目覚めれば象

羽田

目覚めれば象

クタクタだ。クタクタどころじゃない、クッタクタだ。クッッッッタクタだ。今の僕はきっとアイロンをかけ忘れたシャツ以上によれていてだらしない。それもこれも毎日毎日朝から晩まで社会の歯車として休みなく働いているからだ。社会が僕に優しくしてくれないから今日も終電ギリギリの都営大江戸線に乗ることになるんだ。しかも労働の割に給料はそこまで良いものでもない。働いて働いて月々25万。25万って。なんとか30万貰えていればもう少し頑張っていたが、残業も込みで25万は不満しかない。もっと寄越せ。

「あ〜〜、インド行きてえな……」

帰宅した後すぐに冷やしておいたビールを飲み干す。キンキンとまではいかないがそこそこ冷えたビールが乾いた喉を駆け抜けていく。美味い。あんまりにも美味いから一生酒を飲んでいたくなる。2本も飲めば良い感じに出来上がって、ふとインドに行きたくなる。

インドに行けば人生観が変わるとはよく言われているが、本当に変わるんだろうか。少なくとも日本人にとって日本より住みにくい環境なのは確かだ。生活様式も宗教観も食事も文化も気温も人の感じもまるっと違うのだから、確かに人生観がまるっと変わってもおかしくはないのだろう。あとインド象に会いたい。陽気に踊るインド人の前でシャンシャンタンバリンを叩いて盛り上がりたい。カレーを食べたい。

そんなこと言ったところで明日向かう場所はインドじゃなくて会社で、目の前にいるのはインド象とインド人じゃなくてハゲとナヨナヨ、食事はカレーじゃなくてコンビニのおにぎりなんだから虚しくなる。良いさ、別に。いつかインドに行ければ良いんだ、うん。そう自分に言い聞かせて重い体を無理やり動かしてシャワーを浴びる。そして寝る。体が沈んでいくような感覚に抗えるほどの気力は持ち合わせていなかった。


ぱぉぉぉぉぉぉぉん!

恐ろしい爆音で目が覚める。うるさい。うるさいし現代日本においてこの音で目覚めることなんてないはずだ。なんで象。びっくりして目を開ければ目の前にはインド象。その周りを取り囲む踊るインド人に目の前にはタンバリンとスパイスの香りが漂う美味しそうなカレー。なんだこれは。なんだこれは。

「यह एक सपना है। मज़े करो!」

なんと?

残念ながらヒンディー語を習ったことなんてないのでインド人がなんと叫んでいるのかなんてわからない。わからないままにインド象は鳴き、陽気な音楽に合わせて周りのインド人がボリウッドさながらのキレッキレのダンスを踊る。相変わらずカレーは美味しそうだし、タンバリンはタンバリンだ。

夢か?夢だな、よしこれは夢だ。それなら思い切りやりたいことやってやろうじゃねえかとタンバリンを持ってシャンシャンシャンシャン。タンバリンがインドの楽器じゃないことは勘づいているがこれは夢なのでタンバリンをかき鳴らす。それに答えるかのようにインド象が一際大きな声で鳴き、インド人は激しいダンス。僕はタンバリンをかき鳴らす。楽しい。えもいわれぬ高揚感が襲ってくる。どうせ夢だからと目の前のカレーも食べてみる。美味い。ぶっちゃけスパイスなんてガラムマサラくらいしか知らないけれど、美味いからよし。鼻を通り抜けるスパイスの香りと口の中に広がる刺激的な旨味。余分な物が何も入っていないようにも感じるのに味はとても華やかで、世の中にはこんなに美味いカレーがあったのかと感激。感激のあまりタンバリンをかき鳴らす。インド人は踊る。インド象はどっしりと構えている。ついに居ても立っても居られずに踊りに加わる。僕もインド象もインド人もテンションぶち上げ。踊り狂う。段々と意識が朦朧としていくがそんなことお構いなしに踊り狂う。ついに意識が途切れるまで狂ったようにタンバリンを鳴らしながら踊り続けた。


久しぶりにアラームなしの朝を迎える。日付は9月29日水曜日。もちろん平日なので仕事はある。しかし普段と違い妙に足取りが軽い。そしてなんだか楽しい夢を見ていたような気がする。

今日の夜はカレーにしよう。そう思いながらガチャリと扉を開ける。


そこにはインド象が佇んでいた。


end……?

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目覚めれば象 羽田 @Tori_no_hane

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