第3話 帝国兵装

 男は地面を割ったと思われる曲刀を肩に担ぐと少年たちを睨みつけた。少年のこめかみを冷たい汗がスーッと流れる。街に腐るほどいる荒れくれ者。彼らを黙らせる程度のことなら朝飯前だ。だが目の前でギラつく得物を持つ男は違う。地面を割るなどという人を超えた力。人の膂力を嘲笑う威力を誇る武器はただの武器ではない。


 「なぁ、あいつが持っている武器。あれ霊子兵装だな?」


 地面に降ろされた女性が少年の確認にすぐさま首肯する。


 「そうです。霊子兵装の一つ、帝国兵装です。並の武器ではとても敵わない」


 「ジンさん、お目当ての物が早速見つかったよって叫んだら取りに来てくれないかな」


 少年のぼやきが聞こえていないらしい女性は唇を噛み、長い睫毛で縁取られた目を閉じている。やがて意を決したように開くと、抱えていた少女を差し出してきた。少女は気絶しているのか、ピクリとも動かない。


 「何してんだ?」


 「たった今会ったばかりの方にお願いするのは心苦しいのですが、この方を連れて逃げていただけませんか? 本来ならば護衛である私が守り通すべきですが、傷の状態から考えて私ではとても奴には敵わない」


 「別に嫌味とかじゃないけど、普通会ったばかりの男に自分の護衛対象預けないと思うけどね」


 「消去法です。護衛として私ができるのは、それぐらいですから」


 「あっそ」


 自分はいいから少女だけ守ってくれないかと女性は言っているらしい。その作戦はこの場において最も成功率が高そうなものではあったが、


 「でも、ダメだ」


 少年はすぐさま首を横に振った。


 「なぜです!」


 「……そうしたいのは山々なんだけどな。逃げるのにはちょっと遅かったんだよな」


 言って、指を動かす。その方向を見た女性の瞳に絶望の色が浮かんだ。唯一の退路であった細道が、男の仲間と思われる見上げるほどの巨漢によって塞がれていたのだ。豊満な肉体が道にはまり込んだような光景はネズミ一匹でさえ通ることができそうにない。


 「逃げ道は塞がれた。抜け道なし。俺に魔術は使えないから上にも逃げられないか。なら……殺すしかないな」


 絶望の色に染まった瞳の隣で少年が小声で答えを出した時、曲刀の切っ先を彼らに向けた男が口を開いた。


 「諦めが悪いと思ったら、やはり仲間を呼んでいたか」


 頭までボロ布で巻かれているために目だけしか見えない。その目がすっと細くなり、猛禽類を思わせる眼光が放たれる。布越しでもわかる不敵な笑みが口元に浮かんだ。


 「そこのガキ」


 「ガキっていうのは俺のことか?」


 ガキ呼ばわりされた少年のこめかみがピクリと動くが、気にすることなく男は続ける。


 「そうだ。お前、貧民街の出身だな?」


 「だとしたらどうした?」


 「俺も貧民街の出身だ。別の街のだがな。同郷のよしみみたいなものだ。本来なら狩りを邪魔する奴は殺しているところだが、見逃してやる。とっとと立ち去れ」


 一拍の間。言われた内容が頭の中に染み込み、理解した少年の腹の底から笑いがこみ上げてきた。


 「何がおかしい?」


 「いや。悪い、悪い。まさか貧民街の出身だからって見逃してもらえるなんて思わなくてさ。っていうか、逃げ出すわけないじゃん」


 「…………」


 「あんただって分かるだろ? こんな場所で生まれてから今日まで生き抜いてきた奴が尻尾巻いて一度でも逃げたらどうなるかなんて」


 少年の口元に獰猛どうもうな笑みが浮かび、女性の目に光が戻ってくる。


 「残念だな」


 男が半身を引き、曲刀を構える。


 「今日までお前が生き抜くことができたのは偶然。その幸運も今日で終わりだ。相手と自分の力量を見極めることができないならば、どのみち長生きなどできないのだからなあッ!!!」


 男が地面を蹴りだすのと同時。流れるような動作で腰の鞘から引き抜いたナイフを手に、少年は切りかかった。


足元に積もった砂をものともしない身軽な動きで接近し、急所へ目がけて振り下ろす。首元を通り過ぎる曲刀と入れ替わるようにして、ナイフを繰り出した。


 「あきらめろ。そこの女もナイフで応戦しようとしてあのザマだ。帝国兵装にナイフごときで勝とうなど笑わせる」


 「分かってないのはあんたの方だよ。一流の武器でも使い手が三流なら武器も三流に成り下がるんだよ。逆も然りだ。それに……あの女性は守るために慣れない武器を使ったんだ。あんたがとやかく言う資格はない!」


 頭上から斜めに振るわれた曲刀を体さばきとナイフを使っていなし、切り込んだ。素早い身のこなしと残像さえ垣間見えるほどの突き。少年の大人顔負けの戦いぶりを見て、男は心の中で小さく拍手を送る。よくぞ、ナイフなどという凡庸ぼんような武器で己の帝国兵装に挑んできたと。


 「おいおい。さっきから避けてばかりじゃないか! 苦しいなら、あっちの道を塞いでいるハム野郎に加勢してもらったらどうだ?」


 挑発に対して男は顔色一つ変えることなく、鼻で笑った。圧倒的強者の立場にあるという考えからくる余裕の笑み。


 「必要ないな。獲物が全力で抵抗した後に、独力で殺すのが私の流儀だ」


 ナイフによる連撃の狭間を狙い、男が曲刀を突如振るった。


  (もらった!)


 地面を割るほどの威力を誇る武器だろうと当たらなければ問題ない。間合いと得物の長さから曲刀の軌道を予測した少年は右足を軸に大きく体をひねる。これで相手の刃は空を切り、がら空きの相手の体にナイフを突き立てる――はずだった。


 「っ!!」


 反撃に移ろうとしていた体を急停止し、後ろに大きく回避。相手との距離をとると、胸元に突然走った鋭い痛みに膝をついた。胸元を押さえた手の平を超えて広がる赤黒い液体。服の首元をつまんで体を見れば、女性が負っていた傷によく似たものがそこにあった。ズキズキと不快な痛みを与えてくる傷に、口から苛立ち混じりの舌打ちがこぼれる。


 (何でだ……刃は俺にかすりもしていないはずなのに)


 戸惑いと痛みに歪む少年の顔を見て、男の顔に喜びの色が広がる。そのまま威嚇するように何度も曲刀を振り回し――


 気付く。戦っている時には気付くことができなかった、男の周囲の違和感に。そして、なぜ巨漢の男が加勢に加わることができなかったのかに。少年はスッと目を細めると口を開いた。


 「地面を割るなんて荒技を最初に見せられたもんだから、それがあんたの帝国兵装の能力だって早とちりしてた。だけど違ったんだな」


 少年の言葉に、男は続きを促すように沈黙で答える。


 「えげつないな。本物の刃の後に、があるなんて聞いていないんだけどな」


 これほどの短い時間に己の帝国兵装の能力を見破られたのは初めてなのだろう。男の目が見開かれた。


 「これは驚いたな……この武器の秘密を暴いたのは貴様が初めてだ。知られたからには必ずここで殺すしかないがな!」


 振るわれた曲刀の軌道を後追いする不可視の刃に気がつけたのは、空中に舞い上がった砂が何かにぶつかるようにして不自然な動きをしていたからだ。だだっ広い荒野ならば、突如発生した風が漂う砂の動きを変えることは容易にあり得る。だが、ここは唯一の入り口を除けば四方を背の高い廃墟の残骸に囲まれた空間。


 風の局所発生が起きないのはもちろんのこと、強風が吹き込むことさえ年間で両手の指を使って余裕で数えられることは、何度もこの場所に足を運んだことのある少年だからこそ知っている。巨漢の男が加勢してこないのは、不可視の刃の間合いが曲刀を使っている本人しか分からないからとなれば、おかしな話ではない。


 (風の通る場所で戦っていたら、気付けなかったかもしれない)


 地の利がこちらに傾いていることを起点に、少年の頭の中で打開策が次々と考えられては却下されていく。正面から斬り合うのは難しい。得物の長さとしてはこちらが不利。


 ならば奇襲か――

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