第38話 どこへ向かっているの?

 

「シャロン、シャロン!」


 誰かが呼んでいる。頬に温かい水滴がポトリポトリと落ちてくる。

 微かに目を開くと吸い込まれそうな青い青い瞳。


「……どうして……泣い……」


 喉が焼けるように痛くて声が出ない。彼を慰めたいのに腕が動かない。


 ぎゅっとシャロンを抱きしめると耳元で囁く。


「私のせいで済まない。体が動かないが意識は覚醒しているだろう。私もその毒は経験があるから分かる。可哀そうに。シャロン、本当に済まない。君にどう償ったらいいのか……」




 ♢



 うっすらと目を開けると見慣れた自分の部屋だった。ベッドに寝かされている。


 そばには目を泣きはらした弟とやつれた父がいた。


 彼らを慰めたいのだが、上手くしゃべれない。どうやら、助かったようだ。


 自分でも驚きだ。弟と父が目を覚ましたシャロンに抱きついてくる。


 それから、しばらくして、すっかりやつれ切って、顔色も悪く痩せたユリウスがやってきた。


 必死に詫びていたが、シャロンは軽く手を上げるのがやっとだった。



 結局、二日間意識がなかったらしい。


 しかし、三日目には意識を取り戻し、自分で吸い口で水分をとり、五日もするとベッドに起き上がって、おかゆぐらいなら食べられるようになった。焼けるように痛んだ喉も良くなってきて、短時間なら、喋れるようになった。


 それもこれも王宮から派遣された腕の良い治癒師のお陰だ。

 シャロンは、暇さえあると姉の部屋に様子を見に来る弟を慰めた。


 十日が過ぎると、まだふらふらするが、どうにか起き上がれるようになった。


 シャロンは久しぶりに制服に身を包む。


 毒のせいですっかり痩せてしまったが、少し体重も戻り、髪に艶も戻ってきた。


「まったく、銀髪は艶が命なのに、なんてことかしら」


 父にも弟にもすっかり心配をかけてしまった。ミモザに聞いた話だが、ダリルはやせ衰えるし、ショーンは泣き暮らしていたそうだ。あの時は死ぬつもりでいたけれど、彼らを思うと助かってよかったと思う。


「お嬢様、どうか、おやめください!」

「そうですよ。まだ、学園に行くのは無理です!」

「ごめんなさい。どうしても知りたいことがあって」


 止めるミモザや執事を振りきってシャロンは馬車に乗った。





 十日ぶりに自宅から馬車で魔法学園に向かう。まだ少しふらふらするが、歩けるから大丈夫。


 校門をくぐり、久しぶりに学舎にはいるとシャロンを見た生徒たちがひそひそ話を始める。いったいどんな噂がひろがっているのやら。


 すると真正面から、おどろくほど綺麗な金髪碧眼の人が、無茶苦茶焦り顔で、どどどっと擬音が付きそうな勢いでかけてくる。


「シャロン! なぜ、学園に来た!」


 犯人知りたいし、今後ソレイユ家に手だしするつもりなら、戦わなければならないしと気負っていたのだが、ユリウスに抱えられるように建物内から外に運ばれ近くの茂みに連れ込まれた。


「ちょっと、何をするんですか」

「危ないから、犯人が捕まるまで領地でおとなしくしてろといったじゃないか!」


 そういえば、彼が見舞いに来たとき、そんなことを言われた気もする。父も強くそれを推奨していた。


「そんな、大声ださないでくださいよ。まだ本調子でもないのだし」


 するとユリウスの顔が青ざめた。気遣うように頬に優しく手を触れてくる。


「悪かった。まだ具合が悪いのか?」


 近い。距離が近すぎる。


「いえ。概ね元気です」

 

 ちょっとユリウスを遠ざけるよう押し戻そうとするが、力が出なくて上手くいかない。


「まだ、ふらついているじゃないか」

 

 ふわりと体が浮いた。


「とりあえず帰ろう、もうしばらく、ゆっくり休むといい」


 気付けば、あっさりと横抱きにされ。


「え? あの、ちょっと待ってください! てか降ろして!」


 登校中の生徒がぎょっとしたような視線をおくってきたり、見て見ぬふりをしてくれたり、学内は生温かい雰囲気に包まれた。


 結局、ユリウスに抱きかかえられて屋敷に連れ戻されてしまった。父からも一週間は外に出ないように言い渡され、弟から泣きつかれた。


(ごめんなさい、お父様。ごめんね、ショーン)


 しかし、ショーンが、シャロンを連れ帰ったユリウスに、


「姉さんを連れて帰ってきてくださってありがとうございます」


 と礼を言っていた。

 姉がふがいないせいで、弟がいつの間にか大人になっていた。こういう成長の仕方は悲しい。

 ショーンの為にもしっかりせねばと、シャロンは自分を叱咤した。


 それからの数日は、シャロンに負担がかからないようにと短時間の面会ということで見舞客がちらほら来るようになった。


 レイチェルやジーナも来てくれた。


「シャロン様、本当にご無事でよかったです」

 

 そう言って二人ともさめざめと泣いた。


「結構、悪運強かったみたい」


 ――悪役令嬢だけに……。


 それから、彼女たちが持って来てくれた、見舞いのプディングを三人で食べて、久しぶりに学園の話を聞いた。


「そうだ、シャロン様、体をはって殿下を守ったお方として、聖女様のようだと言われていますよ」


 誇らしげにジーナが言う。学園ではいま、シャロンがユリウスを庇って毒を飲んだという噂が流れているらしい。違うから……。はた迷惑である。


「そんな、聖女様だなんてやめてください」


 シャロンは慌てて首をふる。


「本当にシャロン様は素晴らしい方です。そうそう、いつ正式な婚約は決まるのですか?」


 とレイチェルが目を輝かせて聞いてくる。


「……いえ、あの、それは、ないかなあと……」

 折角二人の顔が見れたのにちょっと具合が悪くなった。


 その後、パトリックやロイも見舞いに来た。ロイもパトリックと同じようにララの件では申し訳ない事をしたと謝った。


 それから二人には、体を張って殿下を守ったと褒め称えられた。いや、守ったのはソレイユ家だし、そのうち王妃に自作自演って言われかねないし。


 ――命は助かったけれど、私はどこへ向かっているの?




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