第45話 絢斗と春夏冬と逃走

 この一年の中で一番晴れ晴れとしているであろう天気の中、俺は学校の教室に到着していた。

 いつも通り俺より早くそこにいる春夏冬。

 彼女は友人と話をしており、その笑顔を見て胸がときめく。


「春夏冬」

「あ……ああ、高橋」


 俺の顔を見るなり少し戸惑う春夏冬。

 彼女に俺の想いを伝えようと一歩前に出るが――


 春夏冬を取り囲む友人たちに行く手を遮られる。


「なんだよお前」

「ちょっと絵麻が優しいからって、調子乗ってるんじゃないの?」


 男も女も、陽キャたちはまとめて俺を敵視していた。

 別にこいつらと仲良くしたいと思ってもいないけれど、そんな敵意をむき出しにされるほどの関係だったっけ?


 俺は焦りながらも彼ら彼女らに言う。


「いや、俺は春夏冬に話があるだけど……」

「だから! あんたなんかが絵麻と話できるわけないっしょ!?」

「そうだ。春夏冬はお前が話をできるような女じゃねえんだよ!」


 いつもより当たりが厳しいような気がする……

 あれか、俺が話かけたことによって春夏冬が困惑したからか。

 それを迷惑だと感じて、助けに回って……


 いや、素晴らしい友情だよ、君たち。

 俺にはまねできない。

 まねしようとも思わない。


 だけど他人の関係性を知らないでそんなことするのは、バカとしか言えないぞ。


 俺と春夏冬は、その……仲がいいんだぞ!

 だからどきなさい、君たち。


 そう考えた俺に同調するかのように、春夏冬が声を出す。


「あー、あのさ……」

「どうしたの、絵麻?」


 皆が一斉に春夏冬の方を見る。

 言ってやれ、春夏冬。

 俺とお前は仲良しだってな!


「べ、別に話し合うような関係じゃないじゃん? 私たち。だから話しかけないでほしいな……って」


 真逆だった。

 春夏冬は周囲の目を気にして俺を遠ざけようとした。

 

 これは困った……完全にアウェーだ。

 ゲームのラストダンジョンで、モンスターに囲まれた気分だ。

 理由もなく、ただ俺を敵とみなし攻撃をしようとしている。


 これがゲームなら反撃して終わりだけれど、攻撃がないようなものだからな……

 反論するほど材料もない。

 だって春夏冬が向こう側なんだから。

 話にもなりゃしない。


 仕方ない。

 直接話をするのは不可能なら、別の方法を選ぶだけだ。


「わ、悪かった……ごめん」


 俺がそう言うと、陽キャグループは舌打ちしながら俺から離れていく。

 

「…………」


 春夏冬は申し訳なさそうに、チラチラ俺の方を見ている。

 以前ならここで春夏冬を敵視しているところだけれど、俺はこいつのことが好きだ。

 ちょっとやそっとじゃもう諦めてやらんぞ。

 俺の春夏冬への想い……アキちゃんへの想いをなめんじゃねえ!


 席に着いた俺は、携帯で春夏冬にメッセージを送る。


『今日話がある。放課後屋上に来てくれ』


 俺からの連絡を確認したのだろう。

 春夏冬はビクッと反応し、露骨に挙動不審になりだした。


「あ……あの、あ……私、今日は帰るね!」

「え? どしたん、絵麻?」

「ちょっと具合が悪くてさ……」


 本当に具合が悪そうに、真っ青な顔で春夏冬は教室から飛び出して行ってしまう。

 

 それを見た俺は、考える前に彼女を追いかけた。


「あ、あいつ春夏冬を追いかけたぞ!」


 後ろから怒声が聞こえてくるが気にしない。

 周囲の目なんてどうでもいいんだよ。


 大事なのはどんな環境であろうとどんな状況であろうと、自分の成すべきことを成すことだ。

 今俺がやらなければいけないのは、春夏冬に気持ちを伝えること。


 これは直感であるが、ちゃんと想いを伝えておかないと大変なことになる。

 心が俺にそう訴えかけていた。


「春夏冬! ちょっと待ってくれ!」

「こんとって! お願いやからこっちにこんとって!」


 今にも泣き出しそうな春夏冬。

 何がそんなに彼女を怖がらせているのだろうか。

 

 俺は春夏冬に危害を加えるつもりなんてないのに。

 だた俺の想いを知ってほしいだけなのに。

 ただ君のことが好きなだけなのに。


 春夏冬は立ち止まることなく全力で走り続ける。

 足は俺の方が速いはずだが、長距離戦に持ち込まれたら勝ち目は無い。


 引き留めるのなら、一瞬で勝負をつけなくてはいけない。


 俺は持てる力を尽くし、春夏冬に追いつき彼女の腕を取った。


「春夏冬! 話を聞いてくれ!」

「嫌や……話なんて聞きたくない……」


 校門を抜けた先……学校の裏路地で春夏冬はその場に膝をつく。


「高橋……自分の気持ちに決着ついたんやろ?」

「ああ、そうだよ」

「それやったら絶対聞きたくない……振られるんは嫌や……他の誰か好きになったなんて話聞きたくない」

「いや、春夏冬を選んだという可能性だってあるだろ」

「ないわ……うちはそんな他人から好かれるような人間ちゃうし」


 俺は春夏冬から手を放す。

 彼女は項垂れて話を続ける。


「うち、京都におる頃はこんなんちゃうかってん……ホンマに根暗で、友達もおらんくて……今の高橋みたいにぼっちやってん」

「…………」

「ほんでそんな自分変えたいなって思って、vtuber始めて……そしたら皆楽しんでくれるし、それでちょっとぐらいは自信持ってもいいかなって」


 そうだったのか……

 それで春夏冬はアレキサンドロス・アキとして活動をすることになったのか。

 自信がない自分を変えるため。

 自信を持つために新しい一歩を踏み出したというわけだ。


 そして俺は救われた。

 そして俺は彼女を好きになったんだ。


「こっちに転校するってことなって、昔の自分を隠すようにギャルの恰好して……アキを演じてたから、明るいキャラやるのも意外と簡単やった……それに今はそういう自分も素になりつつある。でもアカンわ……いざとなった時、いつもこうやって逃げてまうもん」

「怖かったら逃げたっていいじゃないか。別に悪いことじゃないだろ」


 春夏冬は俺を見て少し笑う。


「ホンマ、高橋は優しいなぁ……人を寄せ付けないのに人を放って置かれへん。そんな高橋にうちは恋したんや」

「ありがとう……そんなことを言ってもらえて光栄だ」


 春夏冬はとうとう涙を流し出し、俯いてしまった。


 何を言われるのか分からないことに不安と恐怖を感じているのだろう。

 きっと根がマイナス思考なのだろうと察する。


 元々根暗だって言っているし、全てを悪い方向に考えてしまうんだろうな。


 だから俺は彼女を安心させるために自分の気持ちをストレートに伝える。

 どれだけネガティブに考えても、悪い方に考えられないように。


「春夏冬! 俺はお前が好きだ! アキちゃんとしてじゃない、お前が一番好きだ!」

「……嘘やん……」


 春夏冬は真っ赤な目で俺を見つめ、ポカンとしていた。

 その表情もまた可愛く思え、俺はまたときめいてしまったのだ。

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