第44話 八十八の星、九つの巨星

 白い楽譜に向き合い、にらめっこしても浮かばないわけだ。陛下の望みは単に曲を作って欲しいと言うわけじゃないのだ。

(この時代にあった曲を)

 城壁に登ってみてみた景色では分からないこと、伝わらないことを教えて欲しい、そういうことなのか。

(みんなの願い、望みは俺の願いも含まれるのか?)

 今更だけれど、自分の願いは腕を磨いて国に名を残す楽士になること。それは疑いの無いことだろう。

 でも、それだけではたどり着けなかった。これまで出会ってきた人々の顔を思い浮かべる。

 父に追い出されなきゃ気づかなかったのが、少し歯がゆい気持ちになったけれど、そこで多くの物を学んだ気がする。

 嶺と雛の絵は楽でなくても音を伝えることが出来ること。

 子牙の楽は国を越えても楽があり、それを伝えようとする心があること。

 澄と福は時代を越えて、 残したい想いや願いがあることを教えてくれた。そして、策。

 彼の楽から全てが始まった。楽にはその背景となる感情があることを知った。当たり前の事過ぎて 忘れてしまっていた。

 目先の技術だけを追い求めていたら、気づかなかった。

(俺の、みんなの願いを込めよう)

 そして、それが多くの人に受け継がれるように。

「でも、どの楽器を使おう……」

 頭に浮かんだ音をだそうと思ったら1つや2つじゃ足りない。琴だけじゃない、二胡や琵琶笛に太鼓に……音も1つじゃ足りない。

「いいじゃん、全部使っちゃえば?」

「うわっ!? どこから入った!?」

 ちゃんと個室の鍵は閉めたはずなのに、統が目の前に立っていた。

「錠前作りも得意なんだよね。あぁ、悪用する気はないよ? そんなことしたら、母上様にこっぴどく叱られちゃうから」

 叱られる、と首をすくめて統が言う。それ以前の問題なのだが。

「その顔掴めたみたいだね」

「全部使えってのは?」

「君が喋ってたんだよ。楽器も音も足りないってさ。君一人でなにも奏でる必要はないじゃないかな?」

「へ?」

 統はにぃと口角を上げるとくるりとその場で回って見せた。勢いをつけすぎて少しよろめいたけれど、それを気にすることなく統は言う。

「ここをどこだと思ってるんだい? 御曹司。ここは辰国。至高の楽を奏でる才能溢れる国だよ? それは君が一番分かってることじゃないか」

「でも、それは……」

「諸国を見て回った僕から言わせてもらうけど、一体いつ誰が使っていい楽器の数を指定したんだ?」

「たしかにそうだけど! でも、数を絞らないと分からなくなる……」

「君が音頭を取ればいいじゃないか。君なら二つ名持ちの皆を束ねられる」

「でも、それじゃ……」

「そうしないと作れないほどの音が君に聞こえるんだろう?」

 図星だ。統の言うとおり、羽の体を包んでいる音は幾重にも重なりあい、交わり合い、到底2つや3つでは表せない。

「陛下の希望の音にならないのでは?」

「大丈夫だよ。陛下はいつも君がどんな曲を作っているか、いつも気にかけて下さってる」

「そう、なのか?」

「じゃなきゃ、わざわざ敵対している王家の僕を君に寄越すわけがないだろう。本当は策の奴を僕の身代わりにしたかったのだけど、あいつ逃げたな。前当主殿にいってやろ」

「それはやめてやれよ。親友なんだろ?」

「御曹司が言うならやめようか。ところで、策は何か言ってる?」

 首を横に振る。ここまで音が出来てるなら、策に会わなくても分かってきた。

「あいつにとって、この仕事は大きなものだったからね。あいつが逃げなかったら僕も甥っ子の君に重責を負わせる事なんて無かったのに」

「この仕事……まさか、千天節の?」

「あぁ、それともう1つあるのだけど、いまの君に余計な気を回す時間はないはずだ」

「それは……そうですけど」

「それなら、がんばれ。楽ができたころにまた来るよ。なんなら、曲名も一緒に考えてあげよう」

 来た時と同じように統が去っていく。神出鬼没とはこの事だ。羽は楽譜を見つめた。まだ白い表面に、たっぷりと墨をつけた筆を走らせる。


 こうしていると、時間はあっという間に過ぎていく。頭に浮かんでいる音はまるで星が浮かぶ夜空のよう。それらをひとつひとつ拾っていっては楽譜に写しとる。

「できた……」

 見たことの無い。複数の楽器が重なりあう楽譜だ。これは人々の願いを奏でるものだ。国を越え、時を超え、人々の手に渡っていく音にしよう。それは、ずっと変わらず空に輝く星のように。

「曲名は……九星八十八きゅうせいやそや






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