5ー56

 ラスト3曲。

次の曲はYO・I・N

ギターを置いて、ピアノへ行こうとして、無意識に?

いや、意識的に?

彼女が座っているであろう場所を見てしまった。

普通の客じゃなくて、招待客なら、関係者席辺りに座っているんだろうと思っていた。

だから、始まってからずっと、1度もそこは見ないようにしていた。

彼女がそこにいる。

彼女が見ている。

彼女が聴いている。

なんて思ったら、なにかしら動揺してしまうかもしれないと思ったから。

気にしないように、あえて見ないでいた。

なのに、こんな最後の最後になって、彼女の姿を探してしまうなんて。

自分に呆れた。

そして、俺 目が悪いのに、こんな時に限って良く見えた。

はっきりと彼女の姿が。

どうせ見るなら、最初から見とけば良かった……

こんな、よりによって、YO・I・Nの前に目に入れてしまうとは……

心臓の高鳴りがスゴイ

心臓発作で突然死しちゃうんじゃないかってくらい。

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい


ピアノの椅子に座ると、インカムから龍聖の声が聞こえた。

「桂吾、大丈夫?落ち着いて」

優しい声が、スーっと耳に入った。

顔をあげると、メンバーみんな俺を見ていた。


俺はニコッと笑って

「モーマンタイ!」

と、答えた。


YO・I・Nは俺のピアノのソロから始まる。

両手をグーパーグーパーしてみた。

指の震えはない。

右手を胸に当ててみた。

高鳴っていた心臓も落ち着いた。

深呼吸した。

よし!!やるか!!

顔をあげ、みんなの顔をもう1度見て、頷いた。


ポーンと1音鳴らした。

それまで声援を送ったり、ザワザワしていた会場がシーンと静まり返った。

一瞬でこの世界から誰もいなくなったかのような、そんな感じ。

でも、彼女はそこにいる。

彼女の存在を感じながら、今は彼女の為だけに弾きたい。

龍聖の歌い出しまでのイントロダクション3分半。

俺のピアノは、瞬のピアノには敵わない。

だけど、間違えないで弾く80%のレベルに、

俺だけにしか出せない、柚希のことを想う

須藤桂吾の音を 精一杯に上乗せして弾いた。



初めておまえに逢ったあの日

可憐な白百合を見た気がした

長い髪

しなやかな細い指先

汚れない凛としたまなざし

おまえには近づけなかった

俺とは世界が違う

そう思った


寒い冬の海

初めておまえを抱きしめた

冷たい体をあたためあって

俺はおまえの寂しさを知った


傷ついているのか

傷つけているのか

癒しているのか

癒されているのか


何度も何度も唇を重ね

何度も何度も抱きあった


抱き合うほどに

俺は寂しくなったんだ

いつかおまえが

俺から去って行くのがわかっていたから


清らかな白百合を

俺の色に染めたかったが

最後までおまえは

心を触れさせてはくれなかったな


傷つけているのか

傷つけられたのか

壊したいのか

壊されたのか

壊れてしまったのか


何度も何度も唇を重ね

何度も何度も抱きあった


俺から離れてくおまえを

引き止めることは出来なかった

追いかけることも出来なかった

失って気づく


ただ今も

強く抱きしめた時の吐息が

余韻になる

ただ今も

強く抱きしめた時の早い鼓動が

余韻になる


何度も何度も何度も

おまえを

何度も何度も何度も

抱きしめた


何度も……

余韻が……

余韻が……



龍聖が歌い終わった。

天を仰ぎ目を閉じている。

この後、瞬のギターソロ、そして最後に俺のピアノ。

瞬のギターを聴きながら、俺はインカムで

「大輝!3分、時間くれないか?」

と言った。

「喋んのかよ?」

「歌いたい、ピアノ弾き語りで」

「弾き語り?」

悠弥がびっくりしたように言った。

その間に、最後のピアノ部分になったから、俺は弾き始めた。

「各部門 緊急、YO・I・Nあと、未来の希望的観測の間に、3分間 桂吾ピアノ弾き語り入れます。

ライトそのまま桂吾で、桂吾のマイクオンにして下さい。きっちり3分後、ドラム入ります」

了解

了解

了解

「桂吾!しっかり かたつけろよ!」

「了解!!」


YO・I・Nが終わり、本当は曲名通りに余韻をもたせなきゃいけないところだけど、深呼吸してすぐにピアノを弾き、歌い始めた。

俺が歌い始めると、ワァーーっとも、キャーーっとも言えない感じでざわついたが、すぐに静まった。

初めて歌う俺の歌を、みんながしっかりと聴いてくれようとしている。


Woo~~~~

LOVE LETTER  

ah~~~~

あの頃 伝えられなかった想いを書くよ

キミとは同い年だったけど 

オレの方がずっと大人のつもりでいたんだ

キミは本当に普通の子で

オレはキミより優位に立っていると思ってた

1年半

たったの1年半

だけど

いつの間にか優位に立っていたのはキミだった

オレから離れて行かないでって願ったけど

キミはオレのもとから去って行った

オレに残されたのは

たった1年半の思い出だけ

荒れてみたり 腐ってみたり 逃げ出してみたり

結局 元の場所に戻ってきた

キミの曲を作って

10年経ったよ

キミのお陰だと思ってる

キミに出会えてなかったら

オレはいつまでもフラフラしたヤツだったろう

キミのことを想うと

純粋で 穏やかで 清らかな気持ちになれるんだ

元々オレは

自信家で 傲慢で いい加減なヤツだった

そんなオレをキミが変えてくれたんだ

たったの1年半

だけど、たぶん、これ、一生忘れることないよ

LOVE LETTERなんて 書いたことないから

どうやって書くのかも よくわかんないし

だけど……

ね……

渡すこともできないから

すげー ズルいんだけど 歌にしちゃう

あの頃 ちゃんと伝えられなかったけど

本気で

本気で 好きだった

たった一度の恋だった

今ならそう思えるよ

キミに伝えたい言葉は

心から ありがとう



歌い終わって、立ち上がり 俺は笑顔で彼女を見た。

客席暗くてよくわかんないけど、彼女は笑っているようだった。

きっと、バカ桂吾!!って笑っているだろう。

それでいい。

笑い合うことが出来た。

神様 ありがとうございます!

彼女に会わせてくれて。

彼女に気持ちを、伝えさせてくれて。

本当に、ありがとうございます!



もう、会えるのはこれが最後かもしれないな。

俺は彼女の初めてを手に入れている。

もう、二度と会えなくても、俺の中に、ずっと彼女はいるんだ。

忘れることはないけれど、キミの幸せを祈りながら、俺も自分自身の幸せを探すよ。

キミじゃない誰かと、きっと幸せになってみせる。

なんか、できそうな気がするよ。


俺らが、心とカラダを求め合ったのは、ほんの短い間だった。

だから、こんなにもかけがえのない記憶になっているのだろうか。


《儚いから 美しい》


あぁ、そうだな。

キミがよく言っていた言葉


《儚いから 美しい》


やっと 少し わかる歳になってきたよ。



                  完

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REAL 2 彼方希弓 @kiyumikanata

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