第4話 皇女救出
可能性の一つが見えた時、ふと露店の老婆の言葉が脳裏に蘇った。
――風を感じな
耳のすぐ横を通り抜ける風の音が変わった気がした。確認するように意識を聴覚へ。気のせいではない。確かに周囲を取り巻く空気が変わっている。騒々しくなっている空気に触発され、脳裏に紫電が走る。
(あと一分とかからず、あれが来る!)
そのことを鋭敏に感じ取った
「俺が合図したら廃墟の陰に身を隠せ。口と目も塞ぐんだ」
素早い動作でナイフを何度も左右に持ち替えることで男の視線を誘導しつつ行った助言に、女性が頷くのを確認すると、痛みをこらえ立ち上がった。
「そういえば、あんたこの街に来るのは初めてか?」
「なんだ、藪から棒に。少しでも生きていたいならそう言えばいい。まぁ、いい。そうだとしたら、どうした?」
「いや。穏やかなこの場所に、街とは違ってこれだけ砂が積もっているのを見て不思議に思わないのかなってね。気付いていないことがいろいろあるみたいだから。見てみろよ、あんたの周り」
「何?」
太陽が真上に昇る。踏みしめていた地面が明るく照らされ、周囲の残骸が眼前に映った。少年の言葉に誘われるようにして男の視線が周囲へと向けられる。辺りには大小様々な廃墟の残骸が砂に埋もれるようにして突き刺さっている。それだけだと思っていた。
「こいつは……」
見つけたのは、材質的にまだ新しい石を削り出して作り出したのであろう円柱状の柱。廃墟のように古いものではない。廃墟の側に落ちているのだから、その残骸だと勝手に思い込んでいた。
「これがどうした? こんなものに気付いて欲しかったのか?」
最初は笑っていた男の目が徐々に警戒の色に染まっていく。視線は胸元から血を流しながらも余裕の笑みを浮かべる少年へ。これまで狩ってきた獲物は一人の例外なく、見えない刃に恐れ
こいつも霊子兵装を持っているのではないかと――
もし周囲のものを相手が攻撃に使うことができるのだとしたら。疑念が
「どうした!」
叫びながら気付く。耳を澄ませば先ほどまでは聞こえていた遠くの人の声が、鳥の羽ばたきが今はもう聞こえないことに。
「なっ!」
振り向いた男は自分の目を疑った。道を塞いでいた巨漢の男がワインボトルのコルク栓のように壁の隙間から弾き出され、砂にもみくちゃにされながら宙を舞っていたのだから。ぶつかる寸前。間一髪迫り来る巨体を避けた男に苛烈な風をまとった砂嵐が襲いかかった。
カザラの街を訪れる砂嵐。その中でも何かに掴まらなければ、大人でも吹き飛ばされる烈風を特徴とする砂嵐が狭い路地を抜け彼らに襲いかかった。
「なんだこれは!」
巨漢の男が廃墟の壁に激突する鈍い音が聞こえたが、砂嵐に視界を奪われた男に確認する余裕など皆無。ここにきてようやく理解する。少年が言っていた言葉の意味が、そしてなぜ直前ナイフを使って体を固定したかに。けれども気付けたとしても、今更対策のしようが無かった。
砂嵐に無防備な状態で襲われた男にできたのは曲刀を地面に突き刺し、壁に叩きつけられるのを回避することだけ。砂の
「いつになったら終わるんだ、これは」
永遠に続くかと思われた砂嵐だったが、男の全身を痛めつけると何事もなかったようにして去って行った。
「ぺっ! くそっ! なんてザマだ!」
もうもうと立ち込める砂煙。砂龍の咆哮の置き土産に悪態をつくと、口の中にまで入ってきた砂を吐き出す。視界はまだ砂煙に阻まれているが、それは相手も同じことのはず。そう考えながら全身に降りかかった砂を払い、ゆっくりと立ち上がった男の目の前に砂煙を切るようにして上着が躍り出た。胸元にべっとりと付着した血痕。男の負わせた傷だ。見間違えるはずがない。
「舐めるなよ! クソガキが!」
言葉の上では強がりながらも、本当は予想外の奇襲に動揺していた。焦りから闇雲に振るわれた刃が衣服を切り裂くが、軽すぎる手応えが持ち主の不在を伝えてきた。加えて、焦りから大振りしたことで自分の周囲の砂煙が晴れてしまったことに気付く男。背中に冷たいものが流れる。が、すでに背後にはナイフを構えた右手を大きく引いた少年が肉薄していた。
「見つけた。これで終わりだ」
振り返る間を与えることなく、深々とナイフをうなじに突き立てる。致命傷を負った男は体を震わせると、重力に抗うことなく地面に倒れこんだ。男が完全に死んでいることを確認した後、側に転がった曲刀を拾い上げると、壁にぶつかた衝撃で脳震盪を起こしていた巨漢の男に近付いていく。どうやら今しがた意識を取り戻したらしく、朝の目覚めのようにゆっくりと動き出そうとしていた。
「俺は一体……そうだ! 砂嵐に吹き飛ばされて、それから――」
状況を認識して顔を上げた瞬間、少年が水平に薙いだ曲刀が首と胴を切り離した。ナイフを腰の鞘に収め、曲刀に付着した血を振って飛ばすと女性の元へ急いだ。背後では制御を失った肉塊が鈍い音を立てて沈み込んでいく。吹き上げられた鮮血が地面を濡らした。
「終わったよ。おい……生きてるか?」
女性は少女を胸に抱いたまま倒れていた。どうやら二人とも気絶しているらしい。すぐ側にはどこからか飛んできたらしい石壁の一部が地面に深々と突き刺さっていた。あと少しズレていたら、どちらかの頭にザクロの花を咲かせていたことだろう。
「今日ぐらいは祈っていいかもしれないな。信じてもいない神様に」
二人の首元に手を伸ばし、そっと触れる。弱々しいが、脈が確認できたことで少し安堵する。とは言っても、傷の治療をした方がいいことにはかわりはない。女性の首元と足に手を伸ばし少女ごと抱え上げた時、少女の方の指に光るものを見た。
「どういうことだよ。これは……」
少女の指にはまった指輪。そこに刻まれた紋章を見て、少年は顔を引きつらせた。
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