5ー53


 普通に、駅ビルへ入って行こうと思ってたけど、駅前でタクシー降りた瞬間から、

キャーーーーー!!!!って、目ざといファンに取り囲まれてしまった。

メッチャ写真撮られてる。

取り囲まれて歩きながら、スマホで店長に電話をかけた。

「店長ゴメン!下まで迎えに来て!うん、そう!わりー!うん、わかった。ゴメン!」


大勢引き連れながら、駅ビルの裏口の従業員出入り口に辿り着くと、守衛さんと店長がもう待っていてくれた。

「もう!桂吾!来るなら来るって、早めに言ってよ!!」

「ゴメ~ン。わ、風間さん、お久しぶりです」

「いやいや、須藤くん、私を覚えてくれてたの?

まぁ、とにかく入って入って。

すみません!!こちらは、従業員出入り口ですので、お引取り下さい!!

はい!こちらからは入れませんのでーー!!」

そう言って、守衛の風間さんが、人だかりを追い払ってくれた。

「風間さん、ありがとうございます」

「いや~、まさか須藤くんに会えると思わなかったよ~!!うちの娘と孫が須藤くんの大ファンでさ~、明日コンサートに行くって張り切ってたよ!今日、明日だっけ?

須藤くん、写真撮ってもいいかな~?」

そう言いながら、カメラのシャッターを押すゼスチャーをした。

「あ、どうぞ。ってか、サイン書きますよ!!色紙とかありますか?」

「え!ありがとう!!娘と孫にびっくりされるな!」

「これ、さっきの子たち、もう先回りしてお店に行ってるだろうね。さすがに、桂吾が行ったらパニックになっちゃうから、店行くのはやめといて。

風間さん、守衛室でちょっと話しさせてもらってもいいですか?」

と、店長が聞いた。

「どうぞ、どうぞ、従業員休憩室も、須藤くん行ったら、すごいことになっちゃいそうですしね」

「ありがとうございます。すみません」


店長の後ろについて中に入った。

守衛室は初めて入った。

バイトの時、いつも守衛室の前を通っていたけど、受け付けの小さな窓から、顔を覗かせている風間さんに挨拶して、通り過ぎるだけだった。

入ってみると意外に広かった。

畳敷きで、隅の方にコタツがあった。

まだ3月だし、コタツって、いかにも長野って感じがした。

ブーツを脱いで畳に上がり、コタツに足を入れて座った。

「まぁ、こっちはテレビとかで見てるから、久しぶりって感じもあんまりないし、桂吾が元気なのもわかってんだけど、顔出したの4年ぶり?

3年前かな、長野でライブあった時来るかな~って思ってたら来なかったじゃん!」

「あれね、会場Mウェーブだったからさ、リハ終わってから、あんま時間なくてムリだったわ。で、その日のうちに新潟へ行っちゃったからさ。

去年のライブは、長野じゃなくて松本だったしね。

今日は、ビッグハットだから、すぐ来れたんだけど」

「で?ゆきちゃんに会えた?」

「は!?なんで!?」

俺は前のめりで聞いた。

「昨日、ゆきちゃん店に来たから」

「えっ?」

「ゆきちゃん今、神奈川に住んでるんだけど、

毎年3月に帰省してくんの。子供の春休みに合わせて。

あっ、結婚したの知ってる?」

「あぁ。知ってる」

「じゃ、いっか。

お盆とか正月とかも長野に帰ってきたりするけど、ダンナさん一緒だから、あんまり自由には動けなくてって。春休みの時は、子供と帰って来て自分ち実家に泊まるんだって。

で、明日Realのライブ長野であるの知ってる?って聞いたら、知ってるって。

で、入り待ちしようかなって言っててさ。

桂吾に連絡取れるから、伝えとく?って聞いたら、それは いいって。

普通に待ってみたいって。

会えなきゃ会えないでいいんだって、そう言ってた」

「……なんで……」

「で?会えたの?」

「あぁ、会えたよ。

会えたってゆうか、見えたってゆうか、50メートル離れたフェンス越しにだけど」

「そっか、良かったじゃん!」

「うん。桂吾ありがとうって言ってた」

「あ、うん、そうなんじゃない?

こんなに好きでいてくれて、ありがとうってことでしょ。

Realの曲聴いてたら、桂吾がゆきちゃんのことどんだけ好きなのかって、すごい伝わるもん。

女の立場で言わせてもらえば、嬉しい気持ちと、その気持ちに応えられないから、ごめんなさいって気持ちと半々かもだけど、だから、ありがとうって言葉なんだろうね」

「その気持ちには応えられない……か……

やっぱ、ダメかな?

ダンナから取り返す、とかって」

「えっ!!それ、本気で言ってんの?

私、独身だから、偉そうなこと言えないけど、ゆきちゃん母親だから、ダンナどうこうより、子供とは引き離せないと思うよ。

桂吾は、ゆきちゃんのことが好きなだけで、子供まで愛せないでしょ?」

「……あはは、冗談!冗談だよ。

こうゆう話しできんの店長だけだから、ちょっと聞きたかっただけ。

昔も付き合ってたの?って聞かれたけど、あいつは俺に何の興味もなくて、同い年だってことも知らなかったくらいで……

だから、最初から、ずっと俺の片思いなんだ。

取り返すとか言っちゃったけど、そもそも俺のものじゃなかった。ハハハ!」

「桂吾が人気なのって、桂吾みたいにモテる男が、弱いとこ見せて、女々しい男の曲作り続けてるってところのギャップ萌えなんじゃない?」

「あはははは!!ギャップ萌え!!

俺ギャップ萌えキャラなの?それがウリなのかな~!あはははは!!」

「ゆきちゃんのこと、諦めろとは言わないけど、大切に思ってるなら、手は出さない方がいいんじゃない?」

「店長、ありがとう!俺も、そう思ってるよ」


風間さんが買ってきた色紙にサインをしたり、写真を撮ったりした。

そして、タクシーを呼んでもらって、会場に戻った。


 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る