第35話 お茶会

 しかし、王妃はそんなシャロンの慌てぶりに無頓着で話し始める。


「あなたも知っているでしょう? 男爵家の養女ララ・バンクロフトのことは。光の魔力を持つ者は珍しいからという理由で、保護したのよ。王室の慣例に従ってね。光の魔法は傷を癒したりできる力で、遠い昔にけがや病気の治療法が確立していない時代には、それこそ重宝されたけれど。今の彼女の持つ力は、医師にも治癒師にも薬師の作る薬にも劣るのよ。何の役にも立たないわ」


 言い過ぎだが、当たらずといえども遠からず。そして、これはきっと頷いてはいけないやつだ。まだどこかに罠が潜んでいる気がする。


「光魔法の効果はもともと人が持つ免疫力や治癒力を緩やかにあげるものですからね」


 当たり障りなく返したつもりだ。


「ふふふ、さすが、よくわかっているわね。毒の治療や病気の治療など下手にさせたら、かえって悪化するケースもあるわ。それなのに未だに奇跡とありがたがられている」


「それは光の魔法の持ち主が王室にとって尊い血だからなのではないですか」


 すると王妃が眉根を寄せた。


「あなた、わかっていないのね。そこは肯定するところであって、あなたの意見を言うべきところではないわ」


 といって、ぴしゃりと扇子を閉じる。怖っ! シャロンは素直に謝った。


「ふう、まったく、あなたの成績がせめてララよりもよければよかったのに。だらしがないわね。侯爵家の娘が、元庶民に負けるだなんて。まあ、とりあえず私はあなたを応援するわ。ララでは妃は務まらないし。あなたも、うかうかして、ララにユリウスをとられないように、正式な婚約者になれるように頑張りなさい。それから、私の決めたユリウスの学友に差し出がましい真似はしないでね。まだ婚約者でもないあなたの立場が彼らより上という事はないのだから、それを肝に銘じてちょうだい」


「シャロン」


 ユリウスの呼ぶ声に地獄に仏とばかりにふりかえると、彼が慌てたようにシャロンの元へ走ってきた。


「母上、シャロンと何のお話ですか?」

 笑顔を浮かべながら、ユリウスが穏やかに王妃に切りだす。


「あらあら、あきれたわね。そんなに慌てて。ただの世間話よ」

 

 王妃が不機嫌な様子で目を眇めるが、ユリウスはそれには取り合わず。


「それなら、シャロンは連れて行きますね。シャロン、あっちへ行こうか」


 ユリウスがシャロンの手を取る。


「あの、でも……」


 シャロンはちらちらと王妃を見る。王妃フレイヤは眉間にしわを寄せお怒りのご様子。


「構いませんよね、母上」


 王子と王妃の視線が一瞬バチバチと交差するのを見てシャロンはどぎまぎした。親子喧嘩?


「ええ、そうね。どうぞ、あなた達の仲を邪魔する気はないから安心して頂戴」


 そう言うと凍えそうな冷たいオーラを纏った王妃がにっこりと微笑んだ。


 シャロンと付き合うことで王妃とユリウスは上手くいっていないのだろうか。心配だ。


 結局シャロンは、ユリウスに促されるままに席をたった。


 いつの間にか先ほどよりも客は増えていて、第一王子のヘンリーと取り巻きたちもいた。


「あの、王妃陛下とは……」

 

 王妃との関係が少し心配になって聞いてみようと思う。


「問題ない」

 

 スパッと切られた。それ以上は質問出来ない雰囲気が漂っている。

 シャロンは、ユリウスに手をひかれ、手近な空いたテーブルに腰かける。


「それで、シャロン、母上に何と言われたの?」

「ええっと」

 

 ――嫌味?


「私たちの交際については何かいっていた?」

「一応賛成だと」


 多分反対寄りの賛成だと思う。


「それから、婚約の事については?」

「頑張りなさいと……」

「そうかよかった」


 ユリウスはホッとしたような笑みを浮かべるが、シャロンの思いは複雑だ。


 多分、シャロンは王妃から見て当て馬的な存在。ララに嫌がらせをしたいだけだろう。だが、王妃の遊びに付き合って冤罪で処刑され、家がつぶされては困る。どうしたものか……。



「ユリウス殿下、お客様がお待ちです」


 侍従がやってきて、またユリウスが呼ばれて行ってしまった。客が多いので、今日は彼とはゆっくり話せなさそうだ。やはり正式な婚約者ではないとこうなってしまう。


 今度彼に会った時、王妃は内心では絶対に反対と告げなければと、思いつつ、気付けば、バラに囲まれ、ひとりぽつんと庭園に座る。広すぎるパーソナルスペースが逆に快適。


 ――あの、私は何をしていればいいんですかね? 散歩? 


 元取り巻きのバーバラとイザベラはいるが、彼女たちは殿方を追いかけるのに夢中だ。


 いくら、家格がそれほどではないとはいえ、伯爵家の令嬢であるレイチェルたちがなぜ大きな茶会にも招待されないのか不思議に思い彼女たちにきいてみた。


 なんでも派閥の関係で、王妃主催のものには呼ばれないのだと言っていた。いろいろと複雑なようだが逆に羨ましい。



 会場内では皆で歓談しているようで、第一王子派、第二王子派で別れつつある。そして王妃の横にはいつの間にかララがいた。二人は楽しそうに笑い合い仲睦まじい様子だ。結局ララが、婚約者におさまるのだろう。



「ソレイユ嬢、ちょっと話が……」


 ポツンと座っているシャロンの元に、珍しくパトリックがやって来た。


「何でしょう?」


「そろそろ、ニックを許してやってくれないか? 5メートル以上離れるとなると、これから君の参加する茶会では彼は皆から離れて遠くで茶を飲まなければならなくなる」


 シャロンはパトリックの言葉に噴き出しそうになった。


(面白いからぜひそうなって欲しい)


 しかし、そんな本音は押し隠す。


 ユリウスはあちらこちらに呼ばれて忙しそうだし、今日は彼らと同じテーブルにつくことはないだろう。


 なんといっても人気の攻略対象者たちだ。彼らがテーブルについた途端椅子取り合戦が始まる。


「わかりました。茶会では私の隣でなければいいです。多分次回から私は茶会に参加しないのでご安心ください。今日は本当に仕方なく参加しているんです」


 パトリック相手だったが、そこはうっかり残念な本音が零れ出る。王妃フレイヤから直々のお誘い。残念ながら断れなかった。それにシャロンが王妃に嫌われていることはユリウスに近い人ならば、たいてい知っている。


「そんな言い方しないでくれ、君がいないと寂しがる人もいる」

 久しぶりに優しい言葉をかけられて嬉しいどころか「どうしちゃったのこの人?」と目を大きく見開いてしまう。

 

 それを見たパトリックが苦笑した。


「ソレイユ嬢、殿下から、ララ嬢の香水の件は聞いたのだろう?」

「はい」

「数々の無礼申し訳なかった」


 シャロンはぎょっとした。プライドの高い彼が謝るとは思わなかった。


「ああ、いえ、私も大概でしたから、お気になさらずに」


 ストーカーの件とか掘り起こされたくないので、早々にこの話題は終わりにしたい。


「そう……ソレイユ嬢はそういう人だったよね。なぜ忘れていたんだろう」


 そういってパトリックが少し寂しそうな顔をして、珍しく肩を落とす。


 その時、ふと圧力を感じてシャロンが顔を上げると、テーブルの周りはパトリックと話したいご令嬢達で溢れていた。視線がとにかく痛い。


「ああ、私はちょっとお花を摘みに」


 シャロンが慌てて席を立つと彼女達が殺到した。さすが、攻略対象者。恐ろしいほどもてる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る