黒い棘のタトゥー I

一方その頃、ハートの城では。


ガシャーンッ!!!


マレフィレスは思いっきり空になったワイングラスを床に叩き付けた。


飛び散ったワイングラスの破片がミハイルと黒兎のマリーシャの頬を掠った。


「ジャックはどこに行ったの!?どうして行方が分からないんだ!!」


マレフィレスはイライラしながら椅子に腰掛けた。


「ジャックの事を探してますけど自宅にも帰って来ていないし…。」


「ミハイルと同じくー。」


ミハイルが丁寧にマレフィレスに説明している横で、マリーシャも同じように説明した。


「だったら何で見つかんないのよ!?もう1週間も見つからないのよ!?おかしいでしょ!?」


マレフィレスの姿を見てマリーシャは小さく溜息を付いた。


「これからはジャックに首輪でも着けといて下さいよ。追加金は受け取ったし、またジャックの捜索に戻りますね。」


マリーシャはそう言って部屋を出て行った。


ミハイルはマレフィレスを宥めるのに徹(てっ)していた。


「ハートの騎士団が勢力を上げてジャックを探してますからもう少しお待ち下さい。」


ミハイルがそう言うとマレフィレスは右手を振り上げた。


パシッ!!


静かな部屋にミハイルの頬が叩かれる音が響いた。


マレフィレスはミハイルの頬を叩いた。


「アンタがこんな所にいてもジャックの代わりになれないの分かってるの?いつまで私の部屋にいるのだ。さっさとジャック捜索に力を入れろ。」


「…、出しゃばり過ぎました、失礼します。」


ミハイルは唇を噛み締めながらマレフィレスの部屋を出た。


部屋の外で待っていた数名のハートの騎士達が出て来たミハイルに近寄った。


「ミハイル様!!だ、大丈夫ですか!?」


「頬が赤くなってますよ!!それに唇から血が…。」


騎士達がミハイルの赤くなった頬と唇を見て驚いていた。


「あー。これは女王様の機嫌を治す為には必要な犠牲だからね。それよりジャックの行方は?」


ミハイルは唇の血を拭きながら話した。


「そ、それがまだ…。」


「そうか。」


ミハイルと騎士達は長い廊下を歩き出した。




ミハイル達が去った後、部屋にはマレフィレス1人だけだった。


「これだけ探してもジャックが見つからないなんて信じられない!!」


ドンッ!!


マレフィレスは大きな声を出しながら近くにあった机を蹴った。


「自分からいなくなった痕跡はなし…。やはり、誰かに拐われたとしか考えられない。」


マレフィレスはジャックが拐われたと考え付いたのだ。


そして、ジャックを拐うだろう人物も分かっていた。


「Edenの奴等め…。今まで動きを見せなかった癖に舐めた事してくれるじゃない。」



マリーシャside


ハートの城の側に止めて置いたバイクにエンジンを掛け、あたしはマッドハッターに電話を掛けた。


プルルッ…、プルルッ。


「もしもし。」


マッドハッターのぶっきらぼうな声が聞こえた。


「あ、マッドハッター?あたし。」


「何か用事か?」


「う、うん。今また追加金を貰ったから暫く仕事出来ない。」


少しは寂しがってくれないかな…。


そんな淡い期待は簡単に壊される。


「そうか。分かった。」


プツンッ。


マッドハッターは短い返事をして電話を切った。


「はぁ…。」


マッドハッターが優しくするのはアリスだけ。


アリスがいるせいであたしが優しくされない。


あたしは渋々、バイクに跨りハートの城を後にした。


女王がくれた1枚の紙切れにアリスの育った教会までの地図が書かれていた。


あたしはそれを頼りに教会に向かっている。


Edenのアジトがこの教会…って事なの?


アリスとジャックが育った教会が?


だけど、女王がくれた1枚の紙切れは確かな情報だ。


「…。まぁ、教会に行ってみないと分からないよね。」


ブゥゥゥゥン!!


「…。」


暫く走っていると後方から人の気配がした。


あたしはバックミラーで後方を覗いた。

 

さっきから誰か付いて来てる…。


ハートの城を出てからだ。


チラッ。


あたしはもう一度、ミラーで後方を覗いた。


体格して…、男だな。


Edenのメンバー?


だとしたら、教会に行くのはまずいわね。


単に同じ道を走っている一般の人か、Edenの連中かが判断出来ない。


それなら一旦、道を逸れる必要があるわね。


あたしは教会への道から逸れるように、右信号を曲がった。


すると、後ろのバイクはあたしに付いて来るように信号を曲がって来た。


やっぱり…、付いて来たわね…。


フッ、あたしバイクの運転には自信があるのよ。


悪いけど撒かせて貰うわよ!!


ブゥゥゥゥン!!


あたしはスピードを上げ、曲がり角を利用しながら走り続けた。


だが、後ろのバイクも同様にスピードを上げあたしに付いて来た。


「ッチ!!鬱陶しいわね!!どこまで付いて来るのよ!!」


そう呟くと、男が銃を構え出した。


「っ!?まさか、ここで銃撃戦をしようって事?」


あたしも素早く腰に下げていた銃を構え、先に後方にいる男に銃弾を放った。


パンパンパンッ!!!


男はバイクを上手く利用しながらあたしの放った銃弾を避けた。


パンパンパンッ!!!


ブゥゥゥゥン!!


男の放った銃弾を避けつつ、バイクを加速させた。


ブゥゥゥゥン!!!


男もバイクを加速させて来た。


どうやら男はあたしを意地でも逃したくないらしい。


「アンタがあたしを捕まえようなんて無理なのよ。」


あたしはそう呟き、銃を持っている手を軽く上げた。


ガンガンガンッ!!


男の近くにあったドラム缶がガタガタと音を立ててながら男の方に倒れて来た。


「っ!?」


倒れて来たドラム缶に驚いた男は小さな声を出した。


あたしは尽かさずドラム缶に銃弾を放った。


パンパンパンッ!!


銃弾が当たったドラム缶はさっきとは違う音を立て出した。


ドラム缶がフツフツと音を立てると小さく煙が立った。


すると、ドラム缶が光だし大きな音を出しながら弾けた。


ドゴォォォーン!!


あたしは少し距離を取った所にバイクを停車させた。


大きな煙と火の粉が飛び散っていた。


近くにガソリンの入ったドラム缶があって良かったわ。


あたしの能力は物を自由自在に動かす事が出来る。


あたしの後を付いて来た男はあたしの能力を知らない筈だ。


「悪く思わないでね。あたしも仕事なの、邪魔されたら困るのよ。」


そう言ってあたしは再びバイクにエンジンを掛けようとした。


ビュンビュンッ!!


頬と右腕に銃弾が掠った。


あたしは急いで銃を構えながら振り返った。


すぐ後ろに仮面の男が立っていた。


ガシャンッ!!


咄嗟に構えようとした銃を仮面の男が手で払った。


そしてあたしの手首を掴んだ。


グラリと視界が揺れた。


ドサッ!!


背中に痛みが走った。


「いったぁ…。」


一体…、何がどうなってるの?


コイツの動きが早過ぎて付いて行けなかった?


この男…、強い!!


「アンタ…何も。」


カチャッ。


あたしの口元に銃口が当てられた。


これ以上、何も喋るなと言われているようだった。


「ここから先は兎の出る幕はないよ。」


仮面の男は冷たく言い放った。


体に嫌な汗が流れるのが分かる。


この男のオーラで只者ではないと分かる。


コイツ…、かなりの数の人間を殺してる。


マッドハッターと同じオーラを纏っている。


ここで大人しくする女をマッドハッターは側に置か

ない!!


あたしは唇を噛み締めながら仮面の男に銃口を向けた。


「へぇ…。痛い目に遭わないと分からないみたいだね。」


仮面の男はそう言ってあたしの左肩に銃口を付けて引き金を引いた。


パァァァァン!!


左肩に激痛が走った。


声が出なかった。


左肩が脈を打ちながら痛みを運んで来る。


痛い、痛い!!


「頭の良い子なら分かる筈だ。」


仮面の男はそう言って銃口をあたしの額に付けた。


ここで…、あたしは殺される?


あたしは結構、マッドハッターの役に立てないまま死ぬのね。


そう思っていた時だった。


「そのまま動くなよ黒兎。」


聞いた事のある声が聞こえた。


仮面の男が吹き飛ばされる姿と、カジュアルな服を

着ているアリスが仮面の男を回し蹴りしている姿が目に入った。


「「なっ!?」」


あたしと仮面の男の声が重なった。


あたしの目の前にアリスの姿があったからだ。


「アンタが何でここにいるの!?」


あたしは体を起こしながらアリスに尋ねた。


「間に合って良かったマリーシャ。」


声のした方を振り返るとそこにいたのはロイドだった。


「ロ、ロイド!?」


ロイドは着ていたジャケットをあたしに着せてくれた。


仮面の男はヨロヨロしながら立ち上がった。


「やっぱり、アンタのそのタトゥー。間違いないな。」


アリスは手首をゴキゴキッと鳴らしながら仮面の男

の肌けた部分を見て呟いた。


仮面の男が着ていたシャツが肌けて胸元には黒い棘のタトゥーが見えた。


「やはりアイツ等の言っていた事は本当のようだな。」


「あぁ。アイツの仮面を剥ぐ。」


アイツ等?


それに…、アリスの喋り方が違うような…。


雰囲気も全然違う。


「さぁ。アンタの正体を教えて貰うか?」


アリスは仮面の男にそう言い放った。

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