第7話
四苦八苦の末、ようやくマナリィはハルクと会うなり無難な会話に漕ぎつけることに成功する。
ただ話しかけるだけなのにその裏で涙ぐましい努力があったのは語るまでもないだろう。
それはひとえにマナリィの引っ込み思案具合が問題だった。
GOサインを出すレイシャに、まだその時ではないと踏ん切りのつかないマナリィのせめぎ合いが水面下で行われていたのだ。
「それじゃ、俺はこれで」
「お引き止めしてしまって申し訳ありません。道中お気をつけて」
「うん」
まだ15~16歳の会話などこんなものだ。
本当に他愛もない話なのに、当のマナリィはそれだけで今日一日頑張れると言うのだから安く出来ている。
「かっこよかったなぁ、ハルクさん」
「そう?」
「レイシャさんはいい男を見慣れ過ぎて彼の良さがわからないんですよぉ~」
気が抜けたのか机の上に突っ伏し、空気が抜けるようにして項垂れるマナリィにレイシャは呆れたように見守った。
「それにしても腑抜けてるわねぇ、デザインの方は大丈夫かしら? 発表会は来週よ?」
レイシャは事前にデザインをお願いしていたマナリィに再三進捗状況を尋ねた。
つい最近ようやく会話にこぎつけたマナリィ。
会話に漕ぎつける迄はそれどころじゃないと言いたげにしていた。
だが会話が成立したらしたでこの有り様である。
残り一週間を切っている。
こんな状況下で他所にドレスのデザイン案から書き起こさせてレイシャに合わせる仕立てを発注するなど出禁を食らってもおかしくない無茶振り。
しかしマナリィはそれを実現してきた実力がある。
デザインセンスもさることながら、レイシャの骨格の癖を見抜いた抜群の着心地のドレスを何点も仕上げてきているのだ。
他の職人が真似できぬ領域に足を突っ込んでる自覚があるのだかないのだか。
「今日はハルクさん成分をたっぷり吸収出来たのでやれますよ!」
「たった数分お話しただけなのに?」
「見てるだけの時よりよっぽど潤ってますよぉ」
にへらとした顔を見せつけてくるマナリィ。
その顔を見れば確かに艶めいていた。
「あんたがそう言うんなら間違いないんだろうけど、こっちはどんな仕上がりか逐一聞かれて言い訳をするのも一苦労なのよ。なんせ一ヶ月前から新作出すって言ってるんだからね?」
「ごめんなさい、私がうじうじしてたから。でもドレスの方は任せてください。今のいままで迷ってたのは、デザインよりもどの素材を使うかだったので」
一応恋愛において情弱である自覚はしているマナリィ。
レイシャに付き合わせていたことを謝りつつ、しかしドレスの件は問題ないと当たり前のように言った。
「ならいいんだけど。でも素材なの? いつも通りシルクでいいじゃない?」
前回も、前々回もシルクで賞を飾ったレイシャ。
奇抜さこそ少ないものの、レイシャの美をこれでもかと強調するデザインの評価はその界隈でも高い。
しかしデザイナーのマナリィは少し不満気だった。
何が不満なのか着ているだけのレイシャには計りようもない。
「それはそうなんですけどね、ここ近年のファッションショーの傾向を見るにあたって他のデザイナーさんもシルクで勝負してきてるんですよ。だからまたシルクで制作した場合、似たり寄ったりになってしまうんじゃないかと危惧していました」
「成る程。そこで最先端をいくために冒険をしようとしていたのね。確かに前回はシルク多かったわ。マナリィのデザインの模倣だったのかしら?」
「完璧にそうだとは言い切れませんが、胸元や腰回りのデザインは私のデザインを研究されてるように思いましたね。ですからそこからさらに踏み込もうと、いくつか頭の中で決め兼ねてるんですよね。最終チェックに入る前に、レイシャさんにはどれが良いか選んで欲しいなって」
そこまで聞いて、レイシャはようやく自分の懸念が杞憂である事を知る。
ただでさえのめり込んだら恐ろしいくらいの没入を得るマナリィ。
ただ期日が伸びているだけ、その理由は自分の恋愛の進展によるものだと勝手に思い込んでいた。
だが、その程度で彼女が躓くなんて事はあるわけがなかった。
そのデザインに目を通して、今回も入賞は間違いないと確信するレイシャ。
「それで素材は何にするの?」
「それはですね──」
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