第3話

 用意して欲しいものがある。

 マナリィからそう言われて強請られたのは衣装の反物だ。

 本当に一から作ろうと言うその気概にレイシャは空いた口が塞がらないでいる。



「本当にやるの? こっちもお金をかける以上、出来ませんでしたじゃ済まないわよ?」



 反物、素材と言えど値段が張る。

 確かに新しいドレスを仕入れるよりは安く済むけど、マナリィの要望は度が過ぎていた。



「私を信じて欲しいの。実は私の着ているこの洋服も、見様見真似で自分で作っているのよ。あ、この事は他のみんなには内緒ね?」



 言われ、目を見張るレイシャ。

 確かに素朴な素材で作られたワイシャツではあったが、それは既製品だと思っていた。普通はそう思い込んでしまう。

 現にレイシャの私服もモデルの仕事以外では既製品を着ることの方が多い。



「良く、見せて貰える?」


「今は手持ちがこれしか無いからここでは無理よ。更衣室でなら」


「それでも良いから。行きましょ」


「あ、ちょっと!」



 マナリィの困惑も聞かず、レイシャは手を引いて更衣室に閉じこもった。そして……



「凄いわ、これ本当にあんたが一から手掛けたの?」



 あまりの驚きに声が大きくなる。

 マナリィは恥ずかしそうに両手で胸元を隠し、頷いた。

 


「はい。貧乏暮らしが長いので、成長に合わせて丈を変えたりして使ってます。ですのでレイシャさんのサイズを測らせて貰えば、同じ様にできるかなって。でも、流石にすぐ新作の衣装に取り掛かるのは冒険が過ぎると思うので、まずはシャツから作って」


「そうね、いきなりシルクの反物に挑むのは勇気が要るものね。あたしもそれが良いと思う。シャツの素材は綿で良いの?」


「そんな高級素材を使わせていただけるんですか?」


「?」



 マナリィの驚きに、首を傾げるレイシャ。

 レイシャにとってシャツの素材は綿か絹であるが、マナリィにとってはどちらも高級素材だったらしい。



「え、そのシャツコットンじゃ無いの?」


「これはリネンですよ」


「見えないわ。リネンがこんな風に滑らかなシャツに化けるなんて誰が思うのよ」



 実際に手に取って肌触りを確認したレイシャに、マナリィは裏技があるんですと自信満々に言った。

 実際にリネンと聞いて思いつくのはもう少し頑丈な作業着か何かだ。


 しかし真夏の暑い日にはその通気性の良さは抜群だと聞く。

 聞くが、実際にこうして目に見るまでは半信半疑だった。


 それはリネンの特性にある。

 頑丈ではあるものの、染め難く濃い色は白けやすい。

 単色で用いられる事が多い故にドレスのメイン素材にリネンを取り入れるなんて考え自体がレイシャには無い。


 あったとしても装飾の類くらいだろう。

 だから自信満々なマナリィに、本当に任せて大丈夫なのか疑わしげな視線を向けた。



「一応信じてやるわ」


「本当ですか?」


「お人好しのあんたがあたしを騙そうとは思えないもの。でも本当にリネンで作るの? あたしの懐は助かるけど」


「私がリネンの方が慣れてるってだけですね。端材を頂ければそれでポーチとかも作りたいです。出来ればカラーバリエーションは多い方がいいです」


「あんたねー」



 安いとは言え、後出しで複数のカラーバリエーションを強請られたレイシャは調子に乗るなとマナリィの無防備なおでこにデコピンを食らわせていた。


 だが何処かその相談に乗り気でいるレイシャ。



「3色までなら許すわ。それ以上は流石にお小遣いの範囲を超えちゃうもの」



 普通はお小遣いの範囲で買えるものでは無いのだが、それができるくらいの稼ぎを出しているレイシャにマナリィはすっかり尊敬の念を抱いている。



「いよっ、太っ腹!」


「それ、レディには禁句なの知ってて言ってる?」


「ごめんなさい。でも完璧に仕上げて見せますので」


「謝罪は出来上がった後に聞くわ。それよりも早く買い出しに行きましょう、お店が閉まっちゃうわ」



 反物屋は営業時間が短い。

 たかが反物と言えど素材に至っては高級品もある為管理が厳重なのだ。その為一見さんをお断りしているお店も多い。

 マナリィは端材を集めてなんとか一枚のシャツを作り上げたが、レイシャは反物そのものを買う前提で足を早めた。

 コネはあるのか聞きたかったが、ここはレイシャの顔を立てる意味でも言われるがままに行動した。

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