最終話 絢斗と春夏冬と未来

「絶対嘘や……それ、ドッキリちゃうん? どっかでカメラ回してんねんやろ?」

「中学の時に傷ついた俺が、そんなことするわけないだろ。俺はただ春夏冬がす、好きなんだよ」


 いきなり気恥ずかしさが押し寄せてくる。 

 俺は赤面しつつも、勢いそのままで喋った。


「俺はアキちゃんに癒された。水卜の件のことでな……それで昨日気づいたんだよ。アキちゃんの……お前の優しさに惹かれていたんだってな。同じ場所にいるわけじゃなかったけれど、春夏冬はずっと傍にいてくれたんだ」

「……ハイブリッヂさんのことなら今でも覚えてる。まだファンも全然おれへん時からずっと応援してくれてて……それに悲しいことがあったって相談もしてくれたやんな」

「ああ」


 春夏冬は唖然としたまま俺の顔を見つめている。


「文面からやけど、凄い傷ついてんなって思って……なんかほっとかれへんかった」

「そのお前の優しさに俺は惚れたんだよ。そんなお前が俺は好きなんだ。そんな春夏冬と、俺は付き合いたいと思っている」


 春夏冬の目からさらに涙が溢れ出す。

 それは不安からくるものではなく――

 喜びからくるものであった。


「ホンマにうちでええの? 結構根暗やで?」

「俺はいまだにぼっちだ。その点に関しては俺の方がいいのかと尋ねたいぐらいだ」


 根暗ぐらいなんだというのだ。

 そんなもの、マイナスでもなんでもない。

 ただの個性だ。

 それが春夏冬の中にある物だったら、それごと惚れてみせよう。


「うち……うち……嬉しすぎてどうしたらええか分からんわ」


 春夏冬の嗚咽が裏道に響く。

 通りかかる人がこちらを見ているが、俺はそれを当然のように無視する。


「俺もどうすればいいの分からない……その、女性と付き合うのとか初めてだし」

「うちもそうや……こんな時どうしたらええの?」


 春夏冬は泣きながら笑う。

 彼女は俺を受け入れてくれた。

 そう考えた俺も、喜びから笑みを浮かべる。


「お互い分からないことは、お互い相談するとしよう。未経験のことを経験して人は成長していくものだろうしさ」


 春夏冬に手を差し伸べ、彼女を起こす。

 まだ涙が収まらないらしく、春夏冬は泣き続けている。


 思えば、俺たちの関係は二年前にすでに始まっていた。

 お互いに顔を知らず、ネットの中だけの付き合い。

 ファンと配信者の関係。

 

 二人が交わり合うことなんて、普通に考えたらあり得ないことだった。

 だけど俺たちはこうして出会い、そして同じ思いを抱いている。


 これを運命と言わずして、何を運命と呼ぶのだろうか。

 そう、俺たちの出会いも、何もかもが運命だったのだ。


 水卜と付き合えなかったのも、今から考えれば運命だったのではないかと思う。

 彼女に裏切られたと考えたからアキちゃんと出逢え、そして春夏冬とこうして想い合える関係になった。


「ああ、水卜たちにも伝えておかなきゃいけないな」

「……後悔せえへん?」

「するか。俺が好きなのはお前なんだから」


 涙を拭い、とびっきり可愛い笑みを向ける春夏冬。


 うん。絶対後悔なんてしない。

 俺は春夏冬が好きで、春夏冬がいいんだ。


「なあ、手、繋いで?」

「あ、ああ」


 春夏冬が手を差し出し、俺は彼女の柔らかい手を握る。


「高橋のこと……クラスではないがしろにしてたな」

「別にいい。元々ぼっちだし、変わりないさ」

「でも、ごめん……全部打ち明けて、清算しとくわ」

「そんなことしたら、皆ビックリするだろうな」


 クスクス笑う彼女を見て、俺も同じように笑う。


「うちは高橋がハイブリッヂさんって知って……うちのこと好きって思ってくれたんが一番ビックリしたわ」

「俺だって……お前がアキちゃんって知った時が一番ビックリした」


 まさかアキちゃんが近くにいるなんて思わなくて、いるはずがないのに隣にいて……

 驚かない方がおかしいよな?

 誰だって驚く。

 俺は放心状態になるぐらい驚いた。


 でもそれ以上に今は感動と喜びを感じている。

 

「ほな、皆に報告にいくとしよっか」

「その前に……学校を飛びしたんだ。授業も始まってる。先生に怒られるのが先だろうな」

「ああ……確かに」


 春夏冬は俺の手を引き、学校へと向かって歩き出す。


「うち守って怒られてくれる?」

「愚問だな。俺はお前を守るためならどんなことでもしてみせよう。賄賂が必要なら闇金から金を借りてこよう」

「やり過ぎ。そんなんやり過ぎやから」

「だが俺はアキちゃん……もとい、春夏冬を全力で守ると決めたので悪しからず」

「嬉しいけど複雑やわ……アキバカやった高橋の気持ちが、全部うちに向いてんねんな……でもアキへの気持ちも、うちに対しての気持ちか……なんかそういうの無しにして、普通に接することってできへん?」

「できるわけがないだろう。アキちゃんは俺にとっての天使であり絶対神。この想いを滅することなどできると思うか?」


 苦笑いする春夏冬を見て、俺は胸を張る。

 アキちゃんへの想い……甘くみないでいただきたい。

 半端な気持ちでファンをしていたわけではない。

 とことんまで崇拝しているのだぞ。


「まぁ、期待はでけへんと思ってたけれど……でも普段は普通に接してや」

「……できるかな?」

「やってや」

「……努力する」


 春夏冬と接する時とアキちゃんと接する時は別にしろってか。

 しかし想いが強すぎてできるかどうか……

 その点に関しては全く自信がない。

 だって単純に好きなのだから。


「なら、とりあえずはこれ、アキちゃんに」

「? 何これ?」


 俺から封筒を受け取る春夏冬。

 そして中身を見て仰天し、怪訝そうに俺を見る。


「な、何これ?」

「あの、今月分です」


 投げ銭をするために稼いだバイト代。

 しかし投げ銭をしたとしても、全額アキちゃんの元に届くわけではない。

 だがこうして直接手渡すことによって、俺の努力の結晶全てが彼女の手に渡るというわけだ。

 なんという最高のアイデア!


 アキちゃんは喜び、俺も歓喜するという最高の手段。

 俺ってもしかして、天才なのでは?


「こんなんいらへんわ! 今日から君、投げ銭禁止な。それにこうやってお金をうちに手渡すのも禁止!」


 封筒を叩きつけこちらに返す春夏冬。


「そ……そんなバカな。お前に金を手渡せないなら、バイトをする理由なんて……俺に存在価値なんて無いぞ」

「うちらは金だけの付き合いか! ちゃうんやん、ほら、もううちらあれやん……」


 赤面する春夏冬を見れ、俺は納得する。


「あ、ああ……そうだな。もうあれだもんな」

「うん。だからその……うちにお金使いたいんやったら、デートとかに使ってよ。その方がお互いに楽しいやろし」

「……分かった。そうするよ。これからはそうする」


 俺の返答に満足したのか、春夏冬は再び笑顔を見せる。

 そして俺の手を握り走り出す。


「もう今日は学校サボろっか。このままどっか行こ!」

「じゃあカラオケだな。アキちゃんの生歌を聞かせてほしい」

「それはまた今度! 今日はもっとデ、デートらしいことしよ!」


 彼女が声を発する度に心が躍る。

 

 きっとこれからも、春夏冬と会話をする度にこうして喜びを感じることになるのだろう。

 彼女の柔らかく優しい声。

 それは俺を癒し、そして心を穏やかにしてくれる。

 これまでの過去も、これからの未来も、俺は春夏冬の優しさに包まれて行くのだと思う。

 少し肌寒い空の下で、俺は胸を熱くしながら彼女と共に走るのであった。

 この先どこまでも続く二人の道を。

 二人の幸せな日々を。


 おわり

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ぼっちの俺はvtuberを愛でるだけの毎日であったが、最近同級生と後輩がぐいぐい来て困っています 大田 明 @224224ta

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