蜘蛛の化物(巻第二「あしたか蜘の変化の事」)

 ある山里に住んでいる者が、大いに静かな夕月夜に、慰みに出歩いていた。

 すると通りがかった大きな栗の木の股に、六十歳ぐらいの女がいて、歯に鉄漿かねをつけて、糟尾かすお(白髪まじり)の髪を四方に乱しながら、男の方を見て、にたっと奇怪に笑いかけてきた。


 男は肝を潰して、急いで家に帰った。

 少し微睡んでいると、宵に見た女が、現のように眼前に浮かんでくるので、気味が悪く、起きもしないが眠れもしないまま過ごしていた。

 ト、月の光に照らされて、明かり障子に人影が映っている。

 それは先刻見た時と少しも変わらず、髪を乱した、あの女の影で、類を見ない恐ろしさであった。


 男は刀の鯉口を切り、

「もしこちらに入ってきたならば、斬ってやる」

と思って待ち構えていると、女は明かり障子を開けて室内に入ってきた。

 男は刀を抜くと、女の胴中をばっさりと斬り下げた。

 女は斬られて弱ったかと見えたが、男の方も一刀斬りつけたまま、気を失いそうになり、斬りつけた際の「ヤッ」という掛け声に、目を覚ました家人たちが部屋にやって来た頃には、男は気絶していた。


 ようよう介抱してやると、男は意識を取り戻し、元のように快復した。

 その場に化物と思しきものは無かったが、大きな蜘蛛が脚を斬り散らされて死んでいた。

 蜘蛛のようなものも、星霜を経れば化けるということだ。

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