第22話

「まぁ、貴方がマナリィさんね。ずっとお会いしたかったわ!」


「私達、貴方の作品のファンなの!」


「いったいどんな方がこの作品を作っていたのか想像していたのだけど、随分と可愛らしいお嬢さんだったのね」


「うちの娘にもこんな才能があったらねぇ」


「およしなさいよ。無い物ねだりなんてみっともないわ」



 マナリィが貸切の喫茶店へ足を入れると、すでに集まっていた株主達が一斉に押しかけてきた。



「えっと、あの。お会いできて光栄です?」


「まぁごめんなさい。一気に言われてもわからないわよね。それとあまりこのような会は参加なさったこともないのね?」



 頷くマナリィに他の株主達も、嫌だわと自分の行為を恥ずかしがって畏まってしまった。

 その様子を見て、ああ本当にこの人たちは私の作品を好きで居てくれているのだと知れたマナリィ。

 だからその作者に出会えてテンションが上がってしまったのだと思うと、変にびっくりしてしまったのが途端に申し訳なくなってしまう。


 そこで柏手を一つ打ってからレイシャが注目を集めた。



「みなさん、募るお話もある事でしょうが、まずは自己紹介といきましょう。マナリィはきっと貴方達がどこの誰かも分からず困惑しているわ」


「あらそうね。いやだわ、私ったら。ついつい自分の感情を最優先してしまって。私はミランダよ。夫がこの町の市長をしているの。うちの家系が代々市長を輩出してるのだけど、私の代で何故か女子しか生まれなくてね? 女の市長でもいいじゃないかって思うのだけど、世間様は許してくれなくてね。仕方なく婿をとって市長を代わってもらってるのよ。いわゆる政略結婚という奴ね」


「このミランダさんは本人も政治に関わって夫婦で熱心にこの街をよくしようと頑張っているお方よ。力が有り余ってるからマナリィにはきっと圧が強すぎちゃうかも」


「そんな風に言っては悪いわレイシャさん。お初にお目にかかります、ミランダ様。私はマナリィと申します。趣味がこうじてこうして色々な作品を手がけるチャンスをレイシャさんから頂いて、皆様と出会えるチャンスまで頂きました。幸運続きで、なんだかとても恐縮してます」


「と、この子はこの子でこんな調子でね? 全く自分に自信がないの。それというのも生まれにあるのだけど……と、これ以上はプライベートに関わるのでご想像にお任せするわ。あたしの過去は皆さんにもお話ししたと思うけど、それよりもハードな人生送ってるから、この子。そのせいで怖がりなのは許してあげてね?」


「あら、大変なご苦労をされたのね。でも今は結婚されてるのよね? どう? 旦那様は貴女を大切にしてくれるお方?」


「大切にされてたらもっと早くこの会にも参加できていたと思うわ」


「ちょっと、そんな言い方!」


「事実じゃない。もう頑張りすぎなくていいのよ? ここにいる方ならわかってくれるから。さて、立ち話はここまでにして席につきましょうか。せっかく用意したお茶が冷めてしまうわ」



 レイシャがもう一度柏手を打つと、そうねと株主達は各々の席へ着いた。

 株主会議というからもっと大きな規模のものかと思っていたが、集まってくれた株主は4人。そこにレイシャとマナリィが加わったところで6人。

 テーブルひとつで収まった。


 なんで喫茶店を貸し切ってまで大々的にやってるんだろうと首を傾げてきたら、先ほど紹介されたミランダがマナリィに耳打ちする。



「ここを貸し切っているのはね、まだ紹介してないけどミーシャさんのお姉様がオーナーだからその関係で貸し切れているの。そして貸し切ってる理由はね、あまり表に出せない夫への愚痴が大半だからよ。私達はここで気分転換も兼ねておしゃべりしてるの。どう、理解してくれたかしら?」


「そうなんですね。やっぱりみなさん旦那様へご要望が?」


「そりゃもうあげ始めればキリがないくらいにね。マナリィさんもどんどん出していってね。ここにいる方達は歴戦の主婦だから。きっと上手い解決方法を伝授してくださるわよ」


「はい、こういうのあまり慣れてないですけど」


「最初は私も言い辛かったわよ? こんなこと考えてるのは自分だけじゃないか、他は違うんじゃないかって。でもね、一度口に出したら解決策を答えてもらえなくても案外スッキリするものなのよ。そしてそれを知ってもらえた、同じように悩んでくれる相手って案外いないものなの。私はこの会でそのありがたさを知ったわ。マナリィさんもうちに秘めた感情をここで吐き出していくといいわ。きっとそれが主婦生活を長続きさせるコツよ」


「はい、頑張ります」


「そう気張らないで。楽しくお茶会しましょ。まずはみなさんのお話に耳を傾けるだけでも参考になることも多いわ。一人だけで考えるより、自分以外の考え方で成程、と思うことだってあるのよ?」


「確かにそうですね」



 ミランダとの内緒話ですっかり気分が盛り上がったマナリィ。

 最終的には緊張感も和らいで、配膳された紅茶の風味に癒され、お茶菓子をいくつかいただいているうちにすっかりリラックスムード。

 こんなお茶会があるのなら、定期的に参加したいと思い始めた。


 マナリィからして見たらミランダ達の訴えはとても小さな不満の集合体だった。

 夫が自分で起きてくれないだの、朝のゴミ出しくらい出社ついでに出してくれたらいいだの、どれも朝の忙しさを語るものばかり。起きる時間帯が違うのか、それとも同じ時間に出社しなければいけない方達だからなのか?

 ここにいる方達は専業主婦ではなくそれぞれ仕事を持っていた。その上で子育てまでしているのだ。

 根幹にあるパワーがマナリィとは比べられないものがある。



「まったく、世の男どもは妻のおかげで今の自分があるのにまったく妻の努力を省みたりしないのよ。それが義務だろの一点張りで、こっちだって仕事で疲れてるだのなんだの言い訳ばかり。私だって同じ会社で働いてるんですけど? と言っても聞く耳持ってくれないの。これってどう思う?」


「主婦に専業しろ、と言われないのですか?」


「それじゃあ食べていけないから働きに出てるのよ。子供を授かったら習い事に結構お金がかかるから協力してほしいって言い出したのは向こうよ? なのに自分ばかりが忙しそうにしちゃって。こっちも同じ仕事をしてるっていうのに!」


「そうなのですね。私は専業主婦だから、まだそこまで苦労はしてないかもしれません」


 

 一人萎縮してるマナリィだったが、それを「何言ってるんだこいつ」といった目で見てくるレイシャ。

 思わず庇わずには居られなかった。



「そう言えばみなさん、朝食はどの程度まで作ってお出ししてますか?」



 レイシャはマナリィが萎縮しっぱなしの状況を変えるべき、話題を振り直す。すぐに意図が掴めなかったミランダ達は少し悩んだ後、それぞれの意見を出した。


 

「私はそうね。シリアルにミルクが定番ね。朝の忙しい時間に料理なんてやってられないわ」


「ウチはトーストくらいは焼くわよ。あとは昨晩の残りのスープを温めて出すくらいかしら?」


「ウチはそうね、ご飯だけ炊いて昨晩の残り物を温め直すくらいよ」


「普通はそうじゃない? 朝早起きしてまで何かは作らないわ。専業主婦だからってそこまではしないと思うわよ?」


「そうなんですか?」


「それが普通よ。マナリィは頑張りすぎなの。今朝だって何時に起きたのよ? 7時前には部屋の片付けとお掃除までしてあって目を見張るほどの朝食が並んでたわ。うちの冷蔵庫、お酒しか入ってなかったでしょ? どこから仕入れてきたの?」


「ええと、朝お掃除ついでにゴミ出しして、外に出たついでにご近所さん巡りをして、ついでにジャガイモが安かったからマッシュポテトにしようと思いついて多めに買い足して。卵とお酢も買ったら野菜屑をおまけしてくれたから。パンは朝早くからオープンしてるパン屋さんがあって助かったわ。バターもそこで買ったのよ。やっぱりパンにはバターがないといけないわよね。そこで普段から飲んでるハーブティーが売ってたから買ってきたの。全部で銅貨15枚ほどよ。それを買って帰ったらすぐに朝食の支度に赴いたわ。レイシャさんはグースカ寝てるし、布団がめくれていたからかけ直して。お湯を沸かしてから楊枝で穴を開けたじゃがいもを投入。そこに買ってきた卵も一緒に入れちゃうわ。同時にもう一つの鍋でスープ用のお湯を沸かして、時間まで専用ソース作り。時間になったらお湯から卵とじゃがいもを取り出して湯冷ししておくわ。こうしておく事で中に余熱が回って均等になるのよ。次に黄身と白身に分けた卵の黄身の方に少量のお酢と塩を振るわ。混ぜていくと白いソースになるから、そこに先ほど茹でた卵の皮を剥いて投入します。フォークで潰しながらしっかりと混ぜていけば完成。次に同じようにジャガイモも皮を剥いていきます。事前に穴を開けていたのは皮を剥きやすくする為でした。つるんと皮が剥けるので、芽の部分を取り除いて、包丁でブロックサイズに切っていきます。本当は中まで熱が入っているので切る必要はないのですけど、私は力が弱いので、これくらいのサイズだと潰しやすいんですよね。それを潰していってから先程のソースと混ぜ合わせて、沸いたお湯に塩と野菜屑を投入していきます。そのまま中火で10分。そのうちにトースターでパンを焼いておきます。一度目はバターを塗らずに。相手が起きてくる時間帯に合わせてバターを塗り、もう一度焼くことによってこんがりサクサクになるので、そこで時間調整ですね。

ここでスープの方が出来上がりますので味見をします。よく味が染み込んでいるようでしたら濾して野菜クズは別に取り分けておきます。これはまた別の料理に使いますから。スープはこれで完成。

マッシュポテトをお皿に盛り付けて、レタスやプチトマトで彩り良く。ついでに空いたお鍋でもう一度お湯を沸騰させてから火を切り、ティーカップを温めておきます。こうしておくことで冷めにくくなるんですよ。さぁ、相手が起きてくる頃です。ここで微調整ですね、あとそれから……」



 語り始めたら止まらない。

 マナリィは自分でもここまで饒舌に語れるとは思わなかった。

 だが一同はマナリィの饒舌具合よりもその内容に驚いている。


 そしてレイシャがなぜここに連れてきたのかを理解した。

 ああ、この子は自分がどれだけすごいことを平然とこなしているのかまるでわかっていないのだと。


 楽しそうに、できて当たり前だと思い込んでいる事柄を並べているつもりが、よもやそんなことで驚いているとは思わぬマナリィ。

 ある程度語り終わったのか、どこかすっきりとした心地で恐縮そうに会話を打ち切った。


 そして最後にこう締め括る。



「でも、専業主婦の皆さんでしたらこれくらい普通にやれてますよね?」


「「「「「それはない」」」」」


 

 マナリィを除いた全員の声が一斉にハモった。

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