第13話 俺の無双劇 

「探偵さんあぶな……」

「――不審者、参上!! 俺は最初から暗い奴なんだぜ!!」


 瞬時に俺はそんなことを大声で叫び、踊り場に響かせた。花火の声をかき消すほどの大声を。


 不良たちは急に意味不明なことを叫んだ俺に驚いたのか、彼らの拳は俺の腹に当たる直前で止まった。


 心配してくれてありがとう花火。でも俺、大丈夫なんだ。


 どうしても花火は巻き込めない。あくまで今回の彼女は俺の探偵業の協力者。そして何よりここは花火が通う学校だ。今この場に花火が出て来てしまったら、今後の学校生活に必ず影響が出る。それだけはさせない。


「え、どうしたの? 殴るんじゃないの? ほれほれ!」


 俺は、不良たちを煽るように自分の腹を指さす。二人は仕切り直し再び戦闘体制に入った。


 少しでも煽って侮辱して興奮させ、俺に意識を向けさせてみせる。もしもう一度花火が何か言っても、その声が彼らの頭に入って行かない程に。


「さぁ来い!」


 言うと、二人はやかましい声を上げながら、殴りかかってきた。それに対して俺はどうするか、


 ――踊るのである。


 俺の能力「全ての人、物質は俺のことを触れないが、自分からなら触れる」を最大限に生かす技。


 この暗闇の中で不規則かつ馬鹿みたいな踊りをすることにより、不良二人は俺を殴っても感触がないことに違和感を覚えず、俺が避けたのだと勘違いするのだ。

 

 能力を発揮しつつ、そのことは相手に知られないようにする、最高の作戦である。


「なんだとぉ!?」

「クソッ!」


 現に今もそれは大成功している。俺はうろ覚えの晴れ晴れで愉快な踊りをしているだけなのに、彼らは特に何も疑うことなく俺にヒットさせようと必死に殴ったり蹴ったりしている。


 さらに俺は厚いコートも羽織っているので、もはや身体が空気になっていることは誰が真剣に凝視していたって分からないだろう。まさに完璧な状態と言っていい。


 だが、彼らもなかなか諦めない。


「死ねぇ!」

「消えろ!」


 お前ら小学生かよ……。


 そしてその後も次から次へとパンチやらキックが続いたが、一つ残らず俺が避けた結果、少しして彼らはついに諦めた。疲れたのか、息を切らしながら座り込んでいる。


 結局、花火はあれから声を出さなかった。本当に良かった……。


 それにこの状況はある意味幸運であると言えるかもしれない。


 俺はくるりと後ろを向くと、踊り場の角で一人固まっている平井健太の前に立つ。


「じゃあ、もう直接聞いちゃうか〜、平井健太君!」

「何を、ですか……!?」


 陽気に言った俺に、平井健太は顔を引き攣らせた。


 問う内容はもちろん、平井健太に関する学校側の対応についてだ。今回の依頼人であり平井健太の母、平井夏子さんご自身が学校側に連絡をしたのに、なぜその時点でこの問題は解決されなかった?


 学校側がいいかげんなのか、それとも……?


「おそらく学校側もこの現状は知ってるんだろ? なんで教師たちは動かないんだい?」

「…………」


 黙り込む平井健太。

 すると、後ろから背低君の声が聞こえてきた。


「やべぇ! 絶対言うな奴隷犬他! 言ったら鳥の雛たち殺てや……」

「――うるせぇ、黙ってろ。」


 俺が睨みながら拳を向けると、二人とも「ひいぃっ!」と悲鳴をあげた。


 お前たちはそこでじっとしててくれればいい。っていうか随分と俺を怖がってるみたいだが、俺、一発も君らに入れてないよ? むしろ君らが勝手に自滅しただけ。なのに今は俺が「強い」と認識されている。勝手な思い込みほど怖いものはないな。


 でもそれが今の俺にとって最大の武器となっている。

 脅迫開始だ。俺は喧嘩腰に話しかける。


「なぁ平井君よぉ? 俺、見ての通り強いんだわ。今にでもそこの不良共を殺すことだってできる」

「は、はい……」

「つまり、君を今すぐ殺すことだってできるんだよ」

「はっはいっ……」


 さらに顔を引き攣らせて怯える平井健太。さっさと終わりにしよう。正直こういうのあんま好きじゃないし。


「殺されたくなかったらさぁ、さっさと答えてよ。教師たちはなぜ動かない?」

「それは……僕が教師たちに、『ほっといてくれ』って頼んだからです……」

「なんでそんなこと頼んだのかなぁ?」

「…………鳥の巣を守るために傷ついてるなんて、親にバレたくなかったから……です……」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は全てを理解したと共に怒りが込み上げてきた。

 理由がくだらなすぎる。馬鹿馬鹿しい。


「平井健太。お前はさ、鳥の雛なんて守ってねぇんだよ。むしろ自分から鳥の雛を危険に晒していると言ってもいい」

「それは……」

「本当は分かってるんだろ。お前がここに来なきゃ誰も鳥の雛にちょっかいださねぇんだよ。」


 後ろを振り向くと、不良たちは無性に悔しそうな表情をしていた。そんなに平井健太に何でも言うこと聞かせるのが楽しかったのか? 


 そして前を向き直して続ける。


「それにお前は鳥の雛を守りたいなんて一ミリたりとも思っちゃいない。ここに来る理由は、全部自分のためだ」

「…………」

「そして、他人に迷惑ばかりかけている」

「そんな……、僕は別に誰にも迷惑はかけてませんよ……」


 平井健太はあっさりとそう言い放った。それと同時に、俺の脳裏には依頼に来た際の彼の母親の悲しそうな表情が浮かぶ。


 気づけば俺はすでに、彼の胸ぐらを掴んでいた。

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