっとした金になる。
なのにそれ出稼ぎもせずに俺ばかりに苦労させてダメな女だ。
でも、まあ使えないなりに利用してやるか。
そんな風に思ってる時に声がかかる。
俺は彼女に平謝りしてその場は許してもらい、心の内で彼女に悪感情を溜め込んだ。
金のなる木を手放すのは今じゃない。
もう少し条件が揃うまで飼い殺しにしてやろう。
捨てるのはその後でもいい。
その日から俺は表向きいい夫を演じ、そして妻に引導を渡した。
彼女の自室からはたんまりと作りかけのドレスが見つかり、それを早速質屋に持って行く。
家はついでだ。
居座られても困るから売ると言ったが、どのみちこんな何もない家にレーシャを呼びつけるのなんてあり得ない。
売れば少しくらいは足しになるだろう。
そんなありもしない幻想を抱いて俺は不動産屋に赴いた。
売れるどころか金を取られたんだが?
あの女、騙しやがった!
それとも騙されていたのか?
兎にも角にも金が必要だ。
俺はさっさと金にするべく質屋に足を向けた。
レーシャの家は大きな商会だ。
数ヶ月は養ってもらうとして、マイホームは折を見て買い付けよう。
レーシャが金を持ってるから俺はマナリィを捨ててまで選んだんだ。
俺に告白したって事は、それくらい許してくれるって事だろ?
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