第34話 王妃と対面

 シャロンは王宮に向かう馬車の中で、今日の茶会でどうやって王妃から逃げ回ろうかと知恵を絞った。


 わりと大々的な茶会なので、貴族がたくさん招待されている。どうにか迷路のような庭園に逃げ込めないだろうか?


 馬車が王宮に着くと、ユリウスが迎えに来ていた。彼に会うのは久しぶり。今日のユリウスはホスト側の人間だ。


「そのドレス着てきてくれたんだね。とても似合う」

 

 と眩しい笑顔を浮かべる。きれながで涼やかな目元にすっと通った鼻梁、形の良い唇が柔らかく弧を描く。今日も完璧な王子様だ。


 本当に前世からの推しで凄く素敵なのだけれど、現実では母親があの王妃フレイヤという残念要素が付いて回る。



 シャロンが着ているドレスはユリウスが贈ってくれたもので、いつもは着ないシャンパン色に薄くて軽い光沢のある布地のスカートが幾重にも重なっている。デザインも色もシャロンにしては珍しいものだ。


 ドレスを買ってくれた日に、シャロンのサイズを知ったユリウスは別にドレスをつくらせていたのだ。贈られてきた二着のドレスと、意匠を凝らした美しいトパーズの飾りを見て戸惑ったが、


「お嬢様は、絶対にこのシャンパン色のドレスの方がお似合いです!」


 とミモザがいつになく強く主張するので、それならばと袖を通してみた。


 飾りはユリウスから贈られた金とトパーズで、ドレスはシャンパン色でペチコートは白、いつもよりずっと華やかで明るいよそおいになった。


「殿下はなんて趣味がいいのでしょう」


 そう言ってミモザも他のメイド達も溜息をついていた。シャロンよりユリウスの趣味に軍配が上がった。


 そんな回想をしつつ……、ユリウスに礼を言う。


「すみません、こんな高いドレスをいただいてしまって。こういう色は普段あまり着ないので……」


 ミモザやメイドたちは褒めてくれたが、彼女たちは常にシャロンびいきなので、周りの反応が気になる。


「子供の頃はよくそういう色合いのドレスを着ていたろ?」

「え? そうでしたっけ」


 あの頃は母のオリビアがドレスを選んでくれていた。


「ああ、初顔合わせの時にお前が着ていた色だ」


 シャロンは彼の記憶力の良さに驚いた。


「よく覚えていますね」


 初顔合わせは8歳だったと思う。シャロンすらすっかり忘れていた。

 しかし、気持ちが浮上したのもその一瞬で、これから王妃主催の茶会が始まる。シャロンはどうやって他の客に紛れて逃げようか頭を悩ませた。

 ユリウスがエスコートするようにシャロンの手を取る。


「不思議とね、ララ嬢が来てから、君との出会いや子供の頃の思い出を忘れていた。今は、はっきりと思い出した。そんな事より、シャロン、今日は来てくれてありがとう」

「逃げられなかったんです」


 と恨みがましく言わずにはいられない。



 そうして通されたのはバラ園でテーブルにはすでに茶の準備が出来ていた。


 生クリームのたっぷりとのったケーキは砂糖漬けのフルーツで彩り飾られ、バターの香りがするクッキーや焼き菓子が並べられている。


 そのなかに弟の好物のマドレーヌを見つけた。王宮の菓子はとても美味しい。どうにかショーンの為にお持ち帰りできないものかと考える。


 フルーツのコンポートにバターとチョコレートのフィナンシェに薄く切ったキュウリとハムのサンドウィッチ。美味しそうだが、王宮では絶対にサンドウィッチを食べないと固く心に決めている。



 さりげなく他の客に混じって王妃に挨拶をすます。今日は随分機嫌が良いようで驚いた。


 まあ、他に客もいるので不機嫌な様子を見せるわけにはいかないのだろう。

 

 しかし、そのうち最初は一緒にいてくれたユリウスも侍従に呼ばれて「来賓のお出迎えと警備の確認があるから」と行ってしまった。



 ほどなくして、女官が呼びに来る。いよいよ王妃と対面だ。ドキドキしながら、王妃フレイヤが座すテーブルを目指す。

 言われた通りに席に着くと、熱い紅茶が注がれバラの花びらが浮かべられる。


 勧められるままにケーキをいただき、紅茶を飲んだ。しかし、対面に王妃が座っていると思うと味がしない。圧迫感が半端ない。


「そうそう、あなたがユリウスと付き合っていると話は聞いているわ」


「はい、良いお付き合いをさせていただいています」

「随分、あなたが積極的だと聞いたのだけれど?」


 違いますと声を大にしていいたい。ユリウスは王妃になんといっているのだろう。


「そういうつもりはないのですが、そう見られてしまうようですね」

 シャロンは慎重に答える。


「あの子は、優しくて断れないから」


 やはり、シャロンが強引に付き合ってもらっているふうになっている。


「……ああ、はい、優しいお方ですね」


 折角の美味しいケーキも砂を噛んでいるようだ。


 結局今日はユリウスと付き合っているのが気に入らなく呼ばれたのだろう。


 しかし、別れてくれと言う話ならば、渡りに船だ。王妃に言われたら、別れないわけにはいかないのだから。


 彼は来年まで婚約を待つといっているが、なし崩し的に決まってしまうのが一番怖い。シャロンとしてはリスクを避けたいのだ。なぜか、婚約とか結婚とかそういうのはユリウスとは無理な気がしている。


「それで、ソレイユ家からは、以前から何度か釣書が送られてきていたのだけれど、前回とりさげたのよね?」


 王妃の話がどこへ向かっているのかさっぱりわからない。


「はい、まあ、もう無理かということで、父と話し合いまして決めました」

「それなのに、ユリウスとつきあってるのよね?」


 なるほど、自分は王妃に因縁をつけられるのかと悟った。いつでも別れるからさっさと命令して欲しい。


「はい、私にはもったいない方だと思っています。身を引くべきなのかもと」


 シャロンは慎ましやかに頷く。 


(さあ、どうぞ。別れろといってください)


「そう、ならいいの。分かっているのなら。そうよ、ユリウスはあなたにはもったいないわ。実はね。私、あなた達の交際に賛成なの」

「はい?」


 文脈がおかしくて、よくわからない。びっくりして、王妃を二度見した。

 

 その上、危うく熱い紅茶の注がれたティーカップを落とすところだった。


 いったい何の罠? シャロンは混乱の坩堝に落とされた。



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