ミハイルの運命の女 I

ー アリス、君は一度でも僕の事を見てくれた? 



ミハイルside


僕は誰かに好意を持たれている事を実感したかった。


誰かに必要とされる事で自分を保てるからだった。


それは、僕の両親が僕の事を捨てた事に関わっている。


僕は両親から望まれて産まれて来た訳じゃなかった。


いわゆる望んでいない時に出来てしまった子供と言う事だったらしい。


産まれてからは、母は嫌々ながら僕を育て、父は僕の名前を適当に付けた。


嫌なら産まなきゃ良かったのに…。


物心付いた時からずっとそう思っていた。


誕生日にケーキやプレゼントを用意されたは事はな

かったし、家族でどこに行った事もなかった。


母さんは僕が3歳の時に屋根裏に部屋を作った。


僕の部屋は屋根裏の狭い所にベットが1つと何冊かの絵本、それとランプだけだった。


僕はこの部屋から出る事を許さなれなかった。


部屋から出て良い時はトイレと食事、それと10分の間だけ入れるお風呂の時だけ。


食事は朝と夜だけでお菓子なんて食べた事がなかった。


僕が5歳になった頃、母親が妊娠した。


父は母の妊娠をとても喜んでいた。


その頃の僕はどうして、母さんと父さんが喜んでいたのか分からなかった。


だから、僕は母さんと父さんに尋ねてみた。


「母さん?父さん?何をそんなに喜んでるの?」


僕がそう言うと母は僕の事を見ないで口を開けた。


「何でもないわ。それよりお父さんが話があるって。」


父さんが振り返り僕の目線に合わせて腰を下ろした。


「それより明日、父さんと出掛けようか。」


「えっ!?え、ほ、本当に!?」


今まで父さんに話し掛けられなかったから驚いた。


それと、父さんからどこかに出掛けようと提案された事もなかったからとても嬉しかった。


「あぁ。明日は早く家を出るからもう寝なさい。」


「うん!!分かった!!」


僕は急いで自分の部屋に戻った。


ベットに横になっても僕は眠気に襲われなかった。


だって、明日は僕が6歳になる日、つまりは誕生日だったからだ。


初めて出る外の世界はどんなものなんだろう。


父さんと2人でお出掛けなんて嬉しいな。


少しは、僕の事を考えてくれていたんだな…。


初めて誕生日を祝わってもらえる喜びに心が満ちていた。


そんな事を考えていると胸がドキドキして眠れなかった。


ドンドンドン。


屋根裏に続く梯子を登って来る音で目が覚めた。


あれ…?


僕、いつの間にか寝ちゃってたのか。


「ミハイル。お父さんが待ってるわよ。」


母さんが初めて僕の名前を呼んでくれた。


あぁ、今日はなんて良い日なんだろう。


「い、今、行くよ母さん!!」


僕は急いでベットから体を起こし梯子で下に降りた。


タタタタタタタ!!


「慌てて階段を降りるんじゃないぞミハイル。転んで怪我でもしたらどうするんだ?」


慌て階段を降りる僕に向かって玄関にいる父さんが叫んで来た。


父さんも僕の名前を呼んでくれた!


僕の名前を忘れていなかったんだ!!


「ご、ごめん父さん。」


「ほら、ミハイル。これ、お父さんと一緒に車の中で食べなさい。」


母さんはそう言って僕に少し大きめの包みを渡して来た。


中身を見るとバケットのサンドイッチが4本入っていた。


初めて母さんが僕にお弁当を作ってくれた事の喜びに心が跳ね上がっていた。


「あ、ありがとう!!」


「さ、そろそろ行くぞミハイル。」


父さんはそう言って僕の肩に手を置いた。


「う、うん!!行ってきます母さん。」


「行ってらっしゃい。」


僕は母さんに手を振りながら父さんの車に乗り込んだ。


これが、母さんとの最後の会話になるとは思っても見なかった。


見慣れない景色を見ながら母さんが作ってくれたお弁当を父さんと食べた。


父さんとの初めて長い間お喋りをして、見慣れない景色を見ながらドライブを楽しんだ。


すると、父さんは大きな教会の前で車を止めた。


「教会?」


「あぁ、車から降りなさい。」


「え?う、うん。」


少し声のトーンが低くなった父さんの指示を聞いてから僕は車を降りた。


車を降りると父さんはトランクから小さなカバンを取り出した。


そして、その小さなカバンを僕に持たせて来た。


「と、父さん?な、何?このカバン…。」


「お前の荷物だ。母さんがある程度の荷物をこのカバンに詰めてた。」


父さんの顔を見ると、いつも僕に向けられていた冷たい目をしていた。


さっきまでの目と違う。


どうして、どうして?


どうして、そんな目で僕を見るんだよ。


まるで、僕の事いらないと言ってるような目で僕を見るんだよ…。


「お前の家は今日からここだ。もう、二度と会う事はないだろうな。お前はもう私達の家族ではなくなるんだ。」


そう言って、父 は車に乗り込もうとする父さんの服を掴んだ。


「ま、待ってよ父さん!!家族じゃないってどう言う事!?僕達は家族でしょ?」


「家族?笑わせるな。お前は母さんの元恋人の間に出来た子供なんだよ。私とは血は繋がっていない。」


父さんはそう言って乱暴に僕の手を振り払った。


「ど、どう言う事なの…?僕とお父さんは…?」


「血の繋がりがないただの他人だ。それに今、母さんのお腹の中に私の子供がいる。」


「だ、だから僕を捨てるの?嫌だ、嫌だよ!!僕を捨てないでよ!!」


ガシッ!!


僕は泣きながら父さんの足に抱き着いた。


「ッチ!!離せ!!」


父さんは小さい舌打ちをしてから、乱暴に僕の服を

掴み足から引き剥がし地面に押し倒した。


バタン!!


ズサッ!!


いったぁ…。


膝と右腕に擦り傷が出来ていた。


擦ったた所がヒリヒリ痛む。


ジワジワと血が滲んだ。


「ハッキリ言ってやるよ。お前は母さんからも愛されていなかったんだよ。この教会はな、6歳になってからじゃないと入れなかったから仕方なく6歳になるまで育てたんだよ。」


父さんはそう言って車に乗り込んだ。


じゃあ、僕は捨てられる為に育てられたって事?


僕の産まれて来た意味って?


一体…、何だったの?


どうして、産んだんだよ。


いらなかったなら最初から産まなきゃ良かったのに。


どうして、どうして?


ねぇ、父さん。


嘘だって言ってよ。


父さんの乗った車が走り出した。


だが、僕の体は石のように固まっていた。


父さんの乗った車が段々と教会から離れて行った。


「本当に…、僕の事を捨てた?」


信じられなかった。


信じたくなかった。


僕の事を最初から愛していなかった事、僕の事を嫌っていた事。


そんな真実を叩き付けられた今の状況にも頭が追い付かなかった。


キィィィン!!


突然、聞こえて来たブレーキ音に体震えた。


父さん!?


父さんが戻って来た!?


期待を胸に秘めたまま顔を上げた。


だが、そこに止まっていたのは父さんの車ではなかった。


高級な黒い車の中から傷だらけの少年が男達に引き摺り出されていた。


ドサッ!!


少年は外に乱暴に放り出された後、高級な黒い車が走り去って行った。


な、何なの?


今の…。


「ッチ。あの野郎…。」


傷だらけの少年は言葉を吐きながら起き上がった。


「あ?」


「っ!!」


不意に傷だらけの少年と目が合った。


これがジャックとの出会いだった。


僕とジャックは同じ日に教会の前で捨てられたのだ。


「あ、あの…。」


「何。お前も捨てられたの。」


「っ!!」


捨て…られた。


「あ?違うのか?」


「そう…だね。捨てられたのには変わりはない…かな。」


「何、親に捨てられたって実感ないの。」


真っ赤な瞳が僕を見つめて来た。


「何で君はそんなに落ち着いてるの?」


僕が少年に尋ねてると、教会から神父とシスターが出て来た。


「ジャック君とミハイル君だね?大丈夫かい?」


神父はそう言って僕とジャックと呼ばれた少年に近

寄って来た。


「怪我をしているね…。中で手当しよう。シスター、この子達を中に案内して。」


「はい神父様。さ、2人共こちらへ。」


シスターは僕とジャックの手を取り教会の中に足を踏み入れた。


教会の中は子供達の楽しげな笑い声が庭から聞こえて来た。


僕と同じ歳の子供達が庭で遊んでいた。


その中でも一際目立つ女の子がいた。


僕は何故かその女の子から目が離せなかった。


木の影で1人、大きな絵本を読んでいる女の子は僕より少し歳が下に見えた。


「あの子が気になりますか?」


「えっ。」


シスターは僕の顔を見ながら尋ねて来た。


「あの子はミハイル君やジャック君達より2つ下の女の子よ。」


「2つ下…って。ここは6歳からじゃないと入れないんじゃ…。」


「あの子は特例なの。あの子…いや、アリスは複雑な事情でここに来たのよ。」


シスターの話を聞きながらもう一度、僕は女の子を見つめた。


これが僕とアリスとの出会いだった。


そして、僕の運命を狂わせた女との出会いであった。


僕とジャックは教会の孤児院として生活を送った。


僕はどうしてもアリスと仲良くなりたかったから、何度もアリスに話し掛けていた。


「アリス。今日は何の絵本を読んでるの?」


木の影で絵本を読んでいるアリスに声を掛けた。


アリスは一瞬だけ僕の方を見ると、再び絵本に視線を向けた。


「…。」


「アリスは絵本を読むのが好きなのかな?」


「…。」


アリスは一度も僕の質問には答えてくれなかった。


僕はめげずにアリスに話し掛けた。


だけど、僕の中に嫉妬を生み出したのはジャックだった。


僕は目を疑う光景を見てしまった。


教会に来て2ヶ月が経った頃だった。


僕は教会の孤児達と毎日、庭で遊んでいた。


家にいた頃よりも教会での生活の方が楽しかった。


僕に好意を持ってくれている。


それが何よりも嬉しかったからだ。


ジャックは、いつも1人で行動していた。


絵本よりも難しい本を1人で読んでいたり、木に登って1人で遠くの景色を見ていた。


ジャックは誰も周りに引き寄せなかった。


そもそも、ジャックは人に興味がなさそうだった。


そんなジャックをどこかで憧れていたのかもしれない。


媚を売らずに1人でいるジャックは僕と正反対だったからだ。


僕は庭に咲いていた花を摘んでアリスがいる木の影に向かっていた。


この花をアリスに渡そう。


少しでも興味を持ってくれたら良いな。


他の子はすぐに仲良くなれたのにアリスとは全然、

仲良くなれていなかった。


だからだろうか。


こんなにもアリスが気になるのは…。


そんな事を考えながら木の影に向かっていた時だった。


「ジャック。これは何で読むの?」


「あー?これはな…。」


アリスとジャックは楽しそうに2人で絵本を読んでいた。


僕は持っていた花を地面に落としてしまった。


どうして、お前がアリスの隣にいるんだよ。


どうして、アリスはジャックに笑い掛けるんだよ。


僕が、僕が最初に目を付けたのに。


どうしてお前がアリスと仲良くしてるんだよ。


僕の中で沸々と湧き上がるモノを感じた。


それはジャックに対する嫉妬だった。


「あれ?ミハイル。どうしたんだ?」


「ミハイル?」


「あぁ。コイツはミハイル。アリス知らなかったのか?」


「知ってる…。」


「そうかそうか。」


ジャックはそう言ってアリスの頭を撫でた。


アリスは嬉しそうな顔をしていた。


何だよ。


何だよ…それ。


アリスは僕の事、眼中にもなかったのかよ。


結局、僕は誰からも愛されないのかよ。


アリスはジャックの後を付いて回っていた。


ジャックもアリスの事は毛嫌いしていなかったらしく、ジャックはいつもアリスと共に行動していた。


僕は2人の後を追い掛けながら2人の仲に割り込んだ。


それしかアリスと仲良くなれる方法がなかったからだ。


アリスは段々と僕にも心を開き、僕と2人で遊ぶ時もあった。


それが何よりも嬉しかった。


アリスが僕の方を向いてくれた!!


ジャックからアリスを取れると思った。


だか、そんな思いもジャックは簡単に壊す。


アリスが追い掛けてまで、側にいたいのはジャックだった。


ジャックがどこかに行こうとすると、アリスは必ず

ジャックの背中を追い掛けた。


ジャックもまた、アリスを一度も拒んだ事がなかった。


見せつけられている感じがした。


お前に入る隙間はないよって。


そんな事は言われた事ない。


2人は僕の事も輪に入れてくれる


だけと、それが嫌だった。


お前は結構、媚を売らないとアリスと喋れない。


そう言われているような気がした。


ジャックへの憎しみが大きくなっていた時だった。


トイレで目を覚ました俺は暗い廊下を歩いていた。


物置き部屋の扉が少し開いてた事が不思議に思い

僕は物置き部屋の中に入った。


中に入ると、大きな鏡が光っていた。


何だ…?


あの光は…。


鏡に近付くと、アリスと瓜二つの女の子が映っていた。


え?


な、なんでアリスが映ってるの…?


「貴方があたしを助けてくれる人?」


その言葉を聞いた瞬間、僕の胸が熱くなった。


この子は…、僕を必要としてくれてる?


これが、異世界の女の子、アリスと瓜二つの女の子との出会いだった。

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