第37話 シャロンの選択2

「お二人でどちらへ、私もぜひ、ご一緒したいです」


 とララも席を立つ。しかし、ユリウスの右隣にいたパトリックが苦笑してシャロンに席を譲ってくれた。


 しかし、彼はシャロンの横を通り過ぎる時、耳元でぼそりと囁いた。


「まったく、いつまでたっても弁えない者にも困ったものだね」


 一瞬自分の事を言われたのかとはっとしたが、パトリックは目顔でララを指し示す。パトリック・・・ゲームでも腹黒キャラだった。


 確かに、平気で公爵令息であるパトリックに席を立たせるララもどうかしていると思う。見るとロイもアホなニックでさえ少し落ち着きを失っていた。パトリックとともに席を立った方がよいか決めかねているのだろう。やはり彼らも貴族なのだ。


「私は直ぐに帰りますから、あまり気を使わないでください」


 テーブルの皆に声をかけて、いつでも立てるように浅く腰掛ける。ここでララとユリウスの取り合いなどという醜態を演じたくはない。本当に王妃の考えが透けて見えるようだ。


「王妃陛下から、殿下が朝から、あまりお食べになっていないから、軽食をお持ちするようにと申し付かりました」


 そう言って皿を差し出すとなぜか、「まあ、綺麗なお菓子ですね」とララが受けとろうとした。


「あの、バンクロフト様、これは殿下に」


 と言っているそばから、ララが皿を受け取ってしまう。


「ありがとう、シャロン」


 しかし、ユリウスはララに構うことなく、シャロンの手を引き耳元に口をよせ、小声で聞いて来る。


「そんな事より、何だって、また母に呼ばれたんだ?」


 すぐそばにララがいるのにと気が気ではないが、ユリウスはどうしても聞きたいようで、逃げ腰になるシャロンの手を放さない。


「だから、皿をもっていけと」

「そんな事の為に君をよんだのか?」


 彼が柳眉をしかめ、腹を立てたように言う。


「えっと、それよりも殿下、王妃陛下は恐らく、私達の交際には」


 反対だと告げようとしたところに、ララが再び割り込んでくる。


「ユリウス様、せっかくの王妃陛下からのお心遣い、一緒に頂きませんか? まあ、とてもきれいなチョコレート、バラかしら。さあ、ユリウス様、どうぞお取りになって」


 そう言ってララが、ユリウスに差し出す。シャロンはララに怒りを感じるものの面倒になっていた。早く帰りたい。しかし、ユリウスは


「そうだね。いただこうか。シャロンがせっかく持って来てくれたものだし」


 といってシャロンに微笑みかけ、チョコレートに手を伸ばす。彼がまず初めに自分の好物に手を付けるのは珍しい。いつもはない事だ。


 なぜか、胸騒ぎがした。あのテーブルに一つしかなかったチョコレートに嫌な予感がする。その瞬間シャロンの頭が物凄い勢いで回転しだした。


 この皿は王妃に言われてシャロンが彼の好物を隠すように菓子とサンドウィッチを盛ったものだ。しかも王妃の前の席から。


 こんなイベントあっただろうか? 覚えていない。

 シャロンは己の直感に従って、ユリウスからチョコを奪い取った。


「シャロン?」


 ユリウスが呆気にとられたような表情をする。


 しかし、王妃から言われて持ってきたものを、毒見するとはさすがに言えない。これはもうじぶんが毒見をするしか。


 にっこり笑って、シャロンはチョコレートを口にいれた。杞憂だったならば自分が恥をかけばすむことで、杞憂でなければシャロンもソレイユ家もタダではすまない。


 父と弟だけは絶対に守らなければならない。


 見かけは綺麗な一口サイズのチョコレートなのに口に入れると甘さの次にすぐに猛烈な苦さがきた。


 なるほど、ここでチョコレートの味の異変に気付いて毒に強いユリウスは吐き出して助かるのだなと思った。


 シャロンはチョコレートを吐き出そうにも上手く体が制御できない。ぐるぐると景色が回り、身体が地面に沈むように崩れ落ち、目がかすんだ。


 本来ならば、王子が食べて毒に気づき、シャロンに毒を入れた疑惑がかかるはずだったのだろう。ララと王子に嫉妬してという筋書きだ。王族に毒をもったなら、ただでは済まない。


 前世は病死で、今世は毒。つくづく長生きできない運命のようだ。だが、これで王子に毒を盛ったという冤罪は免れる。自分の命一つでソレイユ家が助かるものならば、お安いものだ。


「シャロン、シャロン!」


 必死なユリウスの声が聞こえる。


「そんなに構って欲しかったの?」


 おっとりとした明るい口調でララが囁く。


 目の前がちかちかして息苦しい。いくら空気を吸い込もうとしても入ってこない。やがて、手足のしびれが全身に広がり、寒さに変わる。シャロンの意識は暗い闇に急速に引きずられ、意識がうすれていく。


 毒を混ぜたのが誰かは分からないが、すべてを仕組んだのは、おそらく王妃だろう。それこそ何の証拠もないけれど。


 きっと彼女は己の立場を最大限に利用して逃げおおせるはずだ。腹が立つけれど、それも致し方ない。


「シャロン!」


 再び体が揺すられユリウスの叫びがさらに遠くから聞こえる。


 これでソレイユ家は守れるし、王妃の裏をかいてやった。初恋の人に看取られて死ねるなら、案外幸せな人生だったのかもしれない。


 ただ最後に父と弟に警告だけはしたかった。いや、自分の死が警告になるはずだ。最悪シャロンの自殺としてかたづけられたとしても、頭の良い父が気付かないわけがない。きっとショーンを守ってくれる。


 ただ、なぜ憎まれ、ソレイユ家がそれほど邪魔なのか分からない。

 そのままシャロンの意識は次第に混濁し闇にのみ込まれていった。





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