第50話  舞踏会 最終回


 いよいよ断罪のあるはずだった舞踏会の日がやって来た。

 あの一夜の事故があった日から、一年が過ぎていた。


 もちろんゲームとは違い、豪奢な刺繍のある黒い外套を優雅に着こなしたユリウスがソレイユ邸にシャロンを迎えに来た。


 シャロンはユリウスからプレゼントされた淡い紫色のドレスに身を包み、美しいサファイアとアメジストが散りばめられた髪飾りと耳飾りをつけ、彼にエスコートされ馬車に乗り込む。


 国王への挨拶もすみ、二人は舞踏会場へ降りて行った。ヒロインのララはもういないし、王妃もいない。

 

 それにユリウスが呼ばれる時は二人ワンセットだ。正式な婚約者になったので、茶会も夜会もたいてい彼と一緒に行動している。


 客への挨拶もひと段落して、二人は向かい合わせに座り、果実水を飲んだ。


「そういえば、最近王宮での不審死が減ったんだ」


 ユリウスの言葉にぞくりとする。王妃は気に入らないと使用人まで消していたらしい。本当に恐ろしい人だった。


 それから、王妃は建前上病気で療養中という事になっている。

 実際には幽閉であるが、ヒ素によって体を蝕まれているとか、または心を病んでいるとか、実はもう亡くなっているのではなど、王宮周辺では様々な憶測が飛び交っていた。


 シャロンも真実は分からない。ただ王妃は生きていることにしなければならないらしい。そうしなければ、国王が再婚してしまうから……。そうなると新たな火種が増えるからだと聞いた。



 シャロンはユリウスに誘われ、シャンデリアの照明がガラスに反射してきらきらと揺らめく中で、踊り始めた。彼は数をこなしているだけあって、ダンスが上手だ。彼と踊るのが一番楽しい。


「シャロン、君と初めて会った時のことを覚えている?」

 ユリウスが耳元で囁く。


「はい、もちろん、ユリウス様は今まで見た中で一番きれいな人でしたから。忘れられません」

  

 自信をもって答える。


「やっぱり、顔なの?」


 ユリウスが残念そうにいう。彼は背が高くスラリとしていて金髪碧眼の理想の王子様を体現したような容姿だ。


「そういうユリウス様はどうなんですか?」


 ちょっとドキドキしながら聞いてみる。すると王子が頬を染める。


「そんな、いきなり聞かれても……」


 言い淀む。


「ぜひとも聞きたいです」

「すごく綺麗な子で、驚いた」


 確かに美人だとは言われるが、驚くほどではないだろうし、魅力があるとは思えない。ユリウスの方が綺麗だ。それとも子供の頃は、もしかして可愛かったのだろうか?


「それは一目惚れですか?」

 ユリウスが赤くなる。


「自覚はなかったけれど、そうかもね」


「つまり、顔? 顔が好みだったということですか?」


 シャロンが身を乗り出し、うっかり足を踏みそうになったが、ユリウスがさっとシャロンの体を支え、ことなきを得る。


「そうだね」

 あっさりと流された。


「中身はどうなんですか? どうでもいいってことですか!」

 つい、詰め寄ってしまう。


「落ち着けシャロン、お前だってよく私の顔を見ているだろ?」

「はい、殿下のお顔は美しいので大好きです」


「お前だって顔じゃないか! 私はお前が子供のころ、親について王宮によく来るようになって手紙や刺繍の入ったハンカチを持って来てくれたりして、かわいいこだなと思っていたのに」


 とユリウスが悔しそうに言う。


「か、かわいい……」


 逆にシャロンは嬉しくなって赤くなる。冷たい感じの美人だとは言われるが、可愛いと言われたのは初めてだ。胸が高鳴る。


「そうだ。一度手作りのクッキーを持って来てくれたことがあったじゃないか」


「それは……鳥の餌になったやつですか」


 一瞬でシャロンの目が死んだ。王妃が庭にばらまいたやつだ。トラウマだから、ほんと思い出させないでほしい。


 その後シャロンは王宮へほぼ出入り禁止の状態になったのだ。それまでよくユリウスの元に遊びに行っていたのに。あの頃は綺麗で優しい王子様に遊んでほしくて、彼の勉強が終わるのを控えの間でよく待っていたものだ。


 思えば、あの頃からストーカーのけはあったかもしれない。


「ああ、だが、私は嬉しかった。手作りのものを贈ってくれる者なんて、お前しかいなかったから」

 

 とユリウスは懐かしそうにいう。


「それで、地面に落ちて砂が付いたクッキーを拾って食べてくださったんですね」

 シャロンは当時の事を思い出して赤くなる。


「お前、よくそんなことを覚えているな」

 ユリウスも恥ずかしそうに笑う。


「はい、ユリウス様がクッキーを食べながら「美味しい」って微笑んでくださって。私その時から、ずっとあなたが大好きです」

 思えば、あれがシャロンが恋に落ちた瞬間だった。綺麗な王子様ではなく、ユリウスが好きになったのだ。


「シャロン!」


 次の瞬間、ぎゅっとユリウスの力強い腕に抱きしめられた。まだ、ダンスの途中なのに。

 

 周りにいた者達は一瞬ぎょっとしたものの、「またか」というような顔をして目をそらす。

 シャロンはユリウスの腕の中で真っ赤になってもがきながら言う。


「ちょっと人前でこういうのやめてくださいって、いつも言っているじゃないですか。何回言えばわかるんですか!」


 王子の顎を手のひらで押し上げる。そうするとキスされないで済むのだ。対ニック用に覚えた体術も、今ではユリウスに使っている。


「今の話、初めて聞いたぞ。なんで今までしてくれなかったんだ!」

「それは……」

 

 トラウマとセットだったから。


「それにお前のことは、人前でなければ抱きしめられないじゃないか」

 

 といいながら、顎を抑えていたシャロンの手を掴みあっさりと外す。


「はい?」

「二人きりの時抱きしめると肘鉄を入れてきたり足を踏んだりしてくるだろう。あれはどうかと思うぞ?」


 それはおかしな雰囲気になるから……つい条件反射で。


「身の危険を感じるからです」

 するとユリウスが心外とばかりに顔をしかめる。


「身の危険ってなんだよ? そうだ、シャロン、卒業したらすぐ結婚しよう」

「また、そんなこと言って、ヘンリー殿下はまだご結婚されていませんよ」


 順番から言えば兄が先だが、ユリウスは強引に進めようとしている。ゲームの設定ではこれほど強引な人ではなかったはず。


 それに周りでは人が踊っているのに二人でいつまでも抱き合っているなんて恥ずかしすぎる。シャロンはさりげなく王子の脛をけり、彼の腕が緩んだすきに逃げ出した。



 パーティの人込みに紛れ込み軽食コーナーにいたレイチェルとジーナを見つけ、慌てて二人の間に駆け込んだ。


「まあ、シャロン様、また殿下から逃げているのですか?」


 ジーナがおかしそうに笑う。


「だって、人前でいきなり……はずかしいじゃないですか」


 シャロンが赤くなって狼狽える。


 お互いの気持ちをたしかめ合うのが、関係を結んだ後だったので、逆に彼を強く意識してしまい恥ずかしくていたたまれない。あの一夜を思い出してしまいそうで、ドキドキしてしまう。


 それにユリウスは品の良い王子様スマイルを浮かべながらも妙に積極的で押しが強いから、流されてしまいそうで怖い。しかもいつもシャロンが喜びそうな餌を目の前にちらつかせる。

 

 別邸に遊びにいくとなぜか書庫にシャロンの好きそうなロマンス小説の新刊がそろえてある。クロエの書店並みの充実ぶりだ。その上彼は優しいし、ついうっかり婚前なのに一緒に暮らしてしまいそう。


「ほんとに仲がよろしいことで。というか国王陛下がお決めになった婚約者と言っても相思相愛なのだから、いいじゃないですか。恋人どうしなら、ふつうですよ」


 と、レイチェルが慰めるように言う。


「羨ましいです。シャロン様はそれだけ愛されているんですよ」


 ジーナは夢見るような口調だ。決して、いやな訳ではない。


 これほどストレートな人だったのかと。もしかして今まで王妃が彼の足枷だったのか……。


「いや、あの、そういう問題じゃなくて」


 言っている間に、後ろから突然がしっと肩を掴まれた。


「見つけたシャロン、今日の鬼ごっこは終わりね。ちょっとバルコニーで話そうか?」

「ひぃ!」


 こころなし、ユリウスの笑顔が引きつっている。脛を蹴られて相当痛かったのかもしれない。


 シャロンはあっさり捕まってしまった。


「行ってらっしゃいませ、シャロン様」

「楽しんでらして」


 真っ赤に頬を染めたシャロンはジーナとレイチェルに見送られ、涼しい顔の王子に腰を抱かれるように、ずるずるとドレープカーテンの向こうにあるバルコニーへ引きずられていく。


 学園でも積極的なユリウスのアプローチに、逃げ出すシャロンと追いかける王子の姿はすっかり定着していた。



 そしてバルコニーへ消えた二人に、今宵ロマンティックな時が訪れる……?









 fin
















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悪役令嬢は王子様の婚約者になりたくない~営んだ後ですが責任なんて取らなくてけっこうです! 別所 燈 @piyopiyopiyo21

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