第18話

 そしてついに、王城での舞踏会の日がやってきました。


 あれから数日間は、大変でした。

 何しろ私の部屋は侵入者とフィルに荒らされて、窓まで割れてしまったのです。


 もちろん、移る事のできる部屋は他にもたくさんありましたし、私はすぐに別室へと移動しただけでした。

 ただ、フィルはまた侵入者が来るのではないかと、とてもピリピリしておりました。夜中の見回りも、もはや監獄の警備のようでした。


 さすがに部屋の中には入って来ませんでしたが、深夜にふと目が覚めて廊下へ出ると、決まってフィルがいるのです。この黒猫は、一体いつ寝ているのでしょうか?


 欠伸をしている姿はよく見かけますが、居眠りをしている姿は見ていません。

 部屋に籠っているときもあるので、そのときに寝ているのかなとも思うのですが、訪れてみると起きて机に向かっています。

 書類仕事……のようなものをしているようでした。


 私の眠りが浅い状態も続いており、私は夜中に一度目を覚まし、フィルと短い会話をするのが日課のようになってしまいました。


 大抵の場合、歓談とはいえないようなやり取りなのですが、そうすると、不思議とまた眠れるのです。

 アニマルセラピーというやつでしょうか? ……たぶん違いますね。



 フィルのお城に来たときと同じシンプルな馬車に揺られながら、窓の外を眺めます。

 この馬車は、今ではフィルの趣味なのだろうと思っています。

 彼は、装飾過多をあまり好まない様子でしたから。


「……そういえば、この国へ呼び出されてから、一度も街を歩いてないです」


「うん?」


 窓の外、行き交う獣耳の人々を眺め、私はぽつりと呟きました。

 フィルは意外そうに目を丸くして、訝しげに私に問います。


「いや、お前……まさか来たかったのか? 街」


「え? おかしいですか? 異国……というか、私にとっては異世界の街並みです。見てみたいとは、思いますよ」


「……そうか。……なんというか、意外と心が強いんだな。お前は」


「はい?」


 なぜか、感心したように言われました。

 自分でいうのもなんですが、私の心は別に強くないと思います。

 この国に召喚されたばかりの頃は塞ぎ込んでおりましたし、今も悩みごとは多いです。


 リカルド様との事、ミーシャ・フェリーネの事、離宮で私にあてがわれた侍女たち、王様、大臣。

 この世界に、良い思い出などありません。


 ……ああ、だから彼は、私が街を見たいと言ったのが不思議だったのですね。


「会った事のない全ての獣人まで、嫌な人だろうなんて、私は思っていませんよ」


「……そうか」


 私が告げると、彼はこっくりと頷きました。

 窓の外へ目を向けて、それから私の頭を見ます。


「……街へ出るなら、着け耳と尻尾が必要になるな。『聖女』がほっつき歩いていたら、大きな騒ぎになってしまう。今度、バートンに用意させると――」


「そうですね。あ、でも黒猫の耳は嫌ですよ。それだとまるで、きょうだ――」


 フィルが言葉の途中で口を噤み、私も気付かず雑談を返しながら、やはり途中で口を閉ざしました。


 ……私は今日、元の世界へ帰るのです。


 窓の外、王城の大きな城門が、ゆっくりと近付いてきていました。

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