第36話 シャロンの選択1

 シャロンは化粧室から戻ると、バラ園の方向へフェードアウトしようと試みる。存在を消し、バラ園にひそみ、時がたつのを待ち、さり気なく帰る作戦だ。


 じりじりと移動していると声をかけられた。


「やあ! シャロン、こっちで一緒にお茶を飲まないか?」


 奥の方のテーブルから声がかかり、びっくりして振り返る。


「ブラット、来てたの?」


 シャロンはいそいそとブラットの元へいく。良い時間つぶしになる。


「シャロンこそ、珍しいね。どうしたの茶会なんて。もちろん君と会えてうれしいけれど。それになんというか、今日の君もとても素敵だね。そういう色も似合うんだな」


 といって微笑む。彼は今日も紳士だ。シャロンは貴重な数少ない友人に礼を言った。


「今日は王妃陛下、直々にお誘いがあって、断れなかったの。誰も友人が来ていないから、帰ろうかと思っていたところよ」


 というとブラットが苦笑する。


「彼氏がいるのに先に帰っちゃうの?」


 そういえばそんな設定だった。王妃の塩対応に忘れかかっていた。ユリウスもここのところあまり学園に来ていないし、「付き合ってる設定」もう忘れていいのではないかと思う。

 だが、国王公認……どうしよう。


 会場内で、ユリウスをさがすと、彼はいつの間にか囲まれていた。いつものメンバーが集まり茶を飲んでいて、ララも素早く彼の隣に移動している。


 その周りに彼らの仲間に加わりたい者たちと第二王子に挨拶したいもの達が、集まっている。第二王子派閥だ。


 そしてその向こうには第一王子を囲む派閥がある。もうあの輪の中に割り込むのは無理だろう。さながら、城塞に守られた王子様だ。


「あの中に入るくらいなら、帰る。私、いる必要ないし」

「シャロン、前々から思っていたんだけれど、君たち本当に付き合っているの」


 鋭い質問にどきりとする。


「えっと、まあ、そうね。陛下公認の仲になったようよ。もちろん婚約者でも何でもないけれど」


 と話しつつ、シャロンが帰る機会をうかがっていると、女官に声をかけられた。

 

 王妃にまたテーブルに呼びだされたのだ。嫌味はまとめて一回で済ませて欲しい。


「どうしようブラット、行きたくない」


 シャロンが涙目で言う。


「いや、それはまずいから、頑張って!」


 小声で声援を送られながら、席を立つ。


 仕方なく、王妃の待つ、中央テーブルに顔を引きつらせながら向かう。


 王妃は取り巻きに囲まれ、扇子をパタパタと忙しく仰ぎ、機嫌が悪い。ララと話していた時とは大違い。


「ねえ、あなた、いつまでユリウスを放って置く気? あなたたち付き合っているのでしょう? あの子、朝から忙しくてほとんど食べていないのよ。ここから軽食と菓子を選んで持って行ってあげて」


 開口一番王妃はいった。


「はい?」


 シャロンは耳を疑った。不敬だという事も忘れて、首を傾げる。給仕に頼めばいいし、ユリウスなら欲しかったら自分で取りに行くなり、周りのものが気を利かせるだろう。


 そんなことの為に王妃フレイヤはシャロンを呼びだしたのだろうか?


「ほら、あの子は、周りに気を使って席を立てないでいるのよ。ユリウスと付き合っているというのなら、それぐらい察してあげなさい!」


 びしりと言われる。王妃の周りにいる彼女の取り巻きたちからくすくすと笑いが漏れる。


 いやまったく、それは給仕の仕事だと思う。こんないびりのようなことをしていないで、いっそのこと「別れなさい」と命令して欲しい。シャロンは短気を起こさないように息を深く吸い込む。

 

 シャロンがのろのろと皿にサンドウィッチやスコーンを載せていると


「あなたなら、ユリウスの好物を知っているでしょう? ほら持っていって御上げなさい」

 という。


 シャロンは王妃の前にあるバラをかたどった綺麗なチョコレートをさり気なく皿に載せた。どうやらそれが最後の一つのようだ。


 ユリウスは普段好物を悟られないように生活している。


 チョコレートが好きで、紅茶よりコーヒーが好きだと彼から直接聞いていた。もちろん、誰にも漏らしたことはない。


 しかし、あの大集団の中に、皿をもって入っていけと言う。何と間抜けな……。王妃のただのいじめのような気がしなくもない。


 絶対に本気でシャロンをユリウスの婚約者になどと考えていないだろう。ただのパシリ。シャロンは皿を運びながら、王妃は本当に何がしたいのだろうと思う。


 ただ交際に賛成だというのは大ウソだとわかった。



 王妃主催の茶会には、もう二度と来ないと決心をしてユリウスのそばに向かうべく、人込みをかき分けた。ユリウスに近づけば近づくほど人口密度が増す。


 やっとユリウスの座るテーブルにたどり着くと、ララが目ざとくシャロンを見つけて声をかけて来る。


「シャロン様、申し訳ございません。つい話が盛り上がって、ユリウス様のおそばにいてしまいました」


 とララが、しょんぼりと許しを乞うような口調で言う。まるでシャロンが圧力をかけに来たように見える。実際イライラしているが、今回ばかりはララのせいではない。


「王妃陛下から、食べ物をお持ちするように言われて来ただけなので気になさらないでください」


 そうだ。ここでシャロンが引けば悶着はおこらず、ララの一人勝ちで王妃は臍を噛むことになるだろう。それはそれでいいかも……。よし、裏をかいてやろう。


 だが、シャロンの思いと裏腹にユリウスが心配そうに聞いてくる。


「シャロン、また、母に呼ばれていたの?」

「ええ、まあ、これを持って行くようにと……」


 とシャロンは皿を軽く上げる。


「こちらにおいで」


 と手招きするが、結局誰もシャロンの為に席を立とうとしない。席がない。


 皿だけ置いて帰ることにした。

 だが、ユリウスは。


「ああ、ちょっと待ってて、いっしょに別のテーブルに行こうか」

 

 と少し慌てたように立ち上がる。




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