第17話

 夫がモデルになってから一週間。

 最近帰りが早い。

 仕事が終わればすぐさま帰ってくるのだ。


 ただし何かを探すように物をひっくり返している始末ではあるが。



「一体何をそんなに探しているの?」


「ああ、ごめん。作業を止めちゃって」



 ハルクは決まってそんな言葉を返した。

 そして私の首元に飾り付けられたネックレスを見つけるなり、そんなところにあったんだと表情を和らげた。



「あら、これを探していたの?」



 マナリィが手に取ったそれは結婚祝いに買ったお揃いのネックレスだ。素材は良くないが、丁寧な仕事がしてあって、何よりハルクの安い給料でも買えた思い出の品である。

 これをつけるたびに付き合っていた時の彼の初々しい態度を思い出すのでマナリィは大切にしていた。

 しかし揃いのネックレスの筈なのに夫のハルクがそれを付けてる姿はあまり見ない。



「実はそれさ、今とんでもないプレミアがついてるんだよ! 先日のパーティーでそれの作者と出会ったんだけど、それは駆け出し時代の作品らしくて、それを物好きな人達が買い集めてるらしくて、今や値打ち物なんだよ」


「売らないわよ?」



 マナリィは目を変えて興奮する夫から距離を置いて身を竦める。



「頼むよマナリィ。俺たちは今お金がないだろう? せっかく昇進しても使えるお金がなくて困ってるんだ。頼む! 譲ってくれ! 代わりのネックレスを買ってきてやるから! それを手放すだけで良いんだ! 頼む!」



 まるで金に取り憑かれた亡者の様に、ハルクは何度も頭を下げた。こんなふうに必死な態度は今まで見たことはない。

 そんなにお金が欲しいのか、とマナリィはやるせない気持ちになる。


 そもそも今こんな目に遭ってるのは誰のおかげだったか?

 昇進の先行投資で向こう一年低賃金で家庭を回さなくなったのはハルクの行いの皺寄せだ。

 そしてマナリィに相談なくそんな暴挙に出ている。

 だというのに自分のことは棚上げして大切な思い出の品にまで手をつけようとしているのだ。


 マナリィはハルクがわからなくなった。

 恋人時代の思い出すら、彼にとっては一時的な資金を満たすこと以下のものなのかと悲しくなる。


 あまりにも謝り倒す姿にみっともない、と同時にどうしてこんな人を好きになってしまったんだろうと後悔の気持ちが込み上げてきた。


 それでも、もう結婚してしまってるのだ。

 後には引けないとハルクの肩を優しく撫でる。

 ハルクはマナリィを見上げて、捨てられた子犬の様に瞳をうるわせた。



「マナリィ、手放してくれる気になったのか!」


「ハルク、要はお小遣いさえ増えれば文句はないのね?」


「それはそうだけど、今売れば金貨2枚にはなるんだぞ? このチャンスを棒に振るきか?」



 頑なに売り払売るつもりのハルク。

 彼にはもうお金にしか目が向いてないように思える。



「そうして売って一時的にそのお金を得たとして、あなたはそれで一生満足できるの?」


「一生は無理だよ。せいぜい持って3ヶ月ってところだ。モデルってそれくらいお金がかかるんだ。頼む、先行投資と思って!」


「そんな一時的なお小遣いのためにこれを手放す事はできないわ。代わりにお小遣いを増額します。それで良いかしら?」


「流石に銀貨二枚じゃ足りないぜ? 30枚はなきゃ」


「貴方は一体何様なの? ウチに入れてるお金の倍額じゃない!? そんなお金どこにあるのよ!」


「そんな怒鳴るなよ。例え話だろ? けどモデルってのはそれくらいお金に余裕がある人達がなるものなんだ。そんな人たちと付き合って行くのも大変なんだよ。わかってくれよ」



 ハルクはヘラヘラしながら一切譲る気がないようだ。

 良い加減に堪忍袋の緒が切れたマナリィは、もう知らない!

 とマナリィは手がけている途中にハンドバッグを投げつけた。



「危ないな、何をするんだよ。こんな安物のバッグじゃなくて、投げるならそっちのネックレスにしろよな」


「馬鹿にしないで! 何でもかんでもお金お金って! そんなにお金が好きならお金と結婚すればよかったじゃない!」


「おいおい怒るなよ。今だけだから。今を乗り越えたら、マナリィにもその恩恵が与えられるんだぜ?」


「もう知らない! 顔も見たくないわ!」



 思い出の品を首から引きちぎる様にして床に投げつけた。

 マナリィはハンドバッグを拾って自室に閉じこもった。


 閉じこもる間際、扉越しにネックレスを拾って大事そうにする夫の姿を確認して、マナリィはその日部屋に閉じこもる気でいた。

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