第9話
レイシャが焚き付ける事、実に十数回。
途中途中で何度もダメ出しをしながら、ようやく想いを告げるミッションまで成功させた。
相手からの返事は「俺なんかで良ければ」とどこか自信なさげだ。
そういう意味では地味同士お似合いだった。
彼ならばマナリィに丁度いいだろう。
しかしマナリィにはレイシャを磨き上げたように、誰かのために行動した時にとんでもない効果を発揮する時がある。
ただの女友達でさえその効果は引く程のものだ。
それが彼氏に向けられたらどうなるか?
レイシャは恐々としながらも毎日のように惚気るマナリィを見守った。
だがそれが一日一回ならともかく、顔を合わせるたびに言うのでいい加減キレそうだ。飽きることなく幸せいっぱいなのは祝福してやりたいことなのだが、こうも頻繁に言われたら独り身のレイシャには少し堪えるものがあった。
「いい加減にしなさいよ、あんた! 毎日惚気られる身にもなりなさい」
「え~、少しくらいいいじゃないですか~」
「頻度ってものを考えなさいよ」
「ちぇ~」
ぶーたれた態度のマナリィであるが、本人はまるで堪えてない。
そして恋人を持ったことによる自信は少しづつだが彼女にいい傾向を与えた。
それがメイクだ。
以前まではレイシャのお下がりで満足していたマナリィだったが、デートの旅にメイクに気合を入れていく。
レイシャとの関係はそのメイクを行う上でも必要不可欠。
レイシャほど美人顔ではないが、愛らしい顔立ちはきちんと整えれば10人中3人は振り返る。
決して不細工ではない。
普段は前髪で顔半分を隠すようなヘアスタイルのお陰で周囲に誤解されてるだけだった。
恥ずかしがり屋な所為でそのご尊顔を拝める機会を逃し続けているのである。
しかし彼氏となったハルクだけが本来のマナリィを独占できている。
同性だけどその事実にレイシャは嫉妬していた。
異性だけでここまで変わるものなのかと、辟易していた過去が嘘のようにマナリィは前向きになっていった。
その二年後。
仕事で貯めた貯金が一定額に達したのもあり、マナリィとハルクは結婚した。
慎ましやかだが小さな一軒家に引っ越して生活するらしい。
レイシャはマナリィの式に出るつもりであったが、マナリィの頼みもあって辞退することになる。
何がなんでも顔合わせさせたくないようだ。
今更何が不安なのか。
告白して、お付き合いして肉体関係も持ったと聞く。
そしてゴールインまでした。
だというのに頑なにレイシャとの対面を避けるマナリィ。
レイシャは逆に嫌われてるのかと心配になったほどだ。
「別にいいけど。でもあたしは親友としてあんたの幸せを祝福したいのよ。花を送るくらいしても良いでしょ?」
「できればそれも辞めてほしいなって」
「そこまでしてあたしとハルクを出会わせたくない要因があるのね?」
マナリィは白状するように頷き、感情を吐露する。
ハルクにとってレイシャとは憧れの存在だったようだ。
常に自信に満ち溢れていて、いつか自分もああなりたいと常に語っている。
ハルクは商社に入社したのも、取引先にターナー商事があるからとマナリィに漏らしていた。
それでも遠くから眺めているだけで幸せだと言う。
それはマナリィも同じことだから同調し、そこから仲良くなった。
つまり最初からハルクはレイシャ目当てで仕事まで決めた程の筋金入り。
もしここでマナリィがレイシャと知り合いだと知られたら、ぜひ紹介してくれと頼み込まれてしまうだろうと切実に述べた。
「なるほど、彼がそこまであたしのファンだったとは驚きだわ」
「だからごめんなさい。本当は私もレイシャさんを呼びたいの。けど……」
「それ以上言わなくてもわかるわ。あたしに見惚れて結婚を取りやめるかもしれないってことでしょ?」
「うん。せっかく私でも良いって言ってくれたのに、いきなり破談は嫌なの。ごめんね、レイシャさんには世話になりっぱなしなのにこんな仕打ちで」
「なーに言ってんのよ。あたしはあんたが結婚しても親友のつもりよ? お仕事のお付き合いもしてるんだし、そんな簡単に手放すわけないじゃないの。新婚さんにすぐあれこれしろって言うのも野暮だし、当分は休業するわよ。あんたはせいぜいあたしに聞かせる惚気話でも量産してなさい」
「うん、ありがとうレイシャさん」
それがレイシャの聞く親友の最後の言葉だった。
マナリィは結婚後会社を辞めた。
専業主婦になるとの事だ。
今まで溜め込んだ貯金もあるし、それを切り崩せば贅沢をしない限りは生活していけるだろう。
レイシャは偽名を使っての文通はしていた。
マナリィがいなくなってからのファッション業界の冷え込み。
稀有なデザイナーの損失は流行をも曇らせる。
経った三年の付き合いだけど、その三年で数々の流行を生み出してきたタッグの不在はファッション業界の冬を予感させた。
別にレイシャはモデルを引退したわけではない。
ただマナリィが作った以外のドレスに袖を通す気がなかっただけだ。
既製品、もしくは腕のあるプロの仕立て品だとしてもレイシャの骨格から理解しているマナリィの仕立てには遠く及ばない。
だからレイシャは待っている。
マナリィの日常がが落ち着いてデザイナー業に復帰する事を。
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