第25話 絢斗と水卜と過去③

 中学三年の時、俺は水卜と同じクラスになった。 

 同じクラスだけど多くの友人に囲まれている彼女と少数の友人しかいなかった俺。

 同じなのはクラスだけで全然違う。

 ただクラスメイトというだけのことで接点もまるでない。

 そしてそのまま卒業するはずだったのだけれど……ふとしたことで水卜と知り合うこととなった。


「あ~同じクラスの……なんとか君だ~」


 俺が通う塾に水卜が入会してきたのだ。

 ギャルが勉強すんのかよ。

 俺はその時、出来る限り接するのを止めておこうと考えていた。

 だって済む世界が違い過ぎるんだから。

 ギャルと陰キャなんて話が合わないだろ?


 だけど水卜は俺と顔を合わせる度に話をしてきた。

 それは塾でも学校でも。

 違う世界に住んでいるはずなのに同じクラスメイトとして。


 話をしている間に、彼女の意外な一面が浮き彫りになる。

 それは見た目以上にしっかりしているとか、子供が好きだとか、やっぱり口調通りおっとりした奴だとか。

 気が付くと俺は彼女に惹かれていた。

 特にきっかけがあったわけではない。

 ただただいつも傍にいる彼女のことが気になり始めていたのだ。


「私~、保育園の先生になりたいんだ~。子供好きだからさ~」

「へー。まぁ慣れるんじゃないか、水卜なら」

「絢斗がそう言ってくれるなら間違いないね~」

「なんで俺がそう言ったら間違いないんだよ。全部お前の努力次第だろ?」

「うん~。頑張る~。絢斗がなれるって言ってくれるし頑張る~」


 俺が言ったから頑張るって……俺が言わなくても頑張れよ。

 なんて直接彼女に言うわけではないけれど。

 そしてそんな無粋なことを言うわけでもない。


 友達は少なかったが水卜と話をするようになってから余計に付き合いは少なくなっていた。

 と言うか、学校にいる時はだいたい水卜が俺の近くにいたからだけど。

 休み時間の度に俺の所に来て……周囲の目が恥ずかしかったけど、それ以上に楽しったんだと思う。

 水卜が俺のところに来るのを否定するようなことはしなかった。

 

 しかし、中には俺たちの関係を良く思わない連中もいた。

 それはクラスで一番大きなグループで、実質クラスを牛耳っていた奴らだ。

 その中の仲本という奴が特に俺を気に入らなかったらしい。


「おい高橋」

「何?」

「お前、菫に近寄んじゃねえよ」

「いや、近寄って来てるのは向こうなんだけど」

「う、うるせえ! 口答えすんじゃねえよ!」


 裏庭に呼び出され、俺は胸倉を掴まれながらそう凄まれた。

 ここでビビるのが普通なのだろうけれど……俺は仲本のことを全然恐れなかったのだ。

 金色に染めた髪に左耳には大きなピアス。

 確かに怖いと判断できる部分はあるが……こいつ、自分の母親に怒られてこの前泣いてたからな。

 こいつとは小学校が同じで、家が近所。

 家の前で怒られているところに偶然遭遇したのである。


 怒られていた内容はピアスをしたことだった。

 こいつは身体が華奢だが、母親は女子プロレスラーみたいな体格。

 男でも敵わないような人だ。

 

 そんな母親にビビっているような奴にビビるわけがないでしょう。

 それに華奢だというのも余計に怖くなく感じる要因の一つだ。

 だが喧嘩なんてしたことないし、ここは素直に相手の要件を飲み込むのが得策なのだろうけれど……でもそれ以上に、水卜と離れるのは嫌だった。

 俺の当時の正直な気持ち。

 こいつがどれだけ脅してこようが引く気は無い。


 そんな怖がりもしない俺の態度に腹を立てたのか、拳を振り上げる仲本。

 俺は当時格闘漫画にはまっており、何故か変な自信を持っていた。

 こいつのパンチは避けられる。

 だってこの前漫画で避ける方法を習得したのだから。

 今考えるとなんてバカな考えを……そう思っていたが、仲本のパンチを実際に避けることができた。


「――いってー!!」


 仲本のパンチを避け、相手の拳は校舎を捉える。

 ゴンッという鈍い音と共に、仲本は手を押させたままピョンピョン飛び跳ねていた。

 相当痛そうだな……

 俺は蹲り出した仲本を放って、その場を後にした。

 

 仲本以外の奴が俺に絡んでくるようなことはなかったが、その頃から露骨に嫌がらせが増えたような気がする。

 席を外している最中にカバンの中身がぶちまけられていたり、教科書を破かれていたり……本当につまらないことが多かった。

 このことに俺は内心怒りはしたが、それでも水卜との縁を切るつもりはなかったのだ。


「あれ~、なんで教科書破れてるの~?」

「ああ。多分、仲本あたりがやったんだと思う」

「なんで~?」

「なんでだろうな」


 教室で俺の教科書を見た驚いている水卜。

 俺はわざわざ仲本に聞こえるようにそう言ってやった。

 すると奴は「ち、違う! 俺じゃない!」なんて叫びながらこちらに近づいて来る。


「ええ~。だったら誰がやったの~?」

「そ、それは……木村だ!」

「は、はぁ!? 俺だけじゃねえだろ! お前もこいつらも全員でやったろ!」


 責任のなすりつけない。

 仲本と仲のいい数人がヒートアップする。

 全員水卜に興味があるのか、頻繁に俺は違う俺は違うと言い訳がましいことを言っていた。

 まぁ誰が犯人でも良かったのだけれど、俺はこれを教師に報告し、しっかりと弁償をさせたのだ。

 

 それでも相変わらず嫌がらせも多かったが、水卜と過ごす時間は楽しかった。

 正直幸せだったと思う。

 人生で一番充実した時間だった。

 ……あの日までは。

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