神殿騎士団の虫

 正確な始まりがいつかというのは、もはやわかりようもないだろうが、だが最も重要なきっかけという意味でなら一人、やはり一人、よく知られた名前を挙げられるだろう。つまり、神の子と呼ばれたユダヤ人イエス・キリスト。

 彼が"祖カラクリ"に相当するようなテクノロジーを持っていたかどうかは不明だが、ナイツテンプラの者たちは少なくとも、彼からその特別な力、特別な秘密を引き継いだのだと信じていた。


 イエス・キリストその人が処刑され、そして復活したとされる祝福されし聖なる街エルサレムは、古くから聖地としてヨーロッパの人たちに知られ、4世紀頃にはすでに一般的な巡礼ルートの案内書が出回ったりもしていた。

 だが7世紀頃に興り、急速にその勢力を拡大したイスラム教の軍隊が、「ジハード(聖戦)」と称して、キリスト教の影響下にあったパレスチナ、シリア、エジプトを次々と征服。そのままエルサレムも彼らの支配下に入って以降は、ヨーロッパのキリスト教徒たちが巡礼を行うことも難しくなった。

 9世紀には、初代神聖ローマ皇帝、フランク王カール大帝の尽力もあり、キリスト教徒もエルサレムを巡礼することがまた認められた。ところが969年頃に、エジプトのファーティマ朝が、エルサレムを手に入れてからは、また事態が変わる。特にファーティマ朝第六代カリフのハーキムは、徹底的な異教徒弾圧の方針をとり、キリストと関連深い施設の破壊すらも行った。もっとも、蓮介が読んだ調査記録資料によると、様々な奇行で知られたハーキムもまた、古代テクノロジーを継ぐ者であり、加えてその危険性をしっかり認識していた賢者でもあったようだから、実は破壊の真の目的は異教徒弾圧ではなく、武器になりうる何かの破壊だったのかもしれない。

 それはともかく、ハーキムが死んだ後には、また少し状況が変わる。1027年。東ローマ(ビザンチン帝国)との交渉の末、七代目カリフのアリ・アザイールは、教会再建の許可を出したから。

 しかし、本来予定されていた大規模な再建工事は、東ローマに対するセルジューク朝トルコの侵略により中断。

 イスラム教徒に対して負け続けの状況に、さらには巡礼者が襲われる事件も後を断たない。東ローマはヨーロッパの方のローマ教皇に救助を何度も要請した。そしてついに1095年、教皇ウルバヌス2世の聖地のレコンキスタ(再征服)の呼びかけに答える形で、後世に十字軍と呼ばれることになる軍隊が結成される運びとなったのだった。

 現実的には無謀な計画とされていたにも関わらず、第一回十字軍は1099年7月に、なんとエルサレムの奪還(?)に成功した。そして彼らはそこに、新しくエルサレム王国を築いた。

 しかしエルサレム王国に留まった兵士は少なく、そこまでの巡礼は、まだとても安全になったとは言えなかった。


 謎の人物ではあるが、少なくとも古来テクノロジーとの直接的な関わりはなかったはずのユーグ・ド・パイヤンが、仲間と共に「キリストの貧しき騎士団」を名乗る修道会を結成したのは1118年。修道士であるとともに、聖地を守護する騎士でもあった彼らの第一の使命は、巡礼者の道中の安全を守ること。

 彼らが「キリストとソロモン神殿の貧しき騎士団」、あるいは単に「神殿騎士団」、すなわちナイツテンプラと呼ばれるようになったのは、二代目エルサレム王ボードゥアン二世が、1119年に、当初は王宮として使われていた「丘の神殿」をパイヤンらに明け渡して以降。その丘の神殿こそ、実は古代テクノロジーをほぼ確実に継いでいた、古代エルサレムの知恵の王ソロモンが建てた大神殿の跡地なのだった。彼らが彼らの特殊なテクノロジーを得たのも、おそらくその場所。


 騎士団はその実用的な役割から、キリスト教社会においてとても人気で、彼らを支持する貴族からの給付金もよく集まり、その秘密のテクノロジーを利用するまでもなくどんどん裕福になっていった。しかしそのために、彼らを妬む者も増え始める。

 また、イスラム世界の激しい抵抗や、後続の十字軍の失敗なども重なり、エルサレム王国を含む多くの十字軍国家も、時とともに、どんどん縮小、消滅を余儀なくされた。それに合わせて、組織としてはかなり大きくなっていたナイツテンプラの内部でも分裂があり、例の秘密を知る者はいつまでもごく一部だった

 12世紀末に、エルサレムが、イスラム社会の英雄サラディンの手に堕ちた時、ナイツテンプラの総長はジェラルド・リドフォールという男だったが、実のところ彼は、すでにイスラム教に改宗したスパイであった。そして彼のために、騎士団の権威も一気に落ちることになってしまう。ナイツテンプラが第二の拠点に選んだ、第三回十字軍が征服したアッコンも、1291年にイスラム軍に陥落され、もはや巡礼者の護衛という役割も失ったナイツテンプラは、ついに聖地を去った。

 その後は、公式の記録の多くでは、ナイツテンプラは、巡礼者守護騎士団時代に彼らが稼ぎ隠していたとされる莫大な富を狙った、欲深い王族たちに無実の罪を着せられて、みな処刑されてしまったとされている。

 しかし結局、莫大な富などどこにも見つからなかったし、本当にそのような財宝がどこかに隠されていたのかどうかもまったくの謎だ。だが彼らがもっと別のもの、古代テクノロジーという強大な力を隠していたことはほぼ確かな事実である。14世紀初期、公式記録上における騎士団の末期の頃、その秘密を知る幾人かの生き残りの者たちは、当時はまだヨーロッパの者たちに知られていなかった、広大な海を挟んだ別の大陸、後にアメリカと呼ばれることになる大陸へと逃げ延びることに成功していた。

 アメリカ。あの若き大国が成立して以来、ヘルメスアカデミーと呼ばれる謎の組織が常に暗躍してきたことは、蓮介も知っていた。



「そのヘルメスアカデミーに、ナイツテンプラの生き残り、つまり"祖カラクリ"のような古代テクノロジーを知る者も関わっていたらしい。この家の調査人が調べたところによるとな」

 だが今重要なのは、ここから先の話。

「で、詳しい経緯はわからなかったが、なんとここにあるらしい」

 そうあったのだ。恐ろしいものが。しかし今の状況を打破できるかもしれない唯一の希望が。

「ソロモンの神の機械」



 歴史の妙と言うべきであろうか。ナイツテンプラの者たちが神と表したその古代機械は、それがもっとしっかり実用的に使われていた時代の、実際に残された記録(むしろ伝説)においては、悪魔とされていた。

 ソロモンは、ユダヤ人たちの古代国家イスラエルの3代目の王であるが、軍事的英雄として知られていた、父である前王ダビデに対し、知恵の王として知られていた。だが彼らが行ったという多くの改築計画には、単にとても賢かったからというだけではすませられないようなものもあった。

 そもそも、後にナイツテンプラが、その跡地を拠点にすることになるエルサレム大神殿からして、公式記録に書かれた話は、仮に彼が古代テクノロジーを有していたのだとしても、まだ驚きが消せないような話だ。外装部を徹底的に黄金で飾ったこの神殿は、ソロモン自身が受けたという神の命令のまま、七年で完成されたのだが、工事期間の間、神殿内部から何らかの作業を思わせる音を聞いた者は、ただの一人もいなかったのである。ソロモンはこの神殿建築に関して、カバラと呼ばれるユダヤ秘術により従えた、悪魔たちの技を利用したともされているが、実際のところはやはり、そのいくらかがナイツテンプラに引き継がれることになる古代テクノロジーを用いたのであろう。

 ナイツテンプラは、ソロモンが利用したものがシャミールと呼ばれる機械であると確信していたという。その巨大な機械の原動力は召喚された大悪魔のエネルギーである、とソロモンの時代には噂されていたが、ナイツテンプラの者たちはもっと現実的な視点で、その機械を古代に失われた神の秘技によってのみ作ることができる究極の機械、つまり機械の神だと考えた。



「シャミール。神の機械カラクリはこの近くにある。どうやってそれを持って来たかの記録は曖昧だったけど、ただ、今それは停止していて、起動させなければ何の危険もないらしい。ここのやつはそれを起動する方法を知ってたけど、停止する方法を知らなかったから。結局は放置するしかなかったらしい」

「つまり、そのカラクリを起動させて、私たちを閉じ込めるエネルギーシールドとやらを破壊してもらうという訳か?」

 だが、そこまではわかったものの、いやわかったからこそ、亜花としてはまったく別の疑問があった。

「だが、そんなこと可能なのか? お前から聞いた説明では、これを破れるのはお前たちのカラクリでも無理なのだろう。そのカラクリはお前たちのもの以上のものなのか?」

「そのシャミールというのがどんなものであっても、エネルギーシールドを直接的に破るのは無理だと思う。だけどシールドを作ってるエネルギーの供給源を破壊することはできるはずだ。実は」

 そこで一旦言葉を止めて、いつの間にやら家の外側を走らせていたらしいクモ形カラクリを窓から戻らせて、その背についた時計らしきものを確認した蓮介。それはいちいち説明しなかったが、彼は、目当てのものが発しているだろう熱を、カラクリクモが捉えた時刻と、そのカラクリクモの動く速度から、標的の位置を確認していた。

「探りは入れてたんだ」

 そして、見るより先に確認した、それがある方向の壁を、出力をかなり高めた特性のクーホウで撃ち、見事な穴を開けた蓮介。


「ジンギ?」

 穴から見えた、その、大人の腰くらいまでしかないだろう円柱を見て、莉里奈がまず口を開いた。

「近い類のものではあると思う」と蓮介。

「でも、やっぱり中からじゃ無理みたいだね」

 クーホウの衝撃で壊れた壁の破片がシールドにあたるや、やはり全て即座に燃え上がってしまった後の光景に、息をのんでいた弥空。だが、結局のところ燃やされはするものの、シールド自体はどうにか突破できるようなので、むしろ向こう側の地面に落ちた破片の火は、シールドに阻まれて家に移ることができないようにも見えていた。そしてそのすぐ向こうにある円柱。

「だが、阻まれてなかったとして壊せるのか? 私がお前たちの里に入った時は」

 そう、亜花はまさしく、里にあったジンギの機能停止を狙っていた訳だが、その依頼をした何者かから与えられていた対ジンギ用の特殊カラクリ、コトアマがなければ、その目的が達成されることはなかったろう。

「お前は言ったろう。破壊することはできないと」

「近い類とは言ったけど、同じものじゃないよ。俺が考えてる通りならエネルギー体をそのまま放出できるような構造なら、ジンギとは別のものでもあるはず。おそらく、かなり脆くもある、あっちに比べれば。普通に強い衝撃で壊せるものと思う」

「蓮介さん、そのシャミールとかいうの、起動する方法だけがわかると言いましたよね。だけどそれを止めることができないのだとして、それほどに危険なものでもあるんですか? 強大な力を持っているとしても、所詮はカラクリでしかないんでしょう?」

「所詮はカラクリだから、与えられた命令を忠実にこなすと思う。正確には起動と言うか、与えられる命令が一つだけ見つかっていたんだ。簡単に言うなら攻撃」

 ナイツテンプラが、実際に敵対していたイスラム教の勢力に対しそれを投入したかはわからない。だが彼らにとって、その一番の用途は、間違いなく兵器としての機能だったらしかった。

「賀陽親王よりも以前からあって、今も残ってるカラクリ兵器。そして俺たちよりもそれに詳しいだろう調査人が、里に報告するのも危険だと判断したくらいの兵器」

 しかし、それほどに強力な兵器だと言うなら……

「おそらく起動させる際に、攻撃目標をここにいる俺たちにすることができる。だが、エネルギーシールドを突破しなければならないとなると、まずはその発生源を破壊するはずだ。そういう動きができるように作られてるものだから」

あんちゃん、でも、攻撃目標て、別においらたちじゃなくても、その壊してほしいものにしたらよくないの?」

 弥空だけでなく、その疑問は亜花も、莉里奈も抱いていた。

「説明するのが難しいが、ただ、つまり、起動したやつと、その近くの人間たちを攻撃対象に設定するようになってるんだ。多分、勝手に起動される可能性を考えてのことだと思うけど。まあ何の理由にせよ、攻撃目標を変える方法も資料にはなかった。だから、ここをそれに破壊させるなら、それと戦うしかない」

「逃げられないのか? 逃げれば」

「いや」

 亜花の言葉を遮り、さらに、蓮介は戦いを避けられない理由を続けた。

「これは"祖カラクリ"と同じ、もう失われたはずの強大な力の産物なんだ。それも兵器。おそらく、ここで壊すか、あるいは目的を達成させるかしないと、俺たちを追ってどこまでも来るはずだ、邪魔なものを全てどかしながら。そんなことだけは絶対に許す訳にいかない。例え俺たち全員が死んでも」

 そういう訳だ。恐ろしい兵器を自分たちのために起動させたなら、自分たちでどうにかする責任がある。

「だからはっきり決めてくれ。これを起動させて俺たちの任務、いや旅を続けるなら、この神の機械と戦って、ここで生きるか死ぬかだ。俺はまだ先に進みたい。だけど、さっきも言ったけどお前たちに無理強いする気はない。一緒に戦ってくれるか、お前たちがそれぞれに決めてくれ」

「私は」

 蓮介にとっては意外であったが、即座に、一番初めに返事を返してきたのは莉里奈だった。

「これでもあなたと同じ、隠れ里のカラクリ師です。幻の神の機械と直接に関われる機会を逃したくない気持ちもあります。あなたが行くなら一緒に行きます」

「おいらも」

 続いて弥空が言った。

「こういうのではなかったろうけど、あんちゃんたちみたいな人たちの護衛を引き受けた時点で、危険だってすごく覚悟してる。だから、おいらも戦っていいなら、試してみるよ」

 そして残るは亜花だけになったが、彼はすぐには何か言おうとしなかった。迷っているというよりは、何か別のことを考えすぎているような感じでもあったが。

「蓮介、一つだけ聞きたい」

「何?」

「この旅を終わったとしたら、もしそうしたら後は、私たちはどうすればいい」

「その場合はもうただ解散。何かしろってより、好きにしたらいいさ、それぞれに。お前たち三人とも、元々この任務と関わりはなかったんだから、何か罰があったりとか、そういうことも確実にない。亜花、お前も、この任務に俺が使おうと決めた時点で、里の方に根回しもしておいたから、今後、お前から里に関わらない限りは自由だよ」

「それなら」

 おそらく忍者としての決まりごとに関係しているのだろう。蓮介の答を聞き、彼もはっきり決意を固めたようだった。

「私もお前に命を預ける。神だかカラクリ兵器だか知らないが、一緒に戦えというなら戦おう、最期までな」

「ありがとう、三人共」

 蓮介としては、できることなら、どれほどの危険があるかも関係なく、この任務を続けたかったから、まずは礼を言った。

「それじゃ」

 そして本棚から、一つの巻物のようなものを取った蓮介。

「ここから、今から起動させる」

 その方法とは実に簡単、その巻物のような停止装置を壊せばいいだけ。

「祈る神がいるなら祈っとけ。もし負けてしまうなら、そういうことをする暇もないと思うから」


 シシで一発叩きつけただけ。それで巻物停止装置はあっさり壊れた。そして数秒だけの後。

「今の、何?」と莉里奈。

 何か大きなものが降ってきたためと思われる音に、彼女だけでなく、全員がびくりとしていた。

「どうやってか、空に隠してたのか?」

 蓮介としてもかなり予想外のようだった。

 窓からも穴からでも確認できた、確かに空から降ってきたのだと思われる巨大な箱。そして、それは箱から出てくるのでなく、素早く箱が変形することで現れた。

 それは予想通りだ。それが現れることだけは。

 大きさはおそらく人が数人分くらい。丸い体を支える、細く見える四足。長めに見える首に、体と同じように丸いだけでなく、いくらか刺が付いているような顔(?)。その首の途中に付いているらしい、先の半分ほどが半透明な三本の手。

 シャミール。ソロモン王の従えた悪魔。神殿の騎士団が神と崇めた機械兵器。

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