第7話:冒険者になるわよ!

 闘技場が静まり返った。


 それは竜人達にとって、あまりに衝撃的な光景だったからだ。


 筆頭騎士が竜化まで使い、結界まで張ったのに――為す術なく人間の前に倒れたのだ。


「ありえん……なんだあいつ」

「嘘だろ……あいつ人間だろ? 人間ってのは弱いんだろ? 猿なんだろ!?」


 ざわめきはじめる観客達を見て、カーネリアが立ち上がった。


「――勝者クオーツ。これにより、彼を正式に私の騎士として叙任することをここに宣言する。私は、例えそれが人であろうとなかろうと……強き者を歓迎する!」


 その言葉と共に――闘技場が沸いた。


「うおおおおおおすげえええええ!!」

「なんだよあの人間!!」

「そうだよなあ……強けりゃ、人間だろうがなんだろうが関係ないしな」

「あのスキル、なんだろうなあ……興味深い」

「人間が竜騎士になるとか……歴史的瞬間じゃねか!?」


 観客達が万雷の如き拍手をしながら、クオーツを讃えた。しかし彼はそれに無視して、倒れているゼクスへと歩み寄った。


 右肩と腹部を負傷しているが、命には別状はなさそうだった。


「大丈夫? 急所は外してるし竜人ならすぐに治癒できると思うけど」

「……うるせえ。こっちは殺す気だったのに、そっちは手加減しやがって……」


 ゼクスは無事な方の手で顔を押さえていた。その嗚咽混じりの声を聞いて、クオーツが肩を貸して、彼を起こし上げた。


「君の事は好きじゃないけど、勝負が終わったらそれで終わり。僕は苦手なんだ。人を憎しみ続けるとかそういうのは」

「……甘い野郎だ」

「かもね」


 クオーツはゼクスに肩を貸しながら、闘技場の出口へと消えたのだった。


 それを見ていたザエロが、目を細めた。


「……予想以上の力です。我々の秘技でもある〝竜陣結界〟が、ああもあっさり破られるとは。対策を練らないと」

「無駄ですね」


 その言葉をカーネリアが冷たく切り捨てた。


「どういうことですか?」

「あのスキル……私が〝砕き穿つ黒水晶モーリオン・バンカー〟と名付けた力ですが、あれはただ単に手のひらから超硬度の水晶を射出しているだけではないからです。あれは――力です」

「変化……させる?」

「ええ。だからそれがなんであろうと、彼が触れた物は全て黒水晶となり、結果としてああいう風に氷柱状の黒水晶が射出されたように見えるだけ。実際は触れた部分がスキルによって黒水晶に変化し、更にその干渉が奥へ奥へと進んで、一定距離離れると干渉が消える。だから、先に行くに連れて細く鋭くなっていくのです。そして干渉が消えると同時に黒水晶は砕けてしまう。その存在を保てないから」

「それが本当だとしたら……防御は……」

。触れられた物は、物質・非物質問わず黒水晶になります。そしてその干渉は防げない。鎧に触れられれば、触れられた部分の鎧が黒水晶に変化し、結果それが中の肉体を貫いてしまう。この生成された黒水晶自体も超硬度なので、並大抵の物では防げません。ゼクスの結界もそう。あの結界はあらゆる干渉を防ぎますが、その結界自体が黒水晶に変化してしまえば、その効力は無意味。逆に彼に黒水晶化できる武器を与えてしまっているようなもの」


 カーネリアの解説に、ザエロが絶句する。


「結界も鎧も全て……彼の前では無意味じゃないですか。それは……あまりに強すぎる」

「そうでもありませんよ? 言ったように触れた物しか黒水晶化できません。触れる物がなければあのスキルは使えませんから。更に黒水晶自体もリーチはさほどありません。とはいえ、これはスキルの成長によってどんどん伸びるでしょうが……」

「遠くから攻撃する他ないってことですか」

「何が飛んでこようと黒水晶化されたら無意味ですけどね。触れさえすればそれは無効化されます」

「いずれにせよ、姫様が彼を騎士にしたい意味が分かりました。あの力はあまりに……に向きすぎている」


 ザエロの言葉に、カーネリアは答えない。


「ですが、弱点もありますよ。遠くの相手を倒すことは出来ませんし、彼が反応できないほどの速度で攻撃すれば殺せます。圧倒的な身体能力で蹂躙する、もしくは暗殺などの類いであればあっけなく彼は死にます」

「それは確かに」

「それでは……困るのよね」

「へ?」


 急に口調を崩したカーネリアに、ザエロが戸惑う。


「まだまだ彼には強くなってもらわないと。だからね、ザエロ。帰ってきて早々なんだけども、あたし――彼と国を出るわ!」

「……はああああああ!?」


 ザエロがその凜々しい顔が台無しになるような表情を浮かべた。


「人間の国はまだまだ強い奴がいるみたいだから、そういう奴等を見てみたいし、何よりクオーツにはもっと強くなってもらわないとだし! だから、彼を私の騎士にしたら国を出て、とりあえずまずは彼の元いた国に行く予定よ! ふふふ、冒険者って憧れていたのよねえ」

「ななななな、何を言っているのですか!?」

「だってほら、うちのしきたりで、王族の子息が騎士を得たら、見聞を広める為に旅に出るべしってやつがあるじゃん」

「それは古いしきたりで、今はほとんど使われていません!!」

「しきたりはしきたりよ? お母様にはもう伝えてあるから、お父様にはザエロから伝えといて~。じゃ!」


 カーネリアがそう言って、ドレスとティアラを脱ぎ捨てる。その下には、冒険者風の活動的な服を着ていた。


「あ、ちょっと待って下さい! 姫様!」

「あと諸々よろしく!」

 

 カーネリアが脱兎の如く、観覧席から去っていった。


「ま、待ってください! 姫様!!」


 それをザエロが追い掛けていく。


 静観していた侍女のルーナがため息をつくと、微笑みを浮かべた。


「本当にカーネリア様は……いくつになっても変わらないのだから」


 そんな呟きと共に、彼女もまた、荷造りをする為にその場を去った。



☆☆☆



「というわけで、冒険者になるわよ!」

「……いや、ほんとに? 大丈夫なの?」


 リンドブルム王国とファブール王国の国境を三つの影が歩いていた。


 先頭を行くのは、カーネリア。その横にクオーツ。


「全然、大丈夫じゃないですよクオーツ様。ま、カーネリア様の突拍子のない行動は今に始まったことではないですから、まあ大丈夫でしょう」


 そして後ろで荷物を持つルーナがそう答えた。細身の彼女だが、どこにその力があるのか分からないぐらい巨大なバッグや荷物を背負っている。クオーツが手伝いを申し出たが、彼女は頑として譲らなかった。


「ルーナは付いてこなくても良いのに」


 カーネリアが不満そうにそう言うが、ルーナは首を横に振った。


「駄目です。それがメリル王妃との約束ですから。旅を許す代わりに私を同行させるという条件でしょう?」

「むー」

「それとも、二人っきりのが良かったですか?」

「ななななな、何言っているのよあんた!!」

「顔が赤いですけど?」

「違うわよ! これはその……そう! 冒険への旅立ちに対する興奮よ!」

「だったら良いのですけど」


 そんな二人のやり取りを微笑ましく見ながら、クオーツが振り返った。


 遠くには、あの鉱山が見えた。


「どうしたの?」

「いや……奴隷だった僕が、また王都に戻れる日が来るなんてね」

「そうね。ああ、そうだ。あの鉱山だけど、ぶっ潰すようにザエロに言ってあるから。心配しなくてもあんたが望んだように奴隷達や労働者は保護するつもりよ。ま、ファブール王国に対する人質でもあるけど」

「あはは……彼等が無事ならそれでいいんだ」

「でも、ファブール王国も、そのリンツ一家? だっけ? もタダでは済まないわよ。それにあんたの元いた冒険者パーティもね」

「へ? そうなの?」

「勿論よ。あんたが許しても……あたしが許さないから」


 そう言って、カーネリアが邪悪な笑みを浮かべたのだった。


 その言葉の意味をクオーツは、王都について知ることになる。


 こうして、クオーツは竜国の姫であるカーネリアの騎士となり、そして彼女と彼女の侍女であるルーナと共に――冒険者となるべく王都へと向かったのだった。


 やがて、彼等は伝説と呼ばれたSランクパーティ〝クリスタライズ〟となるのだが――それはもう少し未来の話である。

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