世界を滅ぼすもの

 まるで巨大なカマキリにも似たその機械は、やはり蓮介たちを攻撃対象としているのであろう。その四つの足で強く地面を蹴ることで、勢いよく飛びかかってくる。しかし、家にも攻撃できることなく、計算通りだったのか、エネルギーシールドの前で止まる。


「構わず攻撃して来ようとはしないのか?」

「もししてきたらどうなると思う?」

 亜花と弥空の連続した問い。

「正直わからないが、止まったということはおそらく知ってはいるんだ」

 だが、その機械兵器シャミールは、単に止まっただけでなく、シールドを発生させている円柱もすぐさま壊そうとはしなかった。ただそれにすぐに気づきはした。だが、その手の一本で軽くなでるような仕草をしながら、すぐに壊そうとはしなかった。

「あれを壊せばいいって気づいてないのですか? それとも罠を疑ってるとか」

「さあ、だけ」

 ゆっくり考えさせてはくれなかった。そして答はほぼ明らかだ。そのシールドを壊したあとを、他に何があるかを確認していた。そしてそのシールド以外には大した障壁はないとわかったのだろう。シャミールはその手の一本の一撃により、円柱を破壊した。


「ひわっ」

「うっ」

 円柱破壊とともに予想どおり消えたエネルギーシールド。そしてさらに次の横振りの一撃で開いていた穴をさらに倍以上の大きさにしたシャミールの様子に、莉里奈と弥空は数歩退いた。

 さらに、一本の手の先が光る。

「れ」

 自分を勢いよく横に押すことで、放たれてきた光線を受けた蓮介の名を、莉里奈は呼べなかった。

 おそらく最悪ではないだろうとは思った。莉里奈としても、少なくとも亜花や弥空よりは、シャミールのおそらくエネルギーの細長い刃による攻撃を理解していた。その攻撃をそのまま普通に受けたならおそらく人の体は貫かれるはず。だが蓮介はそれに貫かれはせず、その勢いに押されるように吹っ飛ばされて壁に激突し、その後に自力でか、あるいは無意識にか、くねらせた体は光線の軌道を外れ、そのままそれは、やはり彼がぶつかった背後の壁を貫いてから消えた。

「うん」

 単に蓮介は、莉里奈をかばっただけでなく、同じくカラクリ師である彼女に武器を託していた。つまり特性クーホウを彼女の体に押し付けていた。

「ちっ」

「やあっ」

 蓮介がぶっ飛ばされた瞬間に、シャミールの方にすぐ近づき、亜花はクナイで、その背後に回り込みながらも、その機械の体の耐久力を確かめようとしているかのように、削るような攻撃を仕掛けていた。一方で弥空は真っ正面から、しかし全く未知の光る攻撃をしてくる腕には注意しながら、その刺付きの顔に刀の突きを食らわした。

「くっ」

「うわっと」

 直接的に攻撃してきた二人に対しシャミールは腕で対抗する。亜花には二本、弥空には一本。そして亜花は、その柔軟で素早い身のこなしと驚異的な反射神経により、素早い二本腕の攻撃を、数秒間はかわし続けたものの、さすがにそれを続けるのは無理だったのか、自ら距離をとった。ほぼ同時に弥空は、一本の腕の打撃を受けたのだが、お得意の相抜という技を使ったのか、ほんの少し押されただけみたいでもあった。

「こいつめ」

 仲間の忍者と侍。二人ともがその身体から離れた瞬間。

「くらえ」

 莉里奈は、蓮介から託された特性クーホウを、その機械に対して撃った。

 蓮介がそれで壁を破壊した時には、それでも出力を抑え気味だった。その時よりも数倍の圧力。莉里奈自身が、自分にはほとんど衝撃がなかった事を驚くほどの威力のはず。だがシャミールはそれをくらって、砂ぼこりを巻き上げながら、地の表面を十尺(3メートル)ほどの距離削っただけで、あまり損傷を受けた様子はなかった。

「うっ」

 再び光線を放とうと言うのだろう、腕の先の一つを向けてくる機械兵器に、莉里奈はさらにクーホウを連発することで、その動きを強引に封じ込めようとする。しかし損傷がないだけでなく、だんだんとその衝撃にも慣れていっているのはわかりやすかった。撃たれた時の動作が、撃たれるたびに小さくなっていた。

 そしてついには、地面を削らなくなったのとほぼ同じ瞬間、また、莉里奈の方へとそれは腕を向けてきた。

 また光線。今度は事前にかわす動きを取ることもできたろうが、莉里奈は意地でも攻撃を選んだ。選ぼうとした。

「ひやっ」

 何か警戒していたのか、単に使われる武器についての動作原理を勘違いしていたのか、シャミールは直接に莉里奈を狙うよりも先に、その攻撃武器の方を的確に狙った。最初のよりもとても細い光、それは莉里奈の持ったクーホウの、銃口からその内部に入って、貫きはせずに、しかしそれを粉々に破壊した。

 破片がその手を傷つけて、急激な痛みが走るが、そんなことよりも衝撃によって、体の均衡を崩し、膝をついてしまったのが今の状況では非常にまずかった。

「や」

 その巨体を飛び越えた亜花の上からの打撃、続く弥空の横からの打撃も、シャミールの、狙いを定めた腕の方向をずらせはしなかった。莉里奈はその光景を視覚的に捉えながら、はっきり悟ってしまってもいた。また光の剣がきて、そしてそれをかわせないだろうこと。

 死。死が迫る。亜花にも弥空にももうどうしようもないだろう。腕を攻撃してずらすどころか、彼らは残りの腕によって、またそれぞれ逆方向へと押し飛ばされてしまった。

 だがまたしても、兄弟子カラクリ師が彼女を守ってくれた。

 他の誰の意識にもなかったから、まるで突然現れたかのようだった。莉里奈の前に立ち、また彼女に放たれてきた光線を、蓮介は彼のシシが持っていた丸い鏡のようなもので受けた。そして今度は衝撃で飛ばされることもなく、光線はそれによって反射された。

 刃物で削ろうとしても、突き刺そうとしても、クーホウによる強力な圧力を与えても大した効果はなかったわけだが、そのまま返されてきた自分の攻撃に関しては違うようだった。跳ね返され、やや斜め上に傾いた直線光線はそのまま、シャミール自身の顔の刺の一本半分くらいと、腕の一本まるまる、球体の体の一部をちぎり飛ばす。


「~」

 その時にはじめて、かつてはともかく今は攻撃機能しか能がなさそうな機械兵器は、何かの音を出した。くぐもった声みたいだが、"祖カラクリ"を知る者からすると、複雑な機械が動作するときの独特の音のようでもあった。いずれにしても、それを擬音として表現することも難しいほどに、蓮介たちの誰も聞き取れなかったわけだが。

 部分的に表面が破壊されたために見えていた、内部は何か鉄の複雑な機構があるかのように見えるが、そこから目でも確認できるような稲妻がほとばしった時、シャミールは再び、光線を放つ腕を蓮介たちに向けた。構える腕の動きも遅くなっていたが、蓮介も莉里奈も油断はせず、それが光るかどうかに集中する。三度放たれた光線のどの時も、腕が光を放ち出してから、放出までに一秒ほどはあったから。

 だが四度目の光線はなかった。一本の腕を失い、一本の腕を蓮介たちの方に向けたまま、機械はその場で停止したようだった。


「これは、壊れたの?」

 まだ、すぐにでも再び動き出しそうな機械兵器に警戒しながら、それが広げた穴から家の外に出てきた蓮介に、ゆっくり近寄る弥空。

「私には、もう内部も動作してないように見えるのですけど、だけどあっさりすぎるような気がします」

 蓮介に続いて家から出てきた莉里奈。

 完全に停止したように見えるが、しかしこれで終わりと言うならあっさりすぎる。蓮介も同じ感想であった。

「もしこれで終わりじゃないなら、考えられるとしたら」

 考えてみたら、その可能性が一番高いかもしれない。

「短期間のエネルギーの使いすぎだ。それに予想外の反撃のための重要な回路の切断があったのかも。もしこいつの原動力源がジンギのようなものなら。だけど破壊した割合からしたら、接続構成もまだあるかも、いや、ないとおかしなくらいだ」

「もう少しわかりやすく説明してくれないか。つまりこいつは、確かに壊れたのか? それともこれは一時休憩か?」

 蓮介らの方でなく、機械の方に数歩近づいた亜花。

「全部でないけど、いくらかは壊れた。だけどこの停止は一時的だと思う」

 停止は一時的。

 別に気を緩めていたわけではないのだが、蓮介のその推測を聞いた途端に他の三人は、機械に対してまた身構える。

「だが、どうする?」と亜花。

「蓮介さん」

 莉里奈も、"祖カラクリ"ならともかく、それとは異なる外国由来の、古代テクノロジーの産物が相手となっては、はなから蓮介に頼るしかない。

「こいつのことはだいたいわかった。そしてここには、ここでだけ使える強力な武器もある。策がある、こいつは完全に破壊できると思う。上手くいけばだが」

 そして蓮介は、もう隣に来ていた弥空を見た。

「次に動き出した時が勝負だ」



 蓮介の策は単純なもので、説明には時間がかからず、用意もそれほどの時間はかからなかった。そして用意を終えてからさらに数百秒くらい後のことだ。再びその機械兵器が動き出したのは。


 実際の所、気づかれることがないのかはわからない。だが、隠れることにかけては達人であろう忍者の亜花が選んだ、近くの茂みに他の三人には隠れてもらって、蓮介は一人、家の屋根に立っていた。

 シャミールも警戒はしているようだが、一人目立つ彼の方へと少しずつ近づいてくる。

(やっぱり)

 その機械兵器は、自らの強みを完全にしっかりわかっている。つまりその驚くべき耐久力。実際問題、蓮介たちが放てる攻撃の中でも、クーホウの一撃は特別かなり強いものだろう。だがそれですら少し強引に動かす衝撃を与えれるにすぎない。ようするに何らかの罠にかけたりはできるかもしれないが、それを破壊することはできない。それに唯一損傷を与えることができたのは、反射したそれ自身のエネルギー攻撃のみ。そして蓮介は、それを跳ね返すものを持っている。

(撃ってこない)

 跳ね返されないという確信がない限りはそうだろう。だが逆に言えば、跳ね返されないと思ったのなら……


 蓮介のそれは機械を騙す見事な演技だった。

 急に速度をあげて飛び、蓮介の前にきたシャミールに対し、実は彼はもう一つ持っていた、しかし莉里奈に渡したものほどの威力はない、普通のクーホウを、腕の一本にくらわせ驚かせる。

「弥空」と合図の叫び。

 さらに横に逃げるような動作をするが、別の腕が迫っていたため、とっさに反射鏡を持っているシシでそれを受けようとする。そしてそれも予想通り、シャミールは、打撃攻撃よりも、その光線を跳ね返す厄介な鏡をどうにかすることを優先。シシの先を壊し、それを手放させる。

(頼む、上手くいけ)

 他に方法がないから仕方なくではあった。それはまた賭け。

 シャミールは、それに対する対抗策のなくなった蓮介を、すぐさま確実に殺そうと一本の腕を光らせる。蓮介はだが、光線が放たれるよりも先に、時間差での発射を素早く設定したクーホウを、シャミールの横へと投げていた。さらにはその一撃が放たれるほぼ同時に、屋根に亜花が仕掛けた、小爆弾により、蓮介たちの立っていた屋根は壊れる。


 残っていたクーホウに壊されたものほどの威力はない。だがシャミールも空中でなら、地上よりも小さな威力で動かすことができるだろう。だが吹き飛ばすだけでは、それは損傷も受けない。

 そこで弥空の出番。

重心突じゅうしんとつ)

 この少年侍の突き技は、衝撃のいくらかを相手にそのまま返すことができる。吹き飛ばされるシャミールの、光線を放つ腕だけを、ある程度狙った方向へとずらせる。


 そうしてシャミールの光線は、家を囲ったエネルギーシールドの、破壊された発生装置跡にも当たり、まだ発生回路自体は生きていたそれにエネルギーが供給されたことにより、即座にまたシールドがしばし発生。さらに、ちょうどそのシールドが発生する所に飛ばされていた機械兵器は、その半分くらいが粉々となった。


「あ、ありがとう、あんちゃん」

 技に全神経を集中させていたので、その後に体勢を崩し、地面に頭から落ちそうだったところを、フージンにより空中に留まる蓮介に止めてもらった弥空。

「いや、礼を言うのはこっち。お前に目を付けた俺の目に狂いはなかったよ」

 そして蓮介は、その技で見事に、予想以上といえるような働きをしてくれた少年と一緒に、また地に降りた。


「今度こそもう、やっつけた。ですよね?」と、まだ少し不安そうに、いくつかに別れたその機械兵器の残骸の周囲をゆっくり歩く莉里奈。

「ああ、さすがにもう大丈夫と思う」

 そう返しながら、蓮介は残骸から、家のエネルギーシールドの発生装置だった円柱を、そのまま小さくしたようなものを手に取った。

「それは何なんだ?」

 亜花がすぐ聞く。

「ジンギみたいなものだ。この機械兵器の動力源。だけど動作を一旦止めもしたのだから、ペルペトゥムモビレ(perpetuummobile)じゃないはず」

「ぺるぺともび?」

 弥空にはそう聞こえた。そして亜花も莉里奈もそんな名前は聞いたことがなかった。

「でもやっぱりそうか」

 しかし納得はしながら、仲間たちに理解してもらうには、それなりに長い説明が必要なことだったろう。

(やっぱりどこかの領域があるんだ。そこからエネルギーを取り出す方法がある。"祖カラクリ"の記録にある、この星のこれまでの長い時間も説明できる)

「何がやっぱりなのですか?」

「あ、ああ」

 莉里奈の問いかけに、我に返ったようでもあった蓮介。

「まあ、つまり」

 なるべく身近なものを使ったつもりではあるが、それでもまだ他の者たちには難しいだろう。だがまず、自分の理解を確かめる意味でも、蓮介は簡潔に語った。

「つまり太陽の謎についてだ。実は算術で確かめられるあれについての話はいろいろ奇妙なんだ。あれはこの星から見る見た目以上にとても大きいもの、だけどそれでも、これまでこの星の領域にあった長い時間、光を放ち続けられるだけのエネルギー容量があるわけがないんだ。でもあの光は恵みで、あれがなければこの星にこんな長い時間もなかった。この矛盾を解決するには、小さな領域に隠された莫大なエネルギーを想定するしかない。そしておそらく古代テクノロジーはそういうものを見つけていた。それでジンギや、これみたいな兵器機械を造ることができたのだと思う」


 そう、そういうことなのだろう。この星にはまだ何かがある。何か、今は誰も知らない未知のエネルギー領域があるのだろう。そして、古代に存在したある国家は、それを見つけ、利用すらしていた。そして……滅びた……

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