隠れ里

 稼働可能なものとして、現在は二八知られている"ギタイセン"の内、蓮介が使っている"スズウラマル"は、彼の母であり、隠れ里の三人の長の一人でもある雪菜が造ったもの。ギタイセンの中でもかなり最新型といえるもので多機能である。

 与那国島近くの、綺麗に削り取っている岩の遺跡のような、隠れ里への入り口のすぐ上の水域に来た時、スズウラマルは透明になっていた。それは、少し離れた場所に飛んでいる、やや大きな虫のようなカラクリ"メイサイムシ"が有する光の操作機能を利用する、透明化による。メイサイムシだけは隠せないが、近くでよく見ないと、それが実は機械であると気づかれることもないだろうから、あまり問題はない。また透明化されるのはあくまでも船だけなので、和船状態の時、外からの見かけ以上に広いとされるその内部に蓮介は入っている。

 

「着いたので?」

 一緒に船の中にいたが、座って寝ていた男が、まだ眠たそうに大口を開けながら聞いてくる。

雪菜の両親の代から仕えているらしいが、少なくとも見た目は、まだ老人という感じでもない、使用人の紅葉こうよう。彼は様々な外国語に長けている通訳係でもある。

「今ちょうど入り口だ」

 別に彼もわかっていることなので、一瞬、結構揺れるとか、蓮介も言わない。


 スズウラマルは透明状態だった訳だが、もしその時透明でなかったとしても、外から見る者には、その船体が突然消えたように見えただろう。それほど速く、ただの海底の石段に見える出入り口は回転し、スズウラマルをその下に続く隠れ里へのトンネルに引き入れる。


 石段入口のすぐ下は、地下とは思えないほどに明るい、もう水はない道。

 透明化を解除した時には、スズウラマルはもう陸を歩くための、太い六足を生やした形状になっていて、蜘蛛のようにゆっくりと進みだす。徐々に徐々に、並の人間が全速力で走るくらいだろう速度にまで加速する。

 少しして見えてきた、何らかの合金で造られたものだと思われる、果てが見えないような長い道の地面に設置された、平行に二つ並ぶ"ロセン"と呼ばれる軌道。それは"ロセンシャ"という、カラクリの乗り物が走るための専用の道。スズウラマルも足は引っ込め、代わりにロセンに下の方をくっつける。ようするにロセンシャ形態に変形する。


 その変形機能も実に見事なもので、内部にいる者からしたら、やはり少し揺れるくらい。

「やっぱり似てますよねえ」

「そうだな」

 言われるまでもない。紅葉が似ているといったのは、つまりロコモティブのこと。ほんの五十年くらい前にイギリスで発明された、蒸気機関を動力とする乗り物。確かにそれはロセンシャとよく似ている。

「よく似てる」

 だが性能に関しては、こちらの方が圧倒的に上だろう。耐久性も安全性も。ただし、高速な部分変形の繰り返しと、圧縮空気による加速を組み合わせた、この"祖カラクリ"の傑作は、"祖カラクリ"の乗り物としてはあまり速くなかったりする。最大速度に関しては、ロコモティブと大して変わらないかもしれない。

「そのうちきっと、見た目だけでもなくなる」

「ロコモティブ(Locomotive)は、このロセンシャになるってことですか?」

「そうはならない。でも性能は追いつく。前に、アンペールやファラデーの研究のこと話したろ」

「エレクトリック(Electric)ですか?」

「エレクトリックとマグネティック(Magnetic)は交互に絡み合うフィールド(field)として考えることができる。それにエレクトロモーター(Electric motor)、強力なエレキテルだな。あれが発生させる力を、誘導したエレクトリックの流れを使って熱に変えられると」

「ああ、待って、待ってください」

 紅葉は、小難しいサイエンスや、テクノロジーの話は苦手だった。彼は、本当にただの通訳係。

「とにかく、ようするにエレクトリックの乗り物が、そのうち我らのカラクリみたいな機能も発揮するだろうってことですよね」

「肝心な部分だけ言うなら、エネルギー(Energy)を見つけたことだ。 見つけた以上、おそらく利用もできるようになる。それはきっとジンギみたいなものだ。あれだって"空人そらびと"が造ったもの」

 空人とは、ジンギを日本列島に残した、神代の頃のカラクリ師たちを指す名称の一つ。

「空人も人間だった、はずだ」

「しかしそれなら、妙じゃないですか? あなたたち怖がってるんでしょう。その、欧米諸国むこうの技術が、こちらを脅かすほどになること。けど、なったからって、それがジンギや祖カラクリなら、それはようやく互角ってわけでしょう。それほど怖がることでは」

 紅葉のその疑問には、蓮介はもう答えなかった。紅葉の方も、別にしつこく聞いたりはしない。 そもそも二人の間の信頼関係はそこまで強固なわけではない。互いにあえて伝えていない情報も多く、それをお互いに知ってもいる。


 そして、ロセンシャとなったスズウラマルが、カラクリ隠れ里、唐栗国の国境とも言える、黄色い巨大な輪をくぐり抜けたのは、走り初めてからちょうど一時間後くらいの事だった。


ーー


 見渡す限り、巨大なゼンマイや歯車を駆使した、特に機能的な意味はなさそうな巨大木製惑星儀や、龍や鳳凰などをかたどったカラクリ。そういうカラクリ群が、地上のそれらと同じような見かけである、城のような建物と建ち並んでいる光景。

 人々に紛れて、まるで意志を持っているかのように奇妙な言葉を発し、複数機で語り合っていたり、笛や琴で音楽を奏でていたりするカラクリ人形たち。本当に人のように、同じカラクリ人形を使った芸を披露している者すらいる。

 外の世界しか知らぬ者が初めて来たら、まるで夢の中にでも迷い込んだと思うだろう。そこはまさしく、カラクリ隠れ里。

 

 そこだけ、港と呼ぶためだけに水域になっているようなところに、スズウラマルを着けると、蓮介は降りて、今回は一緒に降りた紅葉ともすぐ別れる。

 結構様々な高さに、道がいりくんでたりもするが、飛び降りれそうな所もかなりある。一番下はすべて海なのだが、それがどのくらいの深さなのか蓮介は知らない。

 隠れ里は常に改良が成されているから、帰ってくるのがもう三年ぶりである蓮介には、見慣れない光景も多い。というか、ずっと隠れ里ここで暮らしている者たちに比べると、彼は明らかに慣れていない。定期的に不規則に動いたりもする道に、たまにこけそうになったりもする。


「まるでここが初めてみたいだね」

「ああ、俺は正直、もう外の暮らしの方がいいよ」

 からかうように話しかけて来る友人のカラクリ師、麻央まおに、不機嫌そうな声を返す蓮介。

「あの口の悪い使用人は?」

 麻央は別に親しい友人というわけではないが、 隠れ里での家が近所であり、かつ(彼の実年齢は不明なのだが)歳が近いらしいということもあって、昔から蓮介に対して妙に馴れ馴れしい。

「知らないよ、家にいったんじゃない。それより、お前何か用か?」

 あまり相手をしたくないという気持ちが、その表情によく現れていた蓮介。

「いや、お前が帰って来るって聞いたからさ。お前のことだから、またすぐ出ていくだろうなと思って。用があるなら、できるだけ早く伝えた方がいいだろ」

「で、その用って何?」

「用というより質問だね。実は、お前がどちら側かを知りたいんだ」

 緩い空気の中で、麻央があっさりと告げたその言葉に、蓮介の方は、一気に緊張感を高めた。

「俺は」


 調査人である蓮介が知らないはずもない。進歩を加速させている 欧米諸国のテクノロジー。 日本近海でもその数を増している、アジア諸国を脅かす黒舟の群。狭くなりつつある世界。

 そんな状況の中で、カラクリ隠れ里は揺れている。その歴史の中で、初めての内戦の危機を迎えている。


「どっちつかずだ。別に迷ってるわけでもない。どっちにつく気もない」


 隠れ里に関わる多くの者たちが、今、二つの派閥にはっきり分かれている。

 "祖カラクリ"をもう隠しきれないかもしれない。それだけならまだいいが、その恐ろしい武器になりうる力を奪われてしまうかもしれない。そんな危険があるのだから、もういっそのこと、それら全てを棄ててしまえばいいという、放棄派ほうきは

 一方で、もう一つは、そうならないように、今は自分たちだけのものである"祖カラクリ"を、まさしく武器として利用し、世界を支配すればいいという支配派しはいは


「俺は外の暮らしにも慣れてるし、どう転んでも大して変わらないでいれるから。それに、自分がそこまで生きてるつもりもない未来にだって興味ない。だからこれまで通り、俺はただ成り行きを見守るだけ」


 興味ないなんてはっきり嘘だ。しかし、どっちつかずというのは事実だった。

 蓮介は迷っていた。真っ二つに分かれた両派閥のどちらにも属していない多くのカラクリ師たちがそうであるように。


「やっぱりお前はそっか」

 麻央は聞いてはきたものの、自分の立場を明かすことはなかった。しかし彼は、どちら側にしてももう決めてはいるだろう。そんな印象は受けた。


「もう行くから」

 そして、蓮介は麻央ともさっさと別れた。

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