chapter2. 幸福ってなんだろう?

第6話 情報屋レイアス

 ◆仮想世界 ファクトリーヘブン

「これでいかがでしょうか?」


「……これは素晴らしい出来だ。合格だよ」


「ありがとうございます、棟梁」


『新しく技術スキル建築ケンチク>を取得しました』というメッセージが、時計に表示されたのを確認。

 もうここにいる必要はないと感じ、帰り支度を整える。


「暁斗よ、もう行ってしまうのか?」


「ええ、私はやることがありますので。頭領、一ヶ月の間大変お世話になりました。それでは、これで失礼いたします」


 お世話になった棟梁に感謝の言葉を伝えて、この場から離れることにした。


「ふぅ、期限内に何とかすべての技術職で技術スキルを身につけることができました。凪沙はどうでしょうか?」


 一週間ぶりにパートナーの待つ自宅に戻る帰路で、これまでのことが思い出されていく——


 ………………


 …………


 ……


 話はセイヤさんに凪沙の件で相談した日――つまり、1年前まで遡る。


 凪沙とのすれ違いの原因がわかった私は、彼女が再び外出した後、改めて自分も外へと足を運ぶ。


 向かう先は、再び<はじまりの場所>。


「おぅ、また来たな。その顔を見る限りでは、何か早速進展があったな」


 管理塔の中に入ると、ちょうど目当ての人間が受付近くにいた。


「はい、その節はお世話になりました。それで、セイヤさんに別件でご相談がありまして」


「あぁ、いいぜ」


 セイヤさんは快諾してくれると、座って話ができるように席を準備してくれる。


「で、相談って何だ?」


「実は、職業のことで。もう一度考え直そうかと」


「確か……今は技工士テクニシャンだったな。何で考え直す気になった?」


 セイヤさんが真剣モードで話を聴く姿勢になってくれているのがわかる。


「凪沙と話し合って、私たちはそれぞれのやりたいことをやるって決めました。けれど、ただやりたいことをやるだけではなくて、その先では二人で何かやりたいって思ったのです」


「それは、技工士テクニシャンでは駄目なのか?」


「はい。確かに技工士テクニシャンになれば、超一流の技術スキルが手に入ります。しかし、それまでに時間がかかりすぎる。超一流の技術スキルまではいらないから、いろんな技術スキルを広く、できるだけたくさん短期間で身につけたいんです。そんなことが可能な職業はありますでしょうか?」


 そう、時間だ。


 凪沙との約束で、ひとまず1年間はお互いのやりたいことに専念できる。

 しかし、技工士テクニシャンではある一つの技術スキルを極めるのに、最速でも3年近くかかると、マニュアルには書いてある。

 しかも、習得するだけでも1年近くかかるかもしれない。


(できるだけいろんなものづくりに挑戦したい。けれど、体験するだけでは足りないんです)


 凪沙には伝えていないが、実は彼女のやりたいことに非常に興味がある。

 新しい自分の居場所を創る——そんなこと考えたことがなかった。

 だからこそ、彼女が本格的に動き始めた時に、自分のやりたかったことを活かしたいと考えている。



「そうだなぁ。そんなご都合主義な職業はない——と言いたいところだが、一つだけある」


「本当ですか!?」


 まさか、そんな美味しい職業があるとは。


「あぁ、見習士アプレンティスっていうんだが、通常の3倍以上の速度で技術スキルの習得が可能だ。しかも、覚えることの技術スキル数は無制限」


「……そこまでの好条件ということは、制限がありそうですね」


「察しがいいな。元々、見習士アプレンティスは初心者プレイヤーや、ステータスの低いプレイヤーのための職業だ。当然、見習士アプレンティスになるための条件や、制約は他の職業よりも多いぞ」



 セイヤさんの話を整理すると――


 ・見習士アプランティスに転職できるのは、プレイスタートから1年以内であること。


 ・見習士アプランティスでいることのできる期間は、転職してから1年間だけである。


 ・技術スキルは習得できるが、極めて上級技術スキルを習得することはできない。


 ・技術スキルを習得するためには、必ず師匠に弟子入りする必要がある。ただし、弟子入りできる師匠は、一度に一人まで。


 ・技術スキル習得スピードは、【師匠の技術スキルレベル】✕【プレイヤーの集中力】✕【プレイヤーの再現力】に依存する。



 こうやって整理してみると、かなり制限がある。

 けれど、話を聴いて一つ気になったことがある。


「セイヤさん、技術スキル習得スピードで私に依存する集中力や再現力を示すパラメーターはないと思うのですが……」


「その通りだ。いまだ未解明要素ではあるが、


「そう……ですか」


 含みのある言葉なのが気になるが、つまりは試してみるしかないということだ。


 幸い今なら見習士アプランティスになる条件は満たしている。

 それに、プロフェッショナルになることが目的ではないから、躊躇う必要はない。



「……わかりました。では、見習士アプランティスに転職します」


「そうか。まぁ、見習士アプランティスになる前例がまだないだけで、もしかしたら暁斗なら1年で技術職の基本的な技術スキルを、すべてマスターできるやもしれんな。頑張れよ、兄弟!」


「……セイヤさんと兄弟ではないですが、やってみます」


 馴れ馴れしい感じで肩を組んでくるセイヤさんの腕をゆっくり剥がし、受付で手続きをした。


 見習士アプランティスは受付で手続きが必要になる一方で、通常の転職は思った以上にあっさりできる。

 プレイヤーそれぞれが所持している時計からウィンドウを開くと、マップや各パラメーターが確認できるが、自分の職業を変えることも可能である。

 この職に対する自由度の高さは共感できる。



 見習士アプランティスに転職してすぐに自分が取り込んだこと——それは、職人たちのレベル調査である。


 一日も早く技術スキルを身に付けたい!

 その想いはとても強い。


 でも、だからこそ、職人たちのレベルを知ることはとても大事だと考えた。

 セイヤさんの話だと、技術スキルの習得スピードは【師匠の技術スキルレベル】✕【プレイヤーの集中力】✕【プレイヤーの再現力】に依存する。


 プレイヤーについては不明瞭な点が多いが、師匠として教えを乞う相手のレベルは調べればわかる。

 となれば、少しでも技術スキルの習得スピードを上げるためには、師匠決めはとても大事だと判断したわけである。


 そして、調査する上で大事なのが『一つの情報源ではなく、複数の情報源を集める』ということ。


 これは経営判断する上で、まず初めにやっておく鉄則のようなもの。


 どんなに有力な情報だという情報でも、それはあくまで提供者にとって都合の良い情報かもしれない——イコール自分たちにとっても都合が良いとは限らないのだから。



「というわけで、セイヤさん。このユートピアにお勧めな情報屋はありますか?」


「そうだな……有力なやつで言えば、タストリー・ミヤンガ・アミス辺りだが……」


「他にも、心当たりがあるんですね?」


「……暁斗には敵わないぜ。確かに心当たりはあるが、こいつがまた厄介なやつでな。レイアスっていうんだが——」



 セイヤさんの話を聴いた限りでは、確かに厄介そうな人物のようだ。


 情報の質はピカイチだが、神出鬼没でこちらが探そうとしても身つかず、会えるかどうか運次第。


 仮に見つかったとしても、報酬額は相手によって決めるというスタンス。

 これまでの依頼者は、最低でも1案件約1億ゴールドくらいふっかけられたという話だ。

 しかも、相手によってレイアスは男性という人もいれば、女性という人もいる。


「困難極まりないですが……探す価値はありそうですね」


 セイヤさんに相談したあと、すぐに有名どころな情報屋はあたってみた。

 しかし、どの情報屋の情報も似たりよったりで、正直これくらいなら自分でも集めることができると思った。


 仕方ないから、区切りだけ決めてレイアスを探すことにした。

 期日は1か月後。

 それまでに見つけたらなかったら、諦めてすでに得た情報で師匠決めをする、と。


 善は急げ。


 とにかくレイアスと会ったことや、依頼したことのある人物を徹底的に調べまくった。

 それこそ情報屋のコネクションを駆使しつつも、現実世界ではほとんど縁のなかった酒場には毎晩通って自分でも情報収集。


 自ら情報収集するのは小さい頃からやっていたが、足を運んで情報収集するのは初めてだった。

 だから、情報屋に同行して、直接人と会ってヒアリングする術を目の当たりにして、すぐに酒場で試すことを日課にしたのである。




 師匠探しを始めて28日目。


 酒場に入るといつも座っている席に腰掛ける。

 そこは部屋全体を見渡せる位置にあり、人間観察するのに絶妙なポジションだ。


「おっ、アキトじゃないか。成果は上がったのか?」


 すると、


「……ぼちぼちですね」


「あなた、そんなわかりきったこと尋ねても彼が困るだけよ」


「アハハハッ、そうだな! 無意味だろうが頑張れよ」


「?? はい、ありがとうございます」


 名前は忘れた二人組がご機嫌に去っていった。



(そんなことよりも……今日の成果を確認して、次のアプローチを考えましょうか)


 情報収集を始めてから今日までに面白い収穫があった。

 情報屋から入手した情報にはなかった師匠が、何人も見つかったのである。

 なぜ情報屋がマークしていなかったのかは謎だけれど。


「けれど……肝心のレイアスさんは見つからないですね」


 本来必要となる情報は、情報屋の真似をして情報収集を始めたおかげでたくさん収穫はあった。

 しかし、セイヤさんから伺ったレイアスという神出鬼没の情報屋だけは、やはり探すだけでは見つからないようだ。


(私の勘が正しければ、もうすぐなのですが——ん?)


 ちょうど目線を何気なく周囲に泳がせていたら、少し離れたところにいた男性とパッと目が合った。

 すると、男性はニコッと笑い、こちらに近づいてくる。


「レイアスを探している人ってお兄さん?」


「えぇ、そうですよ」


 気さくに男性は話しかけてきたが、どこか捉え所のない雰囲気を感じる。


「そうなんだ。なんで探しているの?」


 隠す必要はないので、席に座ってもらいこれまでの経緯を男性に伝える。


「そっか……じゃあ僕も一緒に探しましょうか?」


「いえ、結構です。ようやく見つけることができましたので」


「えっ!?」


「はじめまして、レイアスさん」


 目の前の男性に自信満々に挨拶をすると、彼はしばらく鳩が豆鉄砲を食ったような表情でフリーズした。



「……なぜ僕がレイアス本人だとわかったんですか?」


「それは、あなたがだからです」


「……というと?」


 レイアスは怪訝な表情を浮かべている。


「あなたの情報を集めていてわかったことが三つあります。一つ目は、神出鬼没でこちらが探しても見つけることができた人はいないこと。二つ目は、伝え聞くレイアスの容姿が人によって異なること。そして、三つ目が、依頼者は全員必死にあなたを探していた人たちだったということ」


「……」


「これらの情報を整理すると、あなたと出会うためには『レイアスが声を掛けてくれるまで探し続けること』だと。その答えでいかがでしょうか?」


 お互いの真剣な視線が交錯する。

 しばらくその状態が続いたが、レイアスの方が先に折れ、フッと表情を緩める。


「カァ〜! 正解だよ、正解! なるほどなるほど。至る所でアキトという人が僕のことを探しているって小耳に挟んだから、声を掛けてみれば……まんまと釣られちゃったわけだ」


 レイアスは上機嫌に笑みを浮かべる。


「だが、まさか試練の前に見つかっちまうなんて。こんなこと初めてだよ」


「ごめんなさい。そのことも存じ上げていたのですが、なにぶん時間がなかったので」


「いいよ、別に。僕にとっては遊びのようなものだしね」


 よかった。

 期日に設定した一ヶ月まであと二日だったから、どうしたものかと内心焦っていたから。


「それで、お望みの情報だけど——」


「レイアスさん! その前に一ついいですか?」


「なんですか?」


「情報を教えていただく前に、私が集めた情報を見ていただいて、これに載っていない方がいれば教えていただけないでしょうか?」


「……いいでしょう」


 私は手書きで書いた師匠リストをレイアスに手渡す。

 レイアスは受け取ると、内容を吟味し始めた。


 リストは獲得できる大まかな技術スキル別に整理してあり、現在マークしたのが「製造」「鋳造」「建築」「調合」「生産」の五つ。

 それぞれ得られる技術スキルについて、教えることが可能な技術者が有力候補順に羅列してある。


「このリストはどうやって手に入れたんですか?」


「情報屋で入手した情報を基にして、自分で収集したものですよ」


 もちろん大半は情報屋から入手したものである。

 けれど、一番有力候補の技術者については、全員自分で集めた情報だ。


「……ありがとう」


 吟味が終わったのか、レイアスはリストを私に返却した。


「それで、いかがでしょうか?」


「これじゃあ僕の出番はないですね。まさか、情報屋でもない人間がここまで正確に情報を集めてくるとは……」


「それじゃあ——」


「えぇ。アキト、あなたの情報は僕が掴んでいる情報と何一つ違わない」


「よ、ヨッシャー!!」


 嬉しさのあまり、今までここまで喜びを表現したことがないくらいのガッツポーズを決めた。


「そこまで喜んでもらえると嬉しいですね」


「嬉しいに決まっているじゃないですか! レイアスさんを探すために、知恵を振り絞ったのですから」


「あははは、あなたは変わったお人だ」


 レイアスさんもなぜかとても嬉しそうだ。


「あ、それで報酬ですが……おいくらになりますでしょうか?」


 ようやくレイアスさんを見つけた喜びのあまり、報酬が言い値だったことをすっかり忘れていた。


(1億ゴールドはきついですね。せめて、その半分以下だと有難いですが)


 急に酔いが冷め、思考は現実にシフトする。


「今回の報酬はすでにいただきました」


「えっ!? しかし、まだ私はあなたに何も支払いをしていませんが」


 念のため時計で確認してみたが、別に金銭が減っていることはなかったし、何か所持品がなくなっているわけでもなかった。


「形あるものではないですよ。アキト、あなたという魅力的な人物と出会えたこと。これが僕にとっての報酬です」


「そんな……」


「ここに僕とコンタクトする術が書いてあります。もしまた困ったことがあれば、いつでもどうぞ。今度はアキトから話しかけてくだいね。これからもよろしく」


 そう言うと、レイアスさんは握手を求めてきたので、私はその手を強く握り返した。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 レイアスが言ってくれたことが、ただただ嬉しかった。

 何かをすることによる対価といえば、お金しかなかったこれまでの人生。

 しかし、私と出会えたことが報酬ということは、私個人に価値があると認めてくれたのだろう。


 この出会いをきっかけに、レイアスとは新しい居場所創りで深く関わっていくようになるのであった。

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