第6話:決闘

 

 翌日。


 王城内――大闘技場。


「ったく。何処のバカだよ、客入れたのは」


 鎧を纏い、緩く反りの入った片刃剣を構えたゼクスが、闘技場を取り囲む客席が観客で埋まっているのを見て、呆れた声を出した。


「あはは……めちゃくちゃ緊張するんだけど」


 一方、クオーツは動きやすい布の服の上から革鎧を着ており、両手には手甲を付けていた。だが武器は持たず、徒手空拳である。


 しかしその雰囲気に飲まれてしまって、周囲をキョロキョロしてしまう。その様子を見て、ゼクスが肩を落とした。


「ち、人間相手に決闘を申し込んだ俺が、弱い者いじめしてるみたいじゃねえか……」


 そんな二人の様子を観覧席で見ていた、ドレスにティアラとお姫様風の格好をしたカーネリアが、観客席に笑顔で手を振りながらため息をついた。


「もう……もっと堂々しなさいよクオーツ。カッコつかないじゃない。ねえルーナ」

「無茶言ったら駄目ですよ、カーネリア様……クオーツ様は話を聞く限りずっと恵まれない境遇にいた方です。それをいきなりあんな大舞台に放り出すなんて酷です」


 話し掛けられた竜人族の侍女――ルーナがカーネリアを窘めた。彼女はまだ数日間しかクオーツとは接していないが、クオーツが気持ちの良いの青年だと言う事は分かっていた。


 一体どこの世界に、暇だからと掃除を手伝おうとする王族の客人がいるだろうか。


「分かってるわよ……でもほら、みんな退屈してたから。丁度良いんじゃないかしら。それに大丈夫よ。戦いさえ始まれば……彼は強いもの」

「頑なに騎士を仕えさせることを拒否していたカーネリア様が選んだ人ですもの。私は信じていますが」

「あたしだって信じているわよ!」

「何を競っているのですか……」


 なんて会話をしていると、カーネリアの隣に銀騎士――ザエロがやってきた。


「姫様、決闘を始める合図をお願いしても?」

「ええ、もちろん」


 カーネリアがザエロに頷いた。


「大事になりましたね……これがあいつにとって良い薬になると良いのですが」 


 苦笑するザエロを見て、カーネリアが笑った。その言葉だとまるでゼクスが負ける前提となっているかのようだ。


「あら、弟を応援しないの?」

「しますよ、もちろん。ですが、あいつは最近筆頭騎士となったことに驕って、自分を見失ってしまっている。姫様もそれを分かってて、決闘させるのでしょう? 私は剣をクオーツに折られて、気付いた。さてあいつは……何を折られれば気付くのでしょうね」

「さてね。では、始めましょうか」


 カーネリアが立ち上がると、会場が一瞬で静かになった。


 彼女はその静まりかえった会場を一瞥すると、すうっと息を吸って、口を開いた。


「これより、騎士候補のクオーツの試練となる決闘を開始する。相手は筆頭騎士であるゼクス・アルロング。両者とも、正々堂々、全てを出し尽くして戦うこと。それでは――始め!」


 カーネリアが右手を上げ、勢いよく下げた。


 それを合図に観客が歓声を上げ、同時にゼクスが突撃。


「恨むなよ、人間! お前みたいな馬の骨にカーネリアを任せられるか!」


 ゼクスの目の中で燃える怒りを見て、クオーツは頭を掻いた。


 そこまで嫌われることをしたつもりはないし、騎士云々はカーネリアが勝手に言いだしたことだ。


 なのに見当違いな悪意と敵意を叩き付けられてクオーツは不快だったが、ゼクスの言いたい事が分からないわけではなかった。


「ゼクスさん、貴方は……?」

 

 迫るゼクスへ、棒立ちのままクオーツがそう言葉を浴びせた。


「な、なななななな何を言っているんだ貴様!!」


 露骨に顔を赤くして、動きを止めるゼクスを見て、観客が再び歓声を上げた。


「何が起きた!? ゼクスが動きを止めたぞ!?」

「儂には分かる……あれは〝闘気〟じゃ……」

「どういうことだジジイ!?」

「ふん、あの人間、一見隙だらけに見せて、実は安易に間合いを詰めたゼクスに〝闘気〟を叩き付けたのじゃ……一流の武人にしか出来ない芸当よ……流石は姫様が騎士として認めた男……」

「マジかよ! すげえな!」


 観客席の盛り上がりを無視して、ゼクスがムキになってクオーツに食ってかかる。


「てめえ、いきなりわけわからん事を言ってるんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」

「いや、だって、どう見てもそうですし……僕も恋愛には疎い方だけど……分かりますよ」

「デタラメを言うな! 俺とカーネリアはそそそそんな関係じゃない! ただの幼馴染みだ!」

「仲良かった幼馴染み同士が、大人になるにつれて騎士と姫という立場に分かれてしまい、抱いた恋心を伝えられずにいる……そんなもどかしい関係だって――ルーナが言ってました」

「あの侍女、あとでぶっ殺す!! だがその前にてめえだ!」


 ゼクスが再び剣を構えると、突撃。鋭い突きをクオーツへと放った。


 しかしクオーツはそれはスッと身体を横にずらして避ける。それを追うようにゼクスは突きを横薙ぎへと変化させた。


 クオーツが手甲部分で剣を弾き、ゼクスの懐へと飛び込む。


「ちっ!」


 舌打ちして距離を取ろうとバックステップをしたゼクスだが、それを予測したクオーツが更に踏み込んで、拳を突き出した。


「くっ!」


 クオーツの手甲がゼクスの胸甲へと叩き付けられ、鈍い音が響き、火花が散る。


「てめえ……拳闘士か……かはっ」


 後ろへと下がったゼクスが吐血する。鎧越しに伝わった衝撃が、内蔵を傷付けたのだ。刃は防ぐ金属鎧も、打撃による衝撃までは防げない。


 だがそれほどの衝撃を起こすには尋常でない力が必要であり、非力な人間には不可能な芸当だ。


「……お前、人間じゃねえな」

「え? いや、人間だけど」

「ならカーネリアが選んだのも納得だぜ。だったら……本気を出しても良いよな!?」

「いや、だから人間だって……っ!!」


 ただならぬ雰囲気を纏ったゼクスを見て、クオーツが一歩下がった。


「はああああああああ!!」


 ゼクスが吼えると同時に、身体が巨大化していき、鎧や剣が取り込まれていく。背中から翼が生え、全身に鎧の金属と混じった鱗が浮き出てくる。


「あのバカ……こんなところで竜化を使いやがって」


 観覧席から見ていたザエロがそう思わず言葉をこぼしてしまった。


「止めるなら今ですよ、姫様。竜化をしたゼクスに生身で勝てる存在は、この国でもそうはいません」


 そんなザエロの言葉にしかし、カーネリアが涼しい顔で答えた。


「クオーツは優しいから……人間形態のゼクスに力を使えなかったのでしょうね。でもああなれば、もうそんなことを言っていられません。まあ、見ていなさいザエロ。彼の素晴らしい――


 闘技場に現れたのは身長三メートルは越す、二足歩行の竜だった。もはやゼクスの元の姿はないが、銀色の鱗に真っ赤な瞳が、唯一彼の面影を残していた。


 長い尻尾の先には彼が持っていた剣が融合されており、その怜悧な刃が妖しく光っていた。


「おお……竜人ってこんなことも出来るんだ……凄いな。カーネリアも出来るのかな? したら凄く怖そうだ」


 クオーツが、ビリビリと肌を震わせる殺気と敵意を受けてなお、そんな感想を呟いた。


「何か凄く失礼な事を言われている気がするわ」


 それが聞こえているはずがないカーネリアだったが、ぎろりとクオーツの方を睨みつけた。


「っ!? なんか寒気が……」


 なんてクオーツが身震いすると同時に、ゼクスが突進。


「すぐに死ぬなよ?」


 その言葉と共に、両手の鋭く長い爪をクオーツへと払った。


「速い!」


 その異常な速度で迫る爪を、クオーツはバックステップで躱す。


「お前が遅いんだよ!」


 更にゼクスは回転しながら尻尾を叩き付け、同時に魔法陣を口腔に展開。


「――【雷轟息サンダーブレス】」


 ゼクスの口から雷撃を纏うブレスが放たれた。


 尻尾を避ける為に地面を蹴って飛翔した為、空中で無防備な状態のクオーツにはまず回避不可能だった。


「勝負あったな」


 そんな声が観客席で上がった瞬間。


 雷撃轟くブレスの中心に氷柱つらら状の黒い水晶が出現。それはブレスを中心から裂いて、そのままゼクスの右肩を貫通。


 黒水晶はあっけなく砕けて消える。


「ぐわあああああああ!!」


 絶叫を上げ、思わず肩を押さえたゼクスへと、着地した無傷のクオーツが迫る。


「なんだその力は!!」

「これで終わらせる」

「くそおおおおお――〝竜陣結界〟!!」


 ゼクスの足下に魔法陣が展開され、幾重もの結界が彼を包んだ。


 それは竜族のみが使える防御魔術であり、あらゆる物理または魔術的干渉を防ぐ結界だ。そしてそれはある意味、ゼクスが敗北を認めたのと同義だった。


 決闘で防御魔術を使うのはもちろん反則でもなんでもない立派な手段だが、それはつまり、相手に恐れをなしたという風に見られてしまう。


「……あっけないわね」


 カーネリアの言葉と共に、クオーツが結界へと右手を押し付けた。


「――〝砕き穿つ黒水晶モーリオン・バンカー〟の前では結界なんて何の意味もない。あれはただ黒水晶を射出しているわけではないのだから」

「それはどういう意味ですか?」


 ザエロの問いに、カーネリアが微笑んだ。


「見ていなさい」


 クオーツの右手から発生した黒水晶はあっけなく結界を砕くと共に、その中にいたゼクスの腹部を貫通。


「うそ……だ」


 そのまま黒水晶が砕けると同時に、ゼクスが元の姿へと戻りつつ――闘技場の地面へと倒れたのだった。

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