5ー32

 今日は、龍聖と2人で写真集の撮影がある。

その前に、ちょっとだけ会社に寄った。

少し手直ししたい楽曲があって、グランドピアノを弾いてちょっと確かめたかったから。

龍聖も別の現場で仕事があったから、会社で待ちあわせして、一緒に撮影現場に行こうかって話していた。

スタジオでピアノを弾いてる所へ龍聖が入って来た。

「おつかれ!」

「あれっ?おつかれ~!だいぶ、予定より早いじゃん!」

時計を見た。

「えっ?あぁ。大体、俺一人の仕事の時なんて、予定より1時間は早く終わるよ。

ほぼほぼ喋んないから、さっさと終わっちゃう」

「それでOKなんだから、楽だよな~!!なんのCM撮りだっけ?」

「車」

「あぁ、外車のな!!」

「車に乗り降りして、車の名前を言っただけだし。あっという間に終わったよ。

ってか、俺 車の免許も持ってね〜けど、いいのかな?」

「いいだろ!運転しろって言われてる訳じゃないんだし。乗り降りしただけだろ?」

「あぁ。ハンドルも握ってね~わ」

「まぁ、イメージだからな!いいんじゃね!!

龍聖は、ほんと高級な物のイメージキャラクターになりやすいよな。車、時計、ジュエリー。ブランドのアンバサダーだっけ?」

「あぁ、ほとんど喋らなくていい仕事で助かるよ」


 ノックもせずに、ガチャッと雑にドアを開けて、受付スタッフの五和さんが顔を覗かせた。

この人は、良く言えば明るくて元気な人、悪く言えばガサツな人。

これでよく受付やってられんなぁ。

まぁ、可愛らしい子だけどな。


「あっ!良かった~!keigoさん!まだいらっしゃった!

アポないんですがって、keigoさんにお客さんお見えなんですけど。なかのゆきの夫って伝えて下さいって」

は??

「えっ?なんて?」

「アポないんですが、」

「なんて名乗ったって?」

「なかのゆきの夫って」

「…………」 

……中野柚希の夫……って?

「ってゆうか、誰ですか?なかのゆきって」

「元カノ」

「えっ?え~!こじれてる系ですか?不倫!!

不倫??」

大きな声で言って、最後の方はヒソヒソ話みたいに言った。

「あはははは!あの時は彼女独身だったから、不倫じゃないし、なんもこじれてないけどな。

どっか空いてる部屋、用意してもらえる?

会うわ!」

「なんかもめちゃうようなら、警備員呼びますし、サイアク警察に通報でもいいので!!」

「あはは!別にもめないから大丈夫だよ」

「桂吾、俺も一緒に行こうか?」

龍聖が心配そうな顔をした。

「いや、大丈夫。時間あるけど、もし、遅かったら、龍聖は先に次の現場に行っちゃって。あとから行くから」

「あぁ……了解」



俺を名指しで来て、“中野柚希の夫”って名乗ってるってことは、

知ってるってことだよな。

俺との関係を。


なんでだ?

探偵かなんか雇って調べたらわかんのか?

15年も前の話だぞ。


廊下を歩きながら、出来るだけ気持ちを落ち着かせるように深呼吸して歩いた。

“中野柚希の夫”を名乗る人を、お通ししてもらった部屋の前で、立ち止まり もう一度深く息をはいてノックした。


「はい」

中から男の声。


ドアを開け、目に入ったのは、見覚えのある顔だった。

「えっ?キミ!……後輩くん?」

「さすがですね!!お会いしたのはもう10年前ですけど、覚えててくれたなんて」

「後輩くんが、旦那さんに昇格したの?」

「あ、はい。一応」

照れたように髪をイジった。

「で?なに?自慢しに来た?」

「あ、いえ、たまたま通りかかって、あ!ルピアーノってここにあったんだ!って思って」

「そうなんだ!たまたまね!

ってか、普段 俺ここには居ないからさ。

デスクワークじゃね~から。

ほんと、俺もたまたま 居ただけでさ。

このタイミングでここで会えるって、かなりすげーんだけど。 彼女 元気?」

「はい!元気です!!」

「そりゃ良かった。

で、自慢じゃなきゃ、なに?迷惑だって文句言いに来た?」

「いえ、それも違います。あなたと話したくて」

「いいけど、長い話になるかな?俺、次の仕事あっから、30分くらいしか時間とれないけど」

「充分です。ありがとうございます」

立ったまま話してることにやっと気づいて、彼にソファをすすめた。

俺も彼の正面に座った。

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