第28話 花火がひっぱって瀬渡がそれに抗う

 数十秒も経たないうちに、花火はそう言ってカタログの中のとある侮蔑兵器ディスパイズウェポンを指差した。なんというドヤ顔なんだ。


「本当か? 似たようなやつとかじゃなくて……?」

「疑うんですかー!? 私は実物をちゃんとこの目で見て触ってるんですよ!!」


 そう言われちゃ仕方ないか……。


 そして俺もそのページに目をやってみる。それにしてもヤバかったな、花火の本気……。なんかそういう仕事に就けるんじゃないか?


「火の玉を離れた場所から遠隔操作……」


 そのページに載っていた侮蔑兵器の能力。

 

 見た目はなんとか片手で握れるサイズの少し大きなリモコン。色は前に花火が言っていた通り真っ黒だ。形は細長く、ディティールはテレビリモコンよりはゲームのリモコンに近い。


 しかし、少し大きめとは言えリモコンはリモコンなのでそこまですごいことはできない模様。


 せいぜい先端部分からサッカーボールくらいの大きさの火の玉を作り出し、それをリモコンのボタンで自由自在に動かせるくらいのことらしい。いや、十分すごいわ、これ……。


「ありがとう花火。これで一つ、君のお兄さんへの対策ができる……あれ?」


 気づくと花火は目の前にいなかった。


 キッチンからやけに騒がしい声が聞こえてくる。座ったままそちらを覗くと、花火が両手をいっぱいに広げ、瀬渡の体をつかんでどこかへ引きずって行こうとしていた。


 なんで「見つけたら出て行く」だと思ったんだよ。


 瀬渡は俺が海斗さんとの約束を果たさないと危険で外には出せないしなぁ……。


 俺は、花火が少しでも早くカタログから見つけてくれたらその分だけ時間に余裕ができて、ノルマの「侮蔑兵器の一掃」にもその分だけ早く取り掛かれる、なんてつもりで言ったのだが流石にちょっと意地悪だったか。


 でも、そんなに瀬渡のことを嫌わなくてもいいじゃないか花火……。


 瀬渡は迷惑そうに花火の顔を見下ろしている。


「花火ちゃん、ちょっと離してほしいわ」

「嫌です」

「じゃあせめて今お皿洗ってるから少し待ってて!」

「嫌です」


 すると瀬渡はすぐに俺が覗いているのに気づき、埒が明かないと思ったのか目で俺に助けを求めてきた。


 確かにこの状況を生んだのは俺だ。でもおそらく、今の花火は俺が何をしたところで変わらないだろう。


 多分こんな光景がしばらくのだろうと悟った俺は瀬渡に一言。


「がんばれ」

「おい、憩野……!」

「さっさと出てけー!」


 俺のせいで生まれたやけに騒がしいBGMを耳に挟みながら、俺は今後の方針を考える。


 これで花火のお兄さんの出方は分かった。まぁおそらく火の玉をぶんぶん振り回して参加者全員を殺すのだろう。


 しかしこの侮蔑兵器は厄介なことに、遠隔操作式なので本人がどこにいるのか分からない。


 いや、それでもいくら遠隔操作とは言え、多少は中の様子が把握できないといけないんじゃないだろうか。そうじゃないと、火の玉が当たる前に会場を逃げてしまう人もいるだろうからな。


 えっと、会場はどこだっけか……あ、俺にはなぜか招待状が来ていないんだった。


 それは幹事がたまたま送り忘れたのか、それとも高校時代のクラスメイトのとして俺は幹事の中で認識されていないのか、おそらくは後者だろう。むしろそのまま忘れてて頂きたい。


「花火、同窓会の会場ってどこだ?」

「え、会場!? ……昨日行ったファミレスの近くの、……居酒屋で八時から、みたいですよー?」


 瀬渡との戦闘中だったので花火からは途切れ途切れな言葉が返ってきた。


 戦闘中と言っても、花火がひっぱって瀬渡がそれに抗うという状態がずっと続いているだけだが。


 いうまでもなく瀬渡は強く、俺とほぼ変わらない身長をしている。そして胸囲も俺と変わらない……あ、これは関係ないか。


 そんなわけでとにかく、花火には絶対瀬渡を動かすことはできないだろう。


 で、会場は昨日行ったファミレスの近くか。まぁ妥当というか当然というか……。だって俺たちが通ってた高校の近くだもんな。


 果たして花火のお兄さんは、たった一人で一軒の居酒屋をどうやって監視するのだろうか? 居酒屋の監視カメラを乗っ取ることはまず無理だろうし。


 しかし、せっかくだから極道の人の意見も聞いてみようかな。俺は、戦闘中の二人の内、抗っている方に声を掛ける。


「なぁ瀬渡、ターゲットが中にいて、外から攻撃を仕掛ける時ってどうする?」

「……はい!? 攻撃を仕掛ける、外から?」


 ごめんなさいね、戦闘中に。でもまず俺の質問を聞いて、最初に「攻撃を仕掛ける」ってところを拾うのほんと熟練されてんな。今までどんな攻撃経験をお持ちで?


 瀬渡はいきなり、花火の身体を柔道の技かなんかでがっちりと固めた。

 

 同時に、花火の喘ぎ声が聞こえてくる。


 そして瀬渡は、なんだか壮大な過去を思い返すように虚空を見つめながら話し出した。


「そ〜ねー、まずその『中』の様子はあらかじめ調査しておくわよね〜。もし関係無い人間まで巻き込んで、大事にしちゃまずいから」


 そう言うと瀬渡はすぐに花火を離した。開放された花火は苦しそうにキッチンの壁にもたれかかる。


「うぇ〜、死ぬかと思った……」 


 花火、これで瀬渡の強さが分かっただろ。一旦諦めるんだ……。まぁ半分騙した俺が言える義理ではないが。


 あらかじめの場所の調査、か……。それは確かに考えられる。

 

 だが、それはもう終わっているんじゃないだろうか。なんてったって犯行予定日は明日だからな。


 しかし、今から俺もその居酒屋に調査に行ってみる価値はあるかもしれない。思わぬ手がかりが掴める可能性がある。もちろん、無駄足を踏むことになるかもしれないが。


 現在午後六時。居酒屋ならまだ混む時間ではないな。行くなら今だ。それにもうこんな時間。花火も帰ったほうがいいだろう。


「花火、俺は同窓会の会場の居酒屋に調査に行く。お前はどうする?」

「じゃあ駅の出口まで一緒に行きまーす!」


 そう言って花火はキッチンから離れ、通学バッグを持ってのこのこやって来た。


「一緒に行くのか!? 確かに向かう駅は同じだけど……」

「やーですかー?」


 花火があざとく首を捻る。


 

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