第8話

 期日ギリギリで納品されたのはドレスは見栄えも着心地も抜群だった。

 一眼見て肌寒そうと思わせる見た目とは裏腹に、袖を通して初めてわかる温もり。

 一見派手さを感じさせるレザー生地にシルクとレースが程よく散りばめられて他を圧倒的に突き放してレイシャはショーで最優秀賞を受賞した。


 インタビューでも数時間記者に付き合わされたりしたけど、親友の発想を語り合いたい気分だったので調子良く付き合った。


 二次会ではそのドレスを着たまま食事を楽しむ。

 普通ならお召し替えをするのが基本だが、レイシャはそのまま敢行した。

 ただの見た目の奇抜さだけではないと皆に見せつけるためだった。椅子に座っても崩れる、皺にならないのは当たり前。

 服に縛りつけられてるわけでもなく、普段通りリラックスして食事ができるのは後にも先にもマナリィのデザインドレスだけである。


 レイシャ的にはこのままデザイナーとして服飾業界を盛り上げていってほしいところなのだが、マナリィの希望は本人の中で小さく纏められている事は誰よりも知っているので惜しいと思っているのは確かだった。


 その為デザイナーは秘匿されており、そのデザインセンスと仕立ての技術だけが一人歩きしていく。

 モデルのレイシャの近しい存在である事は確かだが、周囲の人間は地味な見た目のマナリィとは一切結びつけないのが幸いした。


 彼女はセンスこそあるが、本人がそう言う格好をするのにそれなりの勇気を振り絞る必要があったりと難儀な性格を持っている。レイシャのように着回して街を練り歩くなんてもってのほかだった。



「あ、レイシャさん聞きましたよ。また最優秀賞取られたんですってね」


 オーナーの一人娘であるレイシャは会社につくなり社員に囲まれて質問攻めに会う。

 デザイナーが誰であるかは謎のままだが、取引先の一つとしてターナー商事は鼻が高い。

 レイシャ当人だけでなく、社員さえもそれを誇りに思っている。



 しかしそんな話の中に在籍せず、ポツンと一人テーブルに座って地味な作業を繰り返す少女に近寄っていくレイシャ。

 遠くからはあんな地味女にまで声かけなくてもいいのにと非難の声も上がる。


 誰もマナリィがレイシャのドレスのデザイナーだなんて思ってもいやしない。

 しかし誰よりもレイシャ本人がその事実を重く受け止めている。



「なーにしてんのよ、あんた。一流モデルのお帰りよ。迎えに来なさいよぉ」



 少し拗ねたような声で、一人作業に熱中していたマナリィに話しかける。

 社員達はイジメてるようにしか取られないその光景。

 


「あ、レイシャさんお帰りなさい。実は今日ハルクさんとですね、うふふふ~」



 それだけでレイシャは察してしまった。

 彼女はいま自分のことだけで精一杯なのである。

 周囲の社員はレイシャのことを差し置いて自分の惚気話を聞かせるなんてなんて恐れ多い事だと悲観してるが、マナリィにとってそれこそが一大事なのである。


 なんだったらアルバイトでやってるデザイナー業は二の次なのだ。それがレイシャや世間一般との大きな隔たり。



「ったく、まぁいいけど。それよりいい加減、デートの約束ぐらい取り付けてきたんでしょうね?」


「で、デデデデート!? ま、まだ早いですよぉ~」



 マナリィは首がもげそうなほど高速で頭を左右に振って否定した。

 そんな調子だからずっとそこから先に進まないんでしょうが、とレイシャが呆れてしまうのも無理はない。

 さっさとくっつくなりすればいいのにと思っている。

 自分だったらとっくに行動に出ている。


 けれどマナリィはいつまで経っても行動を起こさない。

 起こせない。

 自信の無さが態度に表れているのだ。


 本当だったらだれからも賞賛されてもおかしくない才能を持ってるのに。それはレイシャが大金を積み上げても欲しかった才能だ。マナリィはその自覚が薄すぎる。

 だからこそ焚き付けるように言葉を放つ。



「そうやって今だけを楽しんでるとすぐに誰かに横から掠め取られちゃうわよ~?」


「ふぇー、それだけは絶対にダメです! レイシャさん! 何かいいアイディアはないでしょうか!?」


「幾つかあるわよ。聞きたい?」


「お願いします!」



 彼氏ができるまでの関係だなんて絶対に嫌だ。

 取られたくない。ずっと独占していたい。

 けどそのせいで彼女が幸せになれないのは間違ってる。


 レイシャは世話になったマナリィの幸せを誰よりも望んでいた。

 自分一人だけが脚光を浴びてるのも悪い気がしていたのだ。

 本当ならマナリィと共にレッドカーペットを歩きたい欲もある。けれど、本人にその気がないなら無理に誘えない。

 何よりも優先されるのはマナリィの幸せだ。


 それがこんなちっぽけな自分に頼ってくれるレイシャからの、せめてもの恩返しであった。

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