第5話
レイシャの採寸から三日後。
ようやく完成したワイシャツを眺め、良い仕事をしたとマナリィは一人頷いた。
実際には一枚どころかカラーに合わせて3枚。
ついでに合わせるスカートやバングルまで自作したが、マナリィにとってものの数ではない。
普段なら素材を集めることからするのでもっと時間がかかるが、反物単位で素材があるのでその分早く仕上がったまでだ。
それを持って出社し、レイシャに手渡したところもう出来たの? と大変驚かれたのが印象的だった。
服飾は技術職。
シャツ一枚仕上げるのだって細心の注意が必要だ。
しかしマナリィには一度見たモノはいつでも思い出せる瞬間記憶力があり、子供の頃から磨いてきた針糸の才能は世に出しても恥ずかしくない技術が至る所にあった。
だがマナリィ本人は極度の恥ずかしがり屋なのでレイシャの様に人前でちやほやされるのは苦手だった。
そんな事もあり、マナリィの技術は内々に秘匿され、その時の思いつきで世に放たれたのである。
当時はまだたった二人しか知らない技術であったが、レイシャの職業によってその技術が世に広がるのはそう時間がかからなかった。
◇
「凄いわ、まるで何も着てない様にピッタリと肌に吸い付いてるみたい。これが本当にリネンなの?」
出社して、お昼休みに突撃してきたレイシャに、満を辞してシャツを手渡した第一の言葉がこれであった。
「肌に触れる面をアイロンで潰しているので滑らかなんですよね。本当なら細い糸がチクチクしたりゴワゴワしちゃうんですけど」
「そうよね、リネンはそれが嫌で着ていなかったの。でも私が驚いてるのはそこじゃないのよ?」
「?」
レイシャの言いたいことが良くわからず頭を傾げたマナリィ。
「腕を回しても突っ張らないし、体が締め付けられる感覚もないのは初めてだから感動してるの!」
そこでようやくマナリィは気がついた。
自分にとっては当たり前すぎてすっかり頭の中から失念していた感覚だったからである。
部屋着も何もないマナリィはシャツを着たまま寝る時もある。
これが既製品だと、大体が寝違えたり次の日に疲れを残してしまうのだが、自分で手入れをしたシャツにしてからそういったことは一切無くなった。
「気に入っていただけてよかったです」
「この調子でマナリィに幾つか普段着をお願いしても良いかしら?」
「すぐには無理ですけど」
「もちろん、急かさないわ。今日はゆっくりとおやすみなさい。それと新作のメイク品も融通してあげるし」
「それはありがたい話ですけど、良いんですか?」
マナリィにとっては恩返しのつもりであった。
ただでさえ安くはない反物を買い与えてもらってるのにその他に化粧品の融通である。
本来ならここでデザイン料や仕事料が発生するのだが、マナリィに散ってはあくまでも趣味の領域。
その趣味でオシャレが出来るのはありがたい以外の何者でもなかった。
働いたお金は最終目標の結婚資金として溜め込んでいたからである。自らのお金を使わずに高い反物で服を作れるのはマナリィにとっても良いことづくめだ。
その上で自分が買いに行っても良し悪しがわからないメイク関連を、高い目利きで揃えた珠玉の一品をレイシャ経由で引き取れる。
レイシャの言う通りにしておけばマナリィは端材で自分の服も作れて一石二鳥だと感じていた。
後に、レイシャがモデルとして自社商品のみならず、世界へと羽ばたいていくのをまるでドラマでも見ている様な感覚でマナリィは見送っていた。
そもそも一般社員とは住む世界が違うのだとは出会った当初から思っていたことだ。
でもいまだに仲良くしてくれてるのはマナリィにとっての一つの自慢だった。
レイシャ以外に自慢できる相手がいないのだけが問題ではあったが。
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