ミハイルの運命の女 II

夜になると俺は、アリスに似た少女と鏡越しで話すことが日課になった。


異世界にいるアリスは俺と良く似た家庭環境で、アリスは小さいながらもお屋敷で使用人として働かされていた。


半袖から見える腕には青紫色の痣がいくつかあった。


アリスは他の使用人達から暴力を振るわれていた。


暴力に耐えながらアリスは毎日を過ごしていた。


「ミハイル…。あたし、もう耐えらない…。お願い、あたしを助けて。」


トクンッ。


胸が高かまった。


アリスを助けられるのは僕しかしない。


この子は僕がいないと生きていけないんだ。


俺は、俺は誰かに必要とされたかったんだ。


その思いだけで俺は行動が出来た。


アリスをこっちの世界に来させる方法が見つかった。


禁忌と言われている黒魔術の本に載っていた。


俺はすぐに、儀式に必要な人間の血液だって無我夢中で集められた。


街を歩いている幸せそうな奴等を殺し、血を抜いていた。


ある日、雨が沢山降っていた時だった。


雨が降り頻る中、見覚えのある夫婦が目に入った。


俺の誕生日に俺を捨てた両親だった。


母さんと父さんの間には小さな男の子がいた。


3人は楽しそうに手を繋ぎながら傘を持って歩いていた。


俺の体が黒い何かに支配されて行くのが分かる。


何だよ。


俺の事を忘れて幸せそうにしてんじゃねーよ。


俺の、俺の事を無視して生きてんなよ。


俺はポケットに忍ばせておいたナイフを取り出した。


そこからの記憶は朧げにしか覚えていない。


覚えているのは地面に大量に血を流している父さんだけで、母さんと子供は少し離れた場所で死んでいた。


父さんの顔はもはや、原型を止めていない程だった。


無我夢中で父さんの顔を刺していたのか…。 


俺の心はとても満たされていた。


もっと、もっと早く殺していれば良かった。


俺の事を好きでいてくれないこんな糞な両親を、早くこうして殺していれば良かった。


俺の事を必要としてくれない奴は生きてる価値なんてないんだから。


「アリス。やっと明日、君に会えるね。」


俺は鏡の前に座りいつものように異世界のアリスと話していた。


「ミハイルに会えるの楽しみ。早く明日にならないかな。」


「そうだね。俺もアリスに会えるの楽しみ。」


「ミハイル?いつから俺って言うようにしたの?」


「え?」


どうやら無意識の内に僕から俺に変わっていたようだ。


「気が付かなかった…。変かな?」


「あたしはそっちの方が好きだよ。男の子らしくて良いと思う。」


「そ、そうかな?ありがとう。」


「幸せになろうねミハイル。」


アリスはそう言って笑った。


この子が笑顔を向けているのは俺だ。


この子を笑わせたのも俺だ。


目の前にいるこの子が俺のアリスだったんだ。


アリスは俺の物だ。


だから今、ジャックの隣で寝ているアリスは偽物だ。


バシャ!!


大きな鏡の周りに今まで集めて来た血を床にばら撒いた。


指で丁寧に魔法陣を描く。


そして、魔法陣の周りに蝋燭を立て火を付ける。


この魔法陣の上にアリスを置けば完了だ。


俺はアリスの元に行き、アリスの手を取って廊下を歩いた。


寝ぼけ眼(マナコ)のアリスは警戒心は全くなかった。


アリスは俺の事を信用しているから警戒される心配はしていなかった。


俺はアリスが部屋に入った事を確認してから、アリスの背中を押した。


トンッ。


「えっ?」


背中を押されたアリスは簡単に魔法陣の中に入ってくれた。


魔法陣が光出し、アリスの体を引き摺り込んだ。


アリスは泣きながら俺に助けを求めた。


鏡が光り、光の中から白い手が出て来た。


アリスが、俺のアリスがやっと…。


やっと俺のアリスがこの世界に来る。


心が幸福に満ち溢れたと同時に左胸に痛みが走った。


ズキンッ!!


「ゔっ!!」


胸が焼けるように熱い。


切り裂かれそうな痛みが全身に走る。


な、なんだよこれ。


俺は胸を押さえながら床に倒れた。


痛い、痛い、痛い。


熱い、熱い、熱い。


誰か、誰でも良いから…。


俺を助けてくれ。


「ミハイル。大丈夫だから、大丈夫だよ。」


誰かが俺の頭を撫でてる。


目を開けると鏡越しで見ていたアリスだった。


アリスに膝枕をされている状態だった。


「ア、アリス…?」


「そうだよ。貴方があたしの手を引っ張ってくれた。ありがとうミハイル。」


そう言ってアリスは俺の髪を撫でた。


あぁ…。


俺はアリスを救えたんだ。


ふと、鏡に映った自分が目に入った。


左胸に黒い棘のタトゥーが入っていた。


「何だ…これは。」


「どうしたの?」


「いや…、何でもない。これからは君がこの世界のアリスだ。」


俺はそう言ってアリスの体を抱き締めた。


俺の腕の中にアリスがいる。


俺だけのアリス。


アリスは俺の事を好きになってくれると思っていた。


だけど、アリスはジャックの事を好きになった。


どうして?


どうして、ジャックに取られるんだよ。


どうして、俺の事を見てくれないんだよ。


こんなにお前の為に動いて来た俺じゃなくて、ジャックなんだよ。


アリスの為にどれだけ俺が手を汚したと思ってるんだよ。


アリスが、アリスが幸せになれるように俺が汚れて来たんだ。


アリスと体を何度も何度も重ねても、どれだけ唇を触れ合わせても、どれだけアリスの中に入っても、アリスは俺を見てくれない。


「どうして、ジャックはあたしの思い通りにならないの。」


アリスは俺に抱かれた後、必ずこの言葉を言う。


俺は煙草を吸って苛々した気持ちを沈めるのに必死だった。


こんな日常に馬鹿馬鹿しいと思った事は何度もあった。


何度もアリスを憎んだ事があった。


だけど、アリスは俺がいないと生きていられない事も知っている。


それだけで俺は生きて行けた。


アリスの為ならこの世界だって作り替えてやる。


体には代償の証である黒い棘のタトゥーが全身に入っている。


俺の体が音を立てながらゆっくり壊れて行ってるのが分かる。


自分の命が少なくなっているのも分かっている。


アリスもその事は分かってる。


それでもアリスは俺の事を利用する。


なぁ、アリス。


お前は少しでも俺の事を好きになってくれた?


白い階段を登るアリスの後ろ姿に手を伸ばした。


手を伸ばせば届く距離にいるのに、今は凄く遠く感じる。


アリス、俺は最後くらい自分の好きなようにして良いよな?


そんな事を考えていると背後から気配を感じた。




ミハイルとアリスの姿を見つけたNight mareは自分の気配を消しながら、ミハイルの背後に立ち銃口を向けた。


Night mareは弾き金を引こうとした瞬間、ミハイルは後ろに振り返り銃を手に持っているNight mareの手を蹴り上げた。


ガンッ!!


「え、え!?ミハイル!?」


アリスは状況を掴めずに困惑していた。


Night mareはポケットから新しい拳銃を取り出し弾

き金を引いた。


パァァン!!


放たれた銃弾はミハイルの目の前で動きを止めた。


「へぇ、本当に銃弾が当たらないんだな。」


「ちょっとNight mare!!勝手に動くな!!」


マッドハッターとインディバーは急いでNight mareの元に駆け寄った。


「Night mareって…、もしかしてNight'sの団長か?」


「俺の事を知ってんのか?それなら話が早いよなぁ?」


Night mareはミハイルの問いに答えるとニヤリと笑った。


「じゃあさ?大人しく殺されるか、争って殺されるかどっちが良い?」


ミハイルはNight mareの問いに答える前に後ろにいるアリスをチラッと見つめた。


ミハイルにとって、Night mareが自分達を殺すと言う事はこれまでミハイルが作り替えた世界を壊すと言う事を意味するのを分かっていた。


Night'sと言う団体は言わば、魔法使いの団体。


Night mare達からすればミハイルは反逆者と見られてもおかしくないとミハイル自身も思っていた。


アリスは真っ直ぐな瞳でミハイルを見つめていた。


ミハイルはアリスと瞳を合わせてからNight mareの方を見つめた。


「どっちのNOだ。」


ミハイルはそう言って動きを止めていた銃弾を弾き返した。


Night mareは弾かれた銃弾を指で挟んで動きを止めた。


その光景を見たミハイルとアリスは驚きを隠せなかった。


「え、え?ちょっとミハイル…。あの人ヤバイよ。」


アリスはそう言って、ミハイルの服を掴んだ。


「アハハハ!!ヤバイって、俺からしたら君達の方がヤバイと思うよ?」


Night mareは指で挟んだ銃弾をミハイルの方に向かって飛ばした。


ビュンッ!!


ミハイルは飛ばされてた銃弾を止めようしたが、銃

弾は動きを止めずにミハイルの右肩を貫いた。


ブジャァ!!!


「キャアアアアア!!」


ミハイルの肩から流れ出す血を見てアリスが悲鳴を上げた。


「っ!?な、なんで!?ゴホッ!!」


「お前が世界を作り替えたように、俺にも世界を正す力なあるんだよ。どうしてお前に銃弾が当たったか分かる?俺がお前に銃弾を返す時に本来の時に戻しただけだよ。」


Night mareはそう言って銃口を向けた。


「さぁ、争いて見せろよ。お前等には苦しんで死ぬのがお似合いなんだよ。最後まで足掻いて見せろ

よ。」


パンパンパンッ!!


ミハイルに向かって飛ばされた銃弾はミハイルの体を貫く。


「ゔっ!?ぐぁぁぁぁ!!」


体を貫かれたミハイルはその場に膝を突いてしまった。


今まで傷付いた所を見た事なかったアリスはその場に座り込んでしまった。


「嘘、嘘よ??!ミハイルは、ミハイルは強いんだから!!あんな奴に殺されないでよミハイル!!」


「っ!?」


アリスの言葉にミハイルは驚いた。


まさか、アリスが自分の事をそんな風に言ってくれるとは思ってもいなかった。


ミハイルはアリスの方を振り向き、アリスの体を持ち上げお姫様抱っこをした。


「そうだよな。アリスには俺しかいないよな。」


「ミハイル?」


「アリス。」


「っん。」


ミハイルはアリスの唇に自分の唇を触れさせた。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


地面が音を立てて揺れ出した。


「な、何!?」


「急に揺れ出した!?」


インディバーとマッドハッターは地面に膝を付きながら呟いた。


Night mareはこれから何が起きるかを察していた。


「マッドハッター、インディバー。俺に近寄れ。」


「え?」


インディバーは不思議そうな声を出した。


マッドハッターはインディバーの手を取りNight mareに近寄った。


Night mareは2人が近寄った事を確認すると、指をパチンッと鳴らした。


パチンッ。


Night mareとマッドハッター達を囲うように薄い円状の膜が貼られその場から少し距離を開けた。


「何が起こってるんだよNight mare。」


「アイツ、この壊れ掛けた世界を治す気だ。」


マッドハッターの問いに答えたNight mareはミハイ

ルの方を指さした。


ミハイルの血が黒く変わり、黒い血が白い階段や床を破壊し始めた。


ドゴォォォーン!!


ゴーン、ゴーン、ゴーン。


大きな歯車の間から黒い大きな化け物が現れた。


「ゴホッ!!」


ミハイルの口から血が吐き出された。


ミハイルの体に刻まれた黒い棘のタトゥーが右頬まで進行していた。


「はぁ…、はぁ…。ハハ、世界が壊れ掛けてるのなら治せば良いだけだ。」


ミハイルがそう言うと、化け物が大きな声を上げた。


「ゴォォォォォォォオオオオ!!」


化け物の声で空間全体が大きく揺れた。


「俺の足掻きを見してあげるよNight mare。」


ミハイルはそう言って血に汚れた唇をフッと歪ませた。


アリスとゼロの最後の戦いが始まるー




第5章    END

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