第2部 26

「ワゴンにもロケットランチャー?」

「はい、影盗団、清水とか外処が乗ってたワゴンに、ロケットランチャーが積んであったって、二つ」

 昨夜の疲れが残る体を引きずるように交番にいき重たい体を椅子に下ろすと、斉藤が近寄ってきて話をした。

 救急車襲撃事件により、非番のタクヤも呼び出され、現場には臨場しなかったが署には朝方まで詰めていた。

 一旦寮に戻って二時間ほど横になり、再び出勤してきた。今日が日勤であることがせめてもの救いだった。

「ロケットランチャーって、あの」

 タクヤが肩に担ぐ真似をしてみる、

「あの」

 永井が同意する。

「爆発したらどうすんだ」という外処の言葉の意味を、このとき初めて理解した。

「やばくないっすか。仲間割れっすかね。ヤバイのがまだうろついてるかと思うと」

 タクヤにしても、言葉がない。

 あの横転で暴発してたら、タクヤも無事では済まなかったかもしれないと思うと、(まさかないとは思うが)あの戦いの最中に持ち出されたれていたらと思うと……。

 襲ったほうだけでなく、襲われたほうもそんなものを所持していた、犯罪はいったいどこまでエスカレートしていくのだろうか。

 疲れで鈍い体、罪悪感で重い心、心身の重りをぶらさげて一向に回転しない頭では、現場を理解すること、己はいったいなにをどう考えればいいのかさえ、とらえることはできていない。


 一一月十四日、夜一〇時過ぎ、当番が明けて一眠り、タクヤは救急車が襲われた現場を訪れていた。

 襲撃からほぼ丸二日経っている。

 規制線も外され、襲撃の跡はもうなかった。昨日の雨が流したか、それとも、襲撃事件自体がなかったのか、この場所では、なかったのか。

 片側二車線の広い道路だった。

 ショッピングモール前の信号を東に向かう。M橋市の県庁へと続く道路だった。

 道路の両側は畑が広がり、住宅地は近くない。

 それでも、爆発音は聞こえたはずだ。

 夜、炎が辺りを照らしたはずだ、それこそ遮る建物さえないのだ、事件をスマホなどで撮影したものが必ずいるはずだ。

 この場所だった、間違いなく。

 タクヤたちが影盗団をワゴンに押し込めた場所から救急車を受け入れることのできる病院までそう離れてはいない、この道路を当然通る。

 清水と外処以外の二人は、救急車には乗せられたが、救急性は低かったために、時間はかかるがT崎署に近い病院へ搬送された。

 ということは、だ。

 ――俺が外処にあれほどの傷を負わせなければ、救急車はこの道を通らなかった……。

 もっと上手く、必要最低限、動きを封じることのできる程度であれば、二人は死ななかった。

 いや、不憫なのは巻き添えを食らったものたちだ。救急隊員、付き添いの警察官、全員が、死んだのだ。燃えカスになったのだ。

 ――俺のせいで……。

 一人を斬ったことによって、五人が死んだ。

 いや、タクヤの「剣」は一人の命も斬れてはいない。一人を斬り損ねた引き換えに五人が亡くなった。

 とんだ「活人剣」だ。

 タクヤはじっと手をみていた、両手を合わせて前に伸ばす。

 この手で二日前に人を斬った、まさしく手刀を、胸の前に引き寄せる、目を瞑り、道路に向かって頭を下げた。

 合掌。ご冥福を、お祈りします。

 犯人を、捕まえなければなるまい。

 やつらは、みていたことになる。知っていたのだ、救急車がどこに向かうかを。

 ロケットランチャーなど持ち歩くことがあるだろうか。

 ロケットランチャーを常に携帯し「ここなら使える」とぶっ放す。

 そんな危険な人間が果たしているか、この日本に。

 車は、少し離れた、路地を入った所に停めてあった、タクヤは歩いている。考えている。

 即ち、だ。襲撃犯たち(きっと複数だろう)はあの夜使うつもりでロケットランチャーを用意していた。清水と外処を消すために、どこであろうとロケットをぶっ放すために。

 他に被害の出なさそうな畑に囲まれた道路でなくとも、建物が密集した市街地でも、住宅地でも。

「テロリストかよ」

 全てを怒りに変えるのは「違う」と思った。

 犯人を捕まえる力が怒りでは違う、と思った。「怒り」は自分の落ち度を変換した感情に過ぎない。「怒り」は、己の未熟さ、露になった愚かさが形を変えただけだ。

 己の「恥」を怒りの炎で燃やしてしまえ! 

 それではテロリストと同じだ。コントロールするのだ、真っ赤になった葉を落とすことで厳しい冬に備える木々のように。

 春に備えて、未来のために、敢えて身をやつせ、心をやつせ。

 余りに危険な人間が野放しになっている。捕まえなければならない。なぜならタクヤは、

「警察官だから」

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