5ー51

 そんな、昔の思い出の中に、父さんはまったく出てこない。

9歳まで一緒に暮らしていたけど、小さかったし、基本父さんは仕事が忙しく、家でゆっくりする時間はあまり無かった。

父さんとの思い出は、怒られたことくらいだった。


何年も父さんの声すら聞いていない。

そんな父さんの声を、25年ぶりで聞いた。


俺のスマホに、長野の家の電話番号から電話がかかってきた。

仕事中とかは、電源切ってたり、マネージャーさんにあずけちゃってたりだけど、ちょうどその時は、みんなで車で次の現場へ移動中だった。

ちょっと前にじいじが手術をして、病院に入院中だったから、その電話は ばあばがかけてきたんだと思った。

じいじに何かあったのか?

そんな風にドキッとして、慌てて電話に出た。

「ばあば?どうした?」

勢いよく放った俺の声に圧倒されたように、

「ぁ…………」

小さな声で、「あ」と言ったきり、沈黙だった。

でも、その「あ」が、ばあばじゃないことはわかったし、じいじでもない。

父さんか……と思った。

「なんだよ?」

ぶっきらぼうに言った。

「あ、桂吾、父さんだ……

定年になってな。長野の家に戻ってるんだ。

オヤジ入院してるしな。おふくろと、2人でいるよ。

3月に、長野でコンサートあるんだってな。

杏那ちゃんが一緒に見に行かないかって誘ってくれてな。いいかな?」

「なにが?」

「だから、見に行っても、いいか?」

「は?好きにしろよ」

そう言って電話を切った。

「なんだよ?今の会話!ばあちゃんじゃなかったんかよ?」

俺の隣りに座っていた悠弥が聞いてきた。

「オヤジだった」

「へ~~!オヤジさん、日本に帰って来てるんだ~!」

「会社 定年になって、長野の実家に戻ってるんだってさ」

俺は面倒くさそうに、そう言った。


「桂吾は~~、あれだな!反抗期ってやつだな!!」

前の席の大輝が、振り返って、そう言った。

「あ?反抗期?」

「アハハハ~!!露骨にムッとすんなよ!!

珍しいな~。

桂吾はさ、じじばばとずっと一緒にいたから、なんの反抗期もなくデカくなっちゃったわけじゃん!オヤジなんて、そもそもいないもんって感じでさ。

だいたいの男子はさ、中学、高校って、反抗期なわけ。

家で、オヤジとなんか 喋んね~もん!

なんか、偉そうに説教するし、勉強しろ!とか、ってゆうアンタはそんなに勉強したのかよ?とか思ったりするわけ。

なんか、上からモノを言うしさ、なんか、とにかく イライラするし、ムカつくし、だから、家に居ても、自分の部屋にいて、できるだけオヤジとは顔を合わせないようにとかしてたよ。

でもさ、いつからかな~。

酒飲むようになってからかな~。

働くようになってからかな~。

オヤジと一緒に飯食って、いろいろ話すようになった。

仕事の愚痴とか、バンドが楽しいとかな。

そうか、そうか、って話を聞いてくれて、頑張れ!とか励ましたりしてくれて。

なんかな~、いつの間にか、反抗期は終わってたんだ。

桂吾はさ、親父さんとずっと離れて暮らしてたから、未だにちゃんと反抗期が終わってね~んだな」

大輝にそう言われて、そうなのか……と思った。

父さんとは、別にケンカ別れした訳じゃない。

俺が勝手に、父さんに捨てられたと思って、俺を捨てたくせに、俺のことを心配してるみたいなフリして電話かけてくんじゃねーよ!!って、ムカついていただけだ。

今の今まで、ずっと。

離れてから、25年も。

これ、反抗期ってやつなのか?


「反抗期って言えばさ、うちの兄貴も親父と取っ組み合いのケンカしてたな。兄貴 高校の頃とか。その時は、オレ小学生だったからさ、普段冷静な兄貴が、なにをそんなにアツくなっちゃってんだよ?ってビックリしたし、親父もすげー怒鳴ってて、なんか引いたわ~。

おふくろは泣いてるし。アハハハ。

兄貴、大学生になって家から出てって、家ん中 平和になったってゆうか、兄貴とのことがあったからか、親父もオレにはあんま うるさいこと言わなかったな~。

だから、こう見えて、オレは反抗期もなかったけどな」

悠弥がそう言って笑った。


「うちはさ、俺5歳で父さん死んじゃってるからさ。

そうゆう父親との関係っての全然わかんないし。

母さんとずっと2人だったから、俺にとっての反抗期は、母さんに対してってことだけど、高校で吹奏楽部じゃなくて、軽音に入ったことと、大学進学しないで就職したことかな。

反対を押し切っても、自分自身で決断したってこと。

親に対して、親が望む道じゃないことを選んだことは、反抗と言うより、自立だったと思うんだけど。

だから桂吾の、お父さんに対しての感情が、反抗なのかはわからないけど。

死んでしまった人とは、どうにもならないけど、生きてる人となら、どうにでもなるんじゃないか?会って、ゆっくり話してみたらいいんじゃないのかな?」

と、瞬が言った。

「……そうだな。オヤジ、長野のライブに行ってもいいか?ってさ。

そんなこと初めて言われたけど」

「あぁ!いいじゃん!席用意してもらえよ!どうせなら、サプライズナイトじゃなくて、2日目のハジけた桂吾を見てもらえよ~!!」

と、悠弥が笑った。

「あぁ」


35にもなって、反抗期とか言われてんのも恥ずかしいし。

父さんとは、ちゃんと話してみた方がいいんだろうな。

定年か……いっぱい働いてきたんだな。

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