第11話
そんな無自覚の我慢を続けること一年。
マナリィは今日も今日とてハルクを立てる為にあれこれと手をかけていた。
しかしここ数日帰りが遅い。
普段なら事前に連絡を寄越してくれるのに、その日はベロンベロンに酔っ払って帰ってきた。
同僚のクリシーズさんが夫を背負って帰ってきたのを迎え入れ、何度もお辞儀して見送った。
同僚と言っても部署は違うのに夫との付き合いを今でも続けてくれてることは感謝してもし足りない。
ハルクはお酒が弱いのに、たまに度を越して飲んでしまう時がある。
そういう時は大体後に引けなくなった時か、浮かれている時くらいだ。
夜が遅いから当然夜の運動もお預けで、ここ数日間夫婦のスキンシップは全くとってなかった。
前は顔を合わせるたびにがっついてきたのに、こうも態度を変えられると気分が悪い。
もしや外に誰か知らない女の人でも作っていたらどうしよう。
マナリィは少し不安げに、夫を介抱した。
「ほら起きて、あなた。寝るならスーツを脱いでからにして」
「マナリィ~」
泥酔しているハルクは突然妻の顔を見るなり抱きついてきて、キスをし始める。
酔ってる時の夫は非常にタチが悪いことをマナリィはこの夫婦生活で理解していたが、自分に意識が向いてることをプラスに捉えていた。
「あ、だめですよこんなところじゃ。お布団まで行きましょうねぇ」
耐えきれずにその場で行為を始めようとする夫に手を焼きながら、マナリィは酔っ払ったハルクを介抱してスーツを脱がしていく。
いきなり立ち上がってズボンを下ろした時はびっくりしたけど、見慣れているのでそれ以上驚きはしなかった。
手早くトランクスにしまって何事もなかったようにスーツを畳んで行くマナリィ。
スーツはキチンとハンガーにかけて休ませてやらなければ生地がダメになってしまうのだ。
昔から着ている夫のスーツとは言え、買い換えるお金は無い。
ファッションにそこまでお金をかけない夫のスーツを繕うのは妻のマナリィの仕事だった。
しかしワイシャツを脱がしてその襟に赤い汚れがついているのに気がつく。
丸い、紅のような赤さだ。
そんなわけがない、ハルクが自分を裏切るわけがない。
チクリと胸の奥が痛む。
だからその事実を胸にしまって見ないことにした。
そのあと夫婦の時間をたっぷりとベッドの上で費やす。
ハルクは途中で寝てしまったけど、時折寝言で違う女性の名前を呟いているのを聞いて、マナリィは時が止まったように硬直した。
「レイシャ、好きだ……むにゃむにゃ」
「えっ」
まさか空耳?
でも今まで憧れの存在であったレイシャに恋心を抱いていたのは知っている。
それが酔って制限が効かなくなってしまったのだろうとマナリィは考えを改めた。
「でもこの紅の色……」
よくレイシャがつけていた口紅の色に似ている。
「まさか、よね。あのレイシャさんが私を裏切るわけないもん」
一度疑い出したら際限なく思考が加速する。
誰を思っていようと、自分の元に帰えってきてくれたんだから信じてあげたい。
けど、心の底では親友の影がチラついた。
一緒にファッション業界を賑わせた、持ちつ持たれつの自分達が。
自分の復帰をずっと待ってくれてると言った彼女が、結婚してる夫に手を出すなんて、そんなの何かの間違いに決まってる。
「だって、私の幸せを祝ってくれてるって……取ったりしないって言ってくれたもん」
涙が溢れる。
信じたいのにどこか信じきれない。
特定の男性とのお付き合いをしない自信過剰な親友は、自分の夫にまでちょっかいをかけてきた。
そんなありもしない想像が、マナリィの胸中を掻きむしった。
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