あとがき

 静岡県の富士地域には、竹取物語に関する独自の伝承があります。それによると、かぐや姫は元々富士の神であり、結末は月ではなく富士山へと帰っていくのです。

 また竹取物語のかぐや姫は、古事記に登場するコノハナノサクヤヒメと同一であるという説もいわれます。実際に富士山にまつられる浅間大社の祭神も、現在はサクヤヒメですが、過去にはかぐや姫ともされていました。

 それらの伝承と説にもとづき、富士の噴火の歴史を下敷きにして執筆したのが本書です。

 伝承には相通ずる部分があり、ニニギノミコトの犯した罪を償うため、サクヤヒメが現世に下ったことと、竹取物語でかぐや姫が最後に不死の薬を帝に託したこととが、まさにつながるように思えるのです。

 物語の舞台は一般的には平安時代なのでしょうが、本書では敢えて江戸時代としました。私なりに読者が受け入れやすいよう「小説としての大衆性」を重んじたからです。加えて、江戸時代に起きた富士山の宝永大噴火が、平安時代の二度の大噴火になぞらえれば、富士山と竹取物語にまた深い関わりが見えてくると感じたからです。

 そんな奇妙なつながりに着想を得て、美しいがゆえに罪を帯びた姫の降臨と帰還を、小説として書き上げました。本書のあらすじは架空であり、もちろん史実ではありません。とはいえ、本書をきっかけに古事記や竹取物語、また富士山の歴史についてわずかなりと興味を持っていただけたなら幸いです。

 本書を出版するにあたり、校閲と編集に尽力くださった静岡新聞社編集局出版部の佐野真弓様、また最初に相談に乗ってくださった庄田達哉様、本書を手に取ってくださった皆様、そしてこれほどに深く美しい富士の伝承を語り継いでくれた静岡の全ての人へ、心より感謝申し上げます。 令和二年、冬。山口歌糸。

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小説咲夜姫 山口歌糸 @utaito2021

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