第四章・ソラクニノ秘密

陰謀

 嘉永五年二月三十日(1852年3月20日)


(時期があまりにもうまくいきすぎている)

 隠れ里の外のことについては息子よりもおそらく詳しくない。しかし隠れ里のことも、"祖カラクリ"に関することも、蓮介よりもずっと詳しいだろう雪菜。

 蓮介たちが、エネルギーシールドの罠や、シャミールの戦いを切り抜けてから二日が経った頃。忍の隠れ道の、以前には調査人が隠れ家として使っていたのだろうその跡地に、彼女はいた。


 隠れ里の三人の長は、たいていずっと里の中にいると思っている者は多い。しかし、少なくとも雪菜はよく外に出ている。息子の蓮介も知らないことだが、外に、何のカラクリ仕掛けもない家すら持っている。


神気しんき障壁カラクリに……)

 半壊した家の周囲を調べ、息子の方はエネルギーシールドと呼んでいた、その機構を悟る。この世界の全ての物質操る糸、 息子がエネルギーと呼んでいるそれを、母は神気と呼んでいる。

(これは……)

 隠れ里の他に、古代テクノロジーを受け継ぐ者たち。そういう存在を知ってはいる。だが破壊されたシャミールの残骸を見ても、それがどういうものか、雪菜はすぐには想像もできなかった。


「それって、空国の?」

 雪菜の後からその場にやってきて、まずその謎の残骸が目についたようだった由梨。

「他国のものではあるだろう。ここはおそらく調査人の隠れ家だった」

 少し前にここでいったい何があったのか、雪菜にはだんだんと推測がついてきていた。


 隠れ里では今、"祖カラクリ"の未来を巡っての戦いが起きつつある。だがそれは、単純な二つの相容れぬ勢力同士の戦いというわけではない。実際の事情はもっと複雑だ。隠れ里の三人の長からして、すでに三つ巴状態なのであるし、特に"祖カラクリ"を捨てるべきではないと考える多くの者たちの、意見の違いはかなり大きい。つまり、誰がどこまでを独占するのか。

 雪菜は、大きな野心を持っている者。蓮介もそうだと考えていた。彼女は隠れ里そのものにそれほど愛着を持っていたわけではなく、"祖カラクリ"という驚異的なテクノロジーそのものに魅せられていると。それを恐ろしいものと理解しながらも欲しているのだと。つまり彼女は、自分の手にそれを独占しようとしていると。

 しかし実のところ、彼女の考えは息子に近い。だが息子よりもずっと、それがもたらす未来について悲観的だった……


「雪菜さん、何を考えてます?」

 蓮介より外の世界を知らない。雪菜より"祖カラクリ"のことを知らない。 しかしなんとなく怖かった。怖かったけど、由梨は聞いた。

「海燕は、空国の遺跡に蓮介を向かわせた。おそらく目的は何かの兵器の破壊だろう」

 彼は放棄派のはずだった。"祖カラクリ"を捨てたがっている。本人から聞いたことはないが、彼はそれを、いつまでも背負いきれるものではない重荷のように考えていると、雪菜は感じていた。だとすると臆病な男だとも思う。これは人という生物が造る武器、それ以上の何かではない。誰か特別に選ばれた者が持つようなものでなく、ただ戦いに勝とうとする者が選ぶものだ。

「伽留羅はそれを邪魔しようと、ここに罠を仕掛けた。海燕が使える駒の中で、蓮介が一番厄介だとあれは考えてるのだと思う。私があれの立場でもそう考える」

 母としての贔屓目などではないだろう。調査人カラクリ師というのは、里の防衛のために仕方なく存在が許されているような厄介な連中だが、その中でも彼は特別だ。人の理解も技術も急加速した世界に、その素直な心で直接に触れすぎてしまった。誰よりもテクノロジーに恐怖する者。それはテクノロジーを利用しようとする者たちにとって最大の敵になりうる。


「危険な賭けではあったと思うけど、おそらくはここの調査人が隠していた戦闘兵器を作動させた。それで神気の障壁を」

「しんき、ジンギ?」

 由梨は違う言葉でも、 直接的に利用可能なエネルギーなんてものを知らない。

「由梨、わたしはあなたを信用してる」

 だからこそ雪菜は、彼女を一緒に連れてきていたのだから。

「あなたに頼みがある」


ーー 


「雪菜に蓮介が殺せるはずがない、と私は考えている。だからこそ彼を選んだ」

 海燕は隠れ里にいた。だがカラクリ仕掛けの街からは少し離れた施設に、長ではない誰かと二人だけで。

「伽留羅の罠だけが心配だが、それに関しては彼を信じるしかないだろう。あれがエネルギーテクノロジーを隠し持っていたのは予想外だったが、幸いにして蓮介には、それに関する知識もあるはずだ。彼が恐れていたことの一つだからな」

 もう一人は何も言葉を返そうとしない。

「今度はうまくいくだろう。いや、うまくいくようにするしかない。どう転ぶにしても、隠れ里自体はもう長くないだろうから。それに雪菜、あの女だけはやはり危険だ」

「隠れ里の状況自体は好都合だよ。ここがおそらく最後だろうから」

 彼はようやくそれだけ答えた。もう死んでいるはずの彼のその声は 、生きていたはずの頃よりもくぐもっている感じだった。


ーー


 嘉永五年閏二月一日(1852年3月21日)


 蓮介達が蝦夷地に着いたのは、エネルギーシールドの罠や、シャミールの戦いより、さらに三日後の早朝だった。日本の最北から蝦夷地までの海の隔たりには忍の隠れ道はなかったが、亜花は、彼の仲間が用意したという船を使わせてくれた。

「さっむい」

 他に人気はない小さな港にその足をつけるや、莉里奈は体を震わせた。

「亜花、もう隠れ道はいい。蝦夷に着いてからの空国までの道はもう調べてあるから」

 最後に船を降りてきた彼に、蓮介は告げた。

「案内は終わりか。なら私はお役御免か?」

「まだ協力してくれると言うなら助かるけど。でも悪いけど、お前がどうするにしろ、約束はかなり後になると思う。いや、守れないかも」

「ここまでは来たが、考えていたほど簡単ではなかった。お前は死んでしまうかもしれない、そういうことだな?」

 亜花の冷静な推測に、莉里奈と弥空の方がゾッとさせられる。

「ただ考えていたより敵が力を持っていたってだけじゃない。何か嫌な予感がする。奇妙な感じが、俺は利用されているだけなのかも知れない、何かに」

 自分の不安をなるべくそのまま伝わるようにと、蓮介は慎重に言葉を選んだ。

「なら私は、お前自身が私との約束を果たせるようになるまで、一緒に行くことにしよう。 私は忍としては出来損ないなのかもしれないな、感情を捨てられない。憎しみの気持ちも」

 そもそも自分を利用した何者かに対する怒り。それも亜花にとっては戦いの理由になるようだった。

「それなら正解かもな。実際、その何者かと俺たちが戦うことになる可能性も結構あると思う」

 それにたとえ危険はあっても、蓮介の味方であるなら、それは逆に彼も味方になってくれるということでもある。そういうところもしっかり計算してのことだろうと、蓮介は推測していた。

「何にせよ、一緒に来てくれるならありがたいよ」

 それは確かなこと。


「二人も」

 亜花との話を終えた後、残り二人の仲間を順に見た蓮介。

「どうも考えてたよりずっと厄介な任務。キホーがどんな兵器なのか、空国遺跡が今どういう状況なのか、 何が重要なのかもよくわかってないから、とにかく少しずつ探りをいれていくしかないとも思う。でもそれが危険だ」

 どうしても嫌になっていたらもうこの先はついてこなくてもいい。と直接はそう言わなかったが、蓮介の目は口ほどにものを言っていた。

「ま、まあどうせ、どのみち私は必要でしょう。だって門を開くにはカラクリ師が二人必要なんだから」

「おいらも行くぜ。あんちゃんたち、あの前の虫機械との戦いでだって、おいら役に立ったろ。それに守ると約束した。それなら絶対に守る、それがおいらの道だし」

「助かる」

 本当に本心から、蓮介は二人にも感謝した。

「でもそれなら」

 絶対に伝えておいた方がよいだろう。

「それはあまり高い可能性ではないだろうけど」

 だがはっきり考えられる、いくつかのこと。

「戦を覚悟しとけ」

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