第16話

 翌日、ハルクが会社に向かった後に早速レイシャへと相談を持ちかける。

 そこでレイシャからオーダーメイドの真実を聞くマナリィ。

 思わず目を白黒させてしまう。



「え、私ですか?」


「そうね。あたしの仕立て屋はあんただったでしょ? 会社には一応秘密にしておいたけど、父さんはあたしが独自に仕立て屋と繋がってることに気がついてた。父さんはそれを大々的に会社の看板にして、偽物はそれを利用してハルクに嘘をついたんだと思う。十中八九詐欺よ、それ。あんたが名前を明かさなかったから、都合よく利用されてるのよ。仕立て屋は誰でもいいのよ、実際」


「そんな……」


「そもそも車一台買える額っていうのがおかしいのよ。一年やそこいらのお給料で払える額貰ってるの、あんたの旦那?」


「本人曰く、これから稼ぐから問題ないって。そのための資金投資だからって。やっぱりこれも……」


「まず間違いなく」


「どうしようレイシャさん、やっぱり今すぐ関係を絶った方が」


「その方がいいけど、まずハルクの方が話を聞くかしら? きっとあの人、憧れの存在に頼られて天にも登る気分のはずよ。そこに自身の未来も掛かってる。父さんもそうだったけど、結構危ない橋を渡る事を男の人ってしたがるのよ。家族のためだって言い訳しながらね」


「私は……そこまでお金のある生活を望んでないわ。ただ、あの人と一緒に子供をつくって、慎ましやかな生活を送りたいだけなの」


「そうもいかないのが男って生き物なのよ。まず最初に自分のメンツ。次に世間の目を気にするの。結婚してるのに稼ぎが悪いってだけで結構気にする人多いのよ? 人の口に戸は立てられないもの。多分あの人もどこかでそう思ってたんでしょうね。そこでエリートコースが眼前に転がり込んできた。多少危ない橋だけど、家族のためにも食らいつくしかなかった」


「…………」



 マナリィは押し黙る。自分の不甲斐なさと悔しさで夫を窮地に立たせてしまっていると自覚したからだ。



「……あんたが落ち込む事じゃないわよ。決めたのはあの人で、あんたは家で待つしかないの」


「もう、どうにもならないんでしょうか?」


「一応、手はあるわよ?」


「どんな手ですか?」


「あんたが正式に名乗り出る事よ。レイシャの仕立て屋は私だ~って。そのためだったらあたしもモデル業界に戻ったっていいわ」




 確かにそれならハルクは騙されていた事を痛感するだろう。

 しかしそれを知られたら余計にこんがらがってしまうのではないか? 

 自分より妻の方が稼ぎがある。

 唯一の優位性を奪ってしまう事をマナリィは恐れていた。

 もしそれを実行してしまったら、ハルクは自分の元に帰ってくるだろう。


 問題は帰ってきた後だ。

 そのあと、自分の稼ぎで遊び回ったりしないだろうか?

 勝手に会社を辞めて私の稼ぎは家族の金だと理由をつけて、車とか乗り回して挙げ句の果てには外に女も作られたり……

 それはダメ、絶対にダメ!

 浮気性の夫にだからこそ、その事実を告げたくはなかった。



「ダメ! それは絶対に嫌!」


「そういうと思ったわ。それをやったらあんたの元には帰ってくる。でもあんたが忙しすぎて夫婦生活が疎かになるもんね。だからなかなか言えずにいたのよ」


「ごめんなさい、わがままな女で」


「気持ちは分かるわ。男って、自分より稼ぐ女に嫉妬する生き物だから。だからあたしはずっと独身よ」


「そうなんですね、レイシャさんの事だから結構モテるのかと思ってました」


「そりゃ外面がいいのだけがモデルのお仕事だもの。プライベートのお付き合いなんて全然よ? ファンには恵まれたけど、男運はまるっきりなかったわね。声をかけてくるのは大半があたしの稼ぎを目当てにしたクソ野郎ばかりよ。嫌になっちゃうわ」



 レイシャの本音を聞き、マナリィは苦笑した。

 そんな業界に一人飛び込もうとするハルク。

 仕立て一つで乗り越えられる程甘くないとレイシャ本人の口ぶりに別の不安が過ぎる。



「ハルクは、モデル業界でやっていけるでしょうか?」


「大事なのはその服の特性をいかにアピール出来るかよ。あんたの渡した背広の良さをちゃんと自覚できてるの? 下手したらそれなりの額がつくわよあの仕立て。名前を明かさなくてもいいお値段するんじゃないかしら?」


「それは流石に言い過ぎですよ」



 マナリィにとっては仕立ては趣味と実益を兼ねた副業。

 それこそアルバイト感覚だ。

 絶賛されてることはわかってたが、それはあくまでも社交辞令だと思っていた。

 だがレイシャにとってはそれは神業に等しく、ことマナリィの仕立て服になると弁舌になる。



「言い過ぎなものですか。偽物だってあたしのお古を着て未だに大絶賛されてるのよ? それが証拠に流行が過ぎ去らないもの、あんたの仕立て服。腕がいいのはわかってたけど、センスもいいのよね。このワンピースなんて一年中着回してるくらいよ? 機能性はもとより着てて楽なの。これ着てるだけで一日が明るく過ごせるわ。それってどれだけ望んでも、お金を積もうともなかなか手に入らないものなの。それだけあんたはすごいんだからね? 少しは自覚しなさい」


「…………はい」



 言いくるめられるように萎縮して小さくなるマナリィ。

 そんな彼女を見ながらずっと胸の内に溜め込んでいた事を吐き出せてせいせいしたとレイシャは微笑んだ。



「さて、これからのことだけど」


「うん」


「レイリィブランドを株式として一部上場させるわ」


「へ?」


「服飾のセンスももちろんだけど、小物のセンスもいいのよあんた」


「でも数だってそこまでは作ってないですよ? それに受注を受けても数日かかるし」


「それは腕を安売りしすぎよ。いい? これからはその腕の仕事に対して価値をつけるから。あと数日猶予を与えただけであのクオリティのものをポンポン量産なんて普通はできないのよ?」


「そうですかね? 他のお店では結構数置いてるように見えますけど。それに比べたら私なんて」


「あんなのは機械でやってるから数があるのよ。それと全部一人でなんて普通はしないわ。部位ごとに分担作業でやってるの。それとデザインはプロがしてるでしょうけど、デザインから手縫いまで全部一人でやってるのははあんたくらいよ? それだけでもレアリティがつくの。そういう時代なの!」


「はい、すみません」


「そうやってすぐ謝らない。私はあんたに誇って欲しいのに。どうしてこの子は自信を持ってくれないのかしら」


「だって、そんな風に言われても、実感湧きませんし」


「とにかく、あんたが名乗り出ない以上ハルクの稼ぎは期待できない。あんたがハルクを支える道を取るにはあんたが稼がなくちゃいけない。それは分かるでしょ?」


「うん」


「だからあたしが舵取りをしたげる。あんたは家庭を守るのを第一に、週に一度斡旋する仕事を請け負ってくれたらいいから。ノルマは特に設けないわ。生地は多めに渡すから可能だったら予備で作っておいてくれてたらいいわ。その分はきちんとお給料として払うし」


「なんだか至れり尽くせりで怖いわ。私も騙されてる気分に……」


「正当な評価よ。あんたは自分の腕を過小評価しすぎ」


「はい、すみません」


「まったくこの子は、どれだけ自分に自信がないのよ」



 その日はずっとレイシャに慰め続けられるマナリィだった。

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