第一章・カラクリ隠れ里

几と祖

 カラクリと呼ばれる技術には、大まかに二種類がある。

 一つは、ゼンマイや歯車といった仕掛けで動く、 世間一般でもよく知られている"カラクリ"と呼ばれるもの。"几カラクリ"は、今や世界中の多くの地域でカラクリ(オートマタ)として普通に知られているものだが、その機構は、隠れ里がずっと隠してきた、もう一つのカラクリとも結局深く関連している。

 そのもう一つ、"カラクリ"の真の起源についてはかなり謎が多い。平安時代に発明されたとされているが、実際には、それは古代記録を手がかりに再開発されたのである。


 確かなことは、神代かみよと呼ばれる時代、あるいは(信じがたいことだが)さらに昔に存在していたある古代文明は、非常に高度な機械技術を有していた。しかし何らかの悲劇により彼らは滅びる。

 イザナギ、イザナミ、アマテラス、スサノオ、ツクヨミ。日本の神話の中で語られる創造の神々は、実は昔の日本列島に漂着した、大文明の生き残りの一族であり、偉大な発明家たち。そして彼らが生んだ、様々な自然現象を司る、子たる神々とは、彼らの開発した高度な機械カラクリたちであった。しかしその、最後の開発者一族も身内同士の対立のために滅びてしまう。 いくつかの貴重な資料文献と、後の"祖カラクリ"の核となった、"ジンギ"と呼ばれる原動機群を残して。

 なぜか破壊も分解も不可能とも言われるジンギ自体の原理に関しては諸説あるが、いまだに明確な答えは出ていない。しかしカラクリ師と呼ばれる機械屋たちにとって、それは大した問題ではなかった。重要なことは、非常に扱いやすく、その上で強力な動力源が残されていたこと。

 "祖カラクリ"技術を開発したのは、第五十代桓武かんむ天皇の皇子であった賀陽親王かやしんのうだったとされる。元々"几カラクリ"の優れた技師であった彼は、何人かの技術者仲間たちと一緒に、ジンギを原動機として用いた大規模なカラクリをいくつか造ったが、それが"祖カラクリ"の始まり。

 ただ最初の頃は、その技術により開発されたカラクリを上手くコントロールできないことも多く、仏の奇跡や、仙術、陰陽術のような神秘的現象と捉えられることも多かった。結果的にそれは幸運だったと言える。やがて"祖カラクリ"という技術は隠れ里に封じられ、その正統的な形を表の世界に登場させることはなくなったから。

 そして隠れ里が作られてからも、ずいぶん長い時間が経つ。


 その隠れ里、唐栗国の存在を知り、尚且つ外に行き来しながら暮らすカラクリ師たちは、当然、隠れ里の存在が外の者に悟られぬよう、常に警戒してきた。

 『調査人ちょうさにんカラクリ師』と呼ばれる者たちは、防衛の仕組みの一つである。彼らの仕事は、外の世界を渡り歩き、集めた情報、特に隠れ里にとって驚異となりうる情報を里に伝える事。里の防衛においてかなり重要な役割。


 ところで、江戸幕府が国外との多くの貿易経路を閉じてから久しいが、そうして世界の中で孤立したことも、隠れ里としては好都合なことであった。しかし、もちろん全ての国が日本に都合よく機能するものでもないし、"祖カラクリ"という特例を抜きにしても、技術発展競争が著しい時代の流れの中で、孤立状況などいつまでも続けられるわけもない。

 どのような優れたテクノロジーも必ず武器を生み出す。そして武器は争いを生み、争いは、限られた者たちだけが作る平和を許さない。弱肉強食のこの世界の中で……


 だからこそ、最近は特に国外、目覚ましい欧米諸国の経済や技術の発展に関して、多くの調査人が敏感であった。

 そんな訳で、半年に一回の義務である定期報告のために帰国して来た、調査人カラクリ師である秋吉蓮介が日本の地を踏んだのは、前回の報告時期以来。つまり半年ぶり。

 帰国から五日。隠れ里の三人の長の一人である母、雪菜の命令により、隠れ里にまで戻るのはもう三年ぶり。


ーー


 嘉永五年二月五日(1852年2月24日)。


 日の国より南の海域をこえて、蓮介は琉球りゅうきゅう王国を訪れていた。

 それは、しん国で「琉球三十六島」とも称されてきた列島の中でも、特に大きな島を本島としている、古くから日本と近しかった外国のひとつ。しかし南九州の方を拠点とする薩摩藩さつまはんによる、慶長けいちょう十四年(1609年)の琉球征伐以降は、実質的に日本の属国となっている。また、その北に日本と朝鮮、西に清、そして南の海域から東南アジアに繋がっているという地理的関係から、統一王朝初期の時代から中継貿易国として栄えてきたが、今はそのために、遠い外国においても厄介な関心を集めてしまっている。


 琉球本島南部の浮島、那覇なはの港に、一見は中型くらいの和船に見える自身の船を止めて、陸に足をつけた蓮介は、何も知らない人には、日本人の若い商人のように見えるだろう。小綺麗な笠に羽織はおりで着飾っていて、なかなか儲けてそうな感じだ。

 その姿だけを見ると、背中に背負っている木製らしき箱も、中に売り物の品が入っているだけのよう。しかし商品など入ってはいない。その箱は、ただそういう形を維持されているだけの、"ハコカタ"と呼ばれる、"祖カラクリ"の道具。


「やっ」

 背負っていたその|箱(ハコカタ)を船の中に投げ込んだ蓮介。


 ハコカタそれには様々な機能があるのだが、そのうちの一つが、離れた距離感での情報伝達。あらかじめ許可されていない者が、それが置かれている船に触れたり乗って来ようとした場合に、実は伝達情報受信機である蓮介の笠に連絡が送られてくるように設定されていた。

 その船というのも、正確には和船の形に変形している、"ギタイセン"と呼ばれるカラクリ船であり、どんな事情にせよ、関係ない者に近づかれることはあまり好ましくない訳である。

 一応船には留守番もいるのだが、蓮介は、あまり彼をあてにはしていない。


 琉球の島は寄り道。隠れ里への帰国を命じられた以上、目的地はさらに南の与那国島よなぐにじまだ。琉球というより、高砂国たかさごこくに近い島。

 昔の日本人が、昔の日本で開発した"祖カラクリ"だが、その技術を隠すための隠れ里への唯一の入り口は、日本の島でなく、与那国島近くの海底にある。昔は他にも入口があったのだが、国内外の情勢が変化していく中で、その最後の一つだけを除いて、他は完全に閉じられてしまっている。


 那覇に来た目的自体は、調査人としての仕事の一環である。元々蓮介は、今回の帰国に際してここには来るつもりだった。


ーー


 日本の戦国時代の頃。

 西洋諸国のその暴力的なアジア進出。清国より前にあり、その大陸領土を受け継がせることになったみん国がとっていた厳しい外交政策の緩和による大陸国家商人の台頭。もっと根本的に、 日本と明国の船舶技術の進歩もあった。

 とにかく、かつてはアジア世界において、貿易中継国家として栄えていた琉球王国は、日本において豊臣秀吉とよとみひでよしが天下統一を果たした頃には、もうかつての栄光などほとんど失われていた。

 薩摩藩の支配下に置かれてから、自国の資源も少なく、薩摩が要求する税に悩まされ、今となっては随分酷い状況だった。 結局のところ負担は、厳しい人頭税じんとうぜい(生活状況にかかわらず人一人ずつに必ず決められている税)という形で、宮古みやこ八重山やえやまといった、その他の島に押し付けられている。しかし比べたりせずに単独で見るなら、本島の方だってすでにかなり悲惨な状態だ。

 人々は貧乏で、そして最近は、港によく現れる外国船に不安をもたらされてもいる。


 港から、長虹堤ちょうこうていという、堤防と橋を繋げ造られた水上道路を渡った先の町の一軒家を蓮介は尋ねた。

 時の流れ、時代の異なる光景をいくつも見れるなら、人間の世界も随分奇妙なものだろう。周囲の他のに比べ、特に変わっているところもないその家に、かつて琉球の島に存在した国家の王の血筋の最後の者たちがいるなんて。


「蓮介」

「久しぶり、加奈かなねえ


 月に一度は手紙によって話をしてはいるが、直接会うのは五年ぶりくらいになる。蓮介にとっては三歳年上の姉のような存在である幼馴染み。

 彼女の名前の本当の発音はカナーだが、物心ついた時から蓮介がそう読んだことはおそらくない。

「えっと、嬉しいけど」

 最後に会った時とは違う。その時とは違って、彼女は泣かず、抱きついてもこなかった。

「何か、用があるのよね。きっと大事な」

「うん」


 やはり彼女もすでに知っているようだった。当然であろうが。


「マツガネじいさんは?」

 今、加奈と一緒に暮らしている、彼女の祖父で、かつては蓮介と同じように調査人カラクリ師であった老人。

「今出かけてるわ。おじいちゃんに話?」

「二人ともに一緒に聞いてほしい話がある、それにお願い事も。ただ、別にそれほど急ぎって訳でもないから、帰ってきてから話すよ」

「そっか、うん」


 笑顔。

 多分抑えきれずに浮かべたのだろう、ほんの一日くらい、数時間の間かもしれないけど、それでも直接、ただ好きな事を話せるような、そういう時間があるかもしれないから。そんな彼女の笑顔に、蓮介は少し胸を痛くする。

 彼女の気持ちを知っていて、だから自分から離れた過去をどうしても後悔しそうになる。


「それが最初にとても迫力があるんだ。以前はあまり使われてなかった楽器が使われてるらしいんだけど」

「でも、その曲を作った人は耳が聞こえなかったのよね。不思議ね」

「生前の彼のことを知ってる人から話を聞いたことあるんだけどさ……」

 本当に他愛もない話。だけど居心地がいいと蓮介は思う。そんな話ばかり本当にできたらいいのにとも思う。


「そういえば、前に訪ねてきたって隠れ里の人」

「その人ならその後も二回ほど来たわ。やっぱりあなたから連絡がきてるか聞いてくるから、嫁いでから後は、手紙でだって話してないって言ってやったわ」

「じゃあ三回もか。他には誰か来た?」

「えっと、実は次の手紙に書こうとしてたんだけど……」

 そうして話している内に、時間も過ぎる。


「蓮介か」

「久しぶりです」

 マツガネじいさんも戻ってきた。


「港の方に行くことはありますか?」

 二人が揃うや、蓮介はすぐ本題に入った。

「異国の船なら、私は見たことないわ」

「噂話ではよく聞くな」

 加奈はともかく、マツガネの答は、彼がすっかり隠居老人になったことを思わせる。

「今のままだと、正直もっと増えていくと思います」


 琉球の港でも、日本の港でも、本当に欧米諸国からの船はよく見られるようになった。そして蓮介はあの遠くの国、まだ独立100年も経っていない若き大国アメリカ合衆国のこともよく知っている。日本の開国を本格的に計画している国の中でも、最も恐ろしいと思える国。


「ここはきっと危険にもなります。琉球の島は資源的な価値もそれほどない。ここはいつか完全に日本になるかもしれないけど、どう転ぶにしても、どこかで見捨てられる土地でもあると思います」

「私たちにここを離れろと?」

 そうでないかとマツガネは考える。

「今のこの状況ではどこがいいとは言えないです。危険と言ったのは、俺たちが隠してるもののこと」

 つまり"祖カラクリ"。

「単刀直入に言います。中山王ちゅうざんおう義手カラクリ手を持ってるでしょう。あれを壊しに来たんです」


 そうと知られてはなくても、歴史の中にその名を残している隠れ里の関係者は多い。隠れ里に関する秘密を守り続ける限り、外に生きながら、"祖カラクリ"の恩恵を受けることを許される場合すらある。

 琉球島には三山さんざん時代という時期があった。島の北、中央、南をそれぞれ統治する、対立し合う三つの国家勢力があった頃。その中央の国の王であった中山王察度さっとには妹がいたのだが、マツガネや加奈はその妹の子孫。兄妹の母は隠れ里のカラクリ師であり、子孫の加奈らが隠れ里との関わりを有するのはそのため。

 察度自身も"祖カラクリ"と関わっている。ある時に毒蛇に左手を噛まれた彼は、毒が体中に回る前に自ら左手を切り落とした。この時に、臣下のカラクリ師が、自らの義手を王に捧げたのである。そして王のその遺産を、今はマツガネが隠し持っている。蓮介は、それを壊しに来たのだった。


「もうここで、あんな物を持ってるのは危険ですから」

 隠れ里ならともかく、普通の一軒家に住んでいる者が、家宝として保管していたりする"祖カラクリ"の品を、そのまま待たせておくのは現状では危険。

「自分が持っていく、のではなく壊すというのだな」

「だめですか?」

「いや、別にあれは私たちにとっても大した物ではない。ただ貴重な物であることに変わりはないだろう」

「どう転ぶにしても」

 加奈はわからないが、マツガネの方は、もうだいたいのことを察しているだろう。

「"祖カラクリ"はもうすぐ失われることになるでしょう」

 蓮介は、そんな答になってるのかもわからないような答を返しただけ。


ーー


 無用心なものだった。

 その気になれば破壊することはそんなに難しくないだろう、鍵付きの箱の中にそれはしまわれていた。それがなぜ機械カラクリなのだと気づかれなかったのかが(少なくともそうだと示唆する記録が残らなかったのが)今となっては不思議なくらいの、真っ黒い鉄製機構カラクリの手。

 蓮介は宣言通りに、隠し持っていた、小さなカナヅチのようにも見える衝撃波発生装置で、それを粉砕した。


「それではもう行きます」

 用事が済んでからも、少しばかり話をしたが、蓮介は決して長居をしようとはしなかった。

「蓮介」

 また笑顔だが、今は泣きそうな顔だった加奈。

「わがままは言わない。ただ」

 少しだけ年下の、大切な幼馴染のその頬に手を触れて、彼女はそれでも泣かないで言った。

「どう転んでもさ、私はあなたが死ぬのは嫌だよ」

「うん」

 蓮介はこの時、嘘をついたのかもしれない。

「安心して、俺は死なない」


 そんな言葉、嘘になるかもしれないとわかっていた。


 

 時は嘉永五年(1852年)。

 機械技術が文明を飛躍的に進歩させ始めた時代。そして恐ろしい武器が世界のバランスを壊し始めた時代。

 江戸は末期。偉大なカラクリ師たちの最後の時代。

 これは後の世に語り継がれなかった、いくつもの物語の一つ。

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