第15話

 人とは本来、自分の元いた世界を転移し、別の世界に存在するものではないそうです。


 フィルからそう説明を受けたとき、私は『何をそんな当たり前の事を』と思いました。

 ですがその『当たり前の事』を覆すのが転移召喚魔法であり、その召喚陣に突き立てられ、私の存在をこの世界に縫い留めているのが『聖剣』なのだと聞かされました。彼が言うには、楔のようなもの、なのだそうです。


 剣が抜かれれば、私は元いた世界へ帰れます。

 それも、この世界に召喚される前、その瞬間の時間軸へと帰れるようです。

 年齢なども、元通りです。世界の持つ、『本来あるべき形に戻るための修正力』が働くのだとか。


「……でも、私が帰ってしまったら、この世界の人々は困るのではないですか? 魔力の淀みを、散らす事ができなくなってしまいます」


 私は、思ってもいない心配をフィルに述べました。

 本当はこの世界の獣人たちが、どうなろうと私は構いません。

 元いた世界へ帰れるならば、私は今すぐにも帰りたいです。


 ……それは確かに、初めて会ったときフィルが言っていたように、私の望みの『半分』でした。


「それについては問題ない。お前が元の世界へ帰る際に、この世界の『魔力の淀み』は消えるだろう」


「どういう、事ですか?」


「聖女の持つ『淀みを散らす力』とは、世界がお前を引き戻そうとする『修正力』の副産物だ」


「えっと……?」


 フィルの返答に、私は首を捻りました。

 正直いうと、話が抽象的過ぎて、ついていけていない部分もあります。


「つまりだな、お前は『排水溝』のようなものだ。お前を通して、淀みは別の世界に吸い込まれ、また循環し輪廻している」


 ……排水溝って。

 もう少し、マシな例えはなかったのでしょうか?

 それに、やっぱりおかしな話に思えます。


「はい……? ですから私がいなくなれば、その『魔力の出入口』も、なくなってしまうのではないですか?」


「同時に、お前は『排水溝の栓』のようなものだ。お前が元の世界に戻る際、全ての淀みは一気に流れる」


「…………」


 あくまで、例えは『排水溝』でいくようです。

 そして今しがた聞いた説明には、強い違和感を覚えます。


 私は少し考えて、フィルの説明を自分なりにかみ砕き、ある疑問について問いかけました。


「……それならば、聖女をこの世界に留めたりせず、さっさと送り返せば良いではないですか? つまりは召喚して、送り返せば、そのときに開く『別世界への扉』を通して、魔力の淀みは晴れるのでしょう?」


「そうだ。だが問題もある」


「……問題?」


「流したくないものまで流してしまう」


「…………」


 じとりと、私はフィルを睨み付けました。

 フィルはふいっと目を逸らしました。


 明日、ダンスの練習をするときに、わざと足を踏んでやろうと思います。

 靴に仕込む甲当てなるものがあるそうなので、おそらく踏んでも平気でしょうし。


「俺が、という意味ではないぞ。王族や、一部の貴族、教会の連中が、流したくないものという意味だ」


 フィルは小さく嘆息し、明後日の方向へ顔を向けたまま、ぽつりと私に告げました。

 文句があるのはそこではなく、表現のほうなのですが、彼はたぶん分かってて言っていそうです。


「……流したくないもの、とは何ですか?」


つがいだ」


「――っ!」


 睨んだまま私が問いかけると、フィルは顔を逸らしたまま、吐き捨てるように答えました。

 驚愕に、私は息を呑みました。


「番は、魔力の淀みの影響による、個々人の軽微な魔力異常によって引き起こされる『病』だ。循環の滞っている部分を補おうとして、埋め合わせられる魔力マナが、偶然噛み合った魔力欠乏症患者同士が惹かれ合う」


「え……それって、」


「……欠乏症といっても、身体に大きな影響のあるものではないがな。あくまで番と出会った場合、互いを埋めるように、まるで『運命』のように求めあう。呪いのような、ただの病だ。……確率が非常に低いだけで、世界にひとりしかいないなどというのも、迷信だ。そして『番』を発見する、もしくは作る方法は、もうすでに王家では確立され、秘匿されている」


 相変わらず、私のほうを見ようとはせず、フィルは苦々しげに言葉を続けます。


 その内容は、もしかすると『私の望みのもう半分』であり……そして、私の望みがどうあっても『全ては叶わない』事を、意味していました。

 

「……淀みを一気に晴らした場合、付近一帯の『番』はその影響を受け、解消される」

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