第33話 招待状

「突然別れたことにするわけにもいかないだろ。肯定した」


「なっ、なんてことを! 無茶苦茶怒っていませんでした? てか付き合っているっていう設定ですよね? 設定!」


 もう怖くて二度と王妃にあえない。気づくとシャロンはユリウスの胸倉をつかんで揺すぶっていた。この際不敬とかどうでもいい。また彼の護衛に捕まりたくはないけれど。


「設定というのは二人の間でのはなしだろ。周りはそうは思っていないし、当然学園でのことは母の耳にも入る。それで、君がいうように母では埒が明かなくてね。父に相談した」


 彼の父、イコール国王。シャロンは石像のように固まった。


「君との交際を認めてもらえてた。家格も釣り合うからと喜んでいた」


 いろいろ詰んだ。


「なんで、そんなことに! どうして勝手に話をすすめたんですか?」


 シャロンが更にぐいっとユリウスの胸ぐらを締め上げる。


「だから、婚約は来年でいいと言っているではないか! お前のその性格なら、どのみち私以外の者とは結婚しないだろ」


「事故のようなものだし、別に責任なんて取らなくていいって言っているのに! 私は魔法省に行こうと思っていたのに!」

「魔法省か。職を持ちたいのか?」


 ユリウスが聞いて来る。


「はい、家族に迷惑をかけないよう。自活するつもりです」

「私は、別にお前が職をもっても構わない」


「いや、そういう問題ではなく……。ひどい、こんなことってない……」


 威勢の良い怒りは引っ込み、がっくり来て、涙目になる。国王公認の仲。


 シャロンは身体を丸めて座り込む。


「シャロンは……私のことは、嫌いではないよね?」


 ユリウスが不安そうに聞いて来る。今更そんなことを言われても。


「はい、私は殿下が好きです。その綺麗なお顔が好きです。でもそれとこれとは別問題です」

「なるほど、それでときどき私の顔を見て頬を染めるんだね」


 ユリウスが悩まし気に額に手を当てた。


「ララ嬢との婚約はどう考えてもないよ。私は彼女を疑っている。今のところ証拠がないから罰することは出来ないが、十中八九媚薬を盛ったのは彼女だろう」


「私もそうだと思います。なんでそんなことをしたのか分かりませんが」


 別に彼女はヒロインだし、あのまま順調にいけばユリウスと結ばれたわけだし。


「既成事実を作ろうと思ったんだろう」


 冷めた口調でユリウスが言う。

 本当にララが犯人だとしたら、なんて愚かなことをしたのだろう。


「殿下は、バンクロフト様がお好きではないんですか?」

「不思議だよね。君は強そうな見た目なのに、儚げな見た目のララ嬢に苦しめられている様に見えてしまう」


「は? な、なに言っているんですか! そんなわけないです」


 シャロンはむきになって言うと慌てて話題を変えた。


「それで、なぜ殿下は魅了にかからなかったのです? この国にない上に、希少な成分なら、耐性があるってことは無いですよね?」

「あ、いや、私は、その」


 途端にユリウスがしどろもどろになる。ちょっと挙動不審だ。


「ああ、理性で抑え込んでいたんですね」

「違う! 私はお前と、その……いろいろあってだな……。きっと体質だ。その証拠にブラットだってあまり効いていない!」


 前半はごにょごにょと、後半は誤魔化すように元気に喋る。シャロンは胡乱な目でユリウスを見た。


「そうですか? ブラット様はバンクロフト様と仲が良いように思えますが。でも彼は殿下ほどバンクロフト様と一緒にいないから、効果がうすいだけじゃないですか?」


「ああ、だから、あいつには香水の件は話していない」


「は? なんで教えてあげないんですか!」

 シャロンは驚いた。


「あいつはある意味、私と同じだから平気だ。まったく問題ない。骨抜きにされて操られることは無いだろう。だいたいあれが一番効いたのはニックだ。それから、ロイ、パトリックの順でララ嬢に心酔するようになった。いつも冷静なパトリックがああいう状態になるのだから、やはり、危険だと思う。まあ、覚めるのも彼が一番早かったが」


「その香水、馬鹿な人に、より速攻で強烈に効くんですかね?」


 シャロンが小首を傾げてきくとユリウスが何とも言えない表情を浮かべた。


「……好みもあるらしい」


 さすがにそれ以上フォローのしようがないらしい。


「なるほど、バンクロフト様はホーキンス様の好みのタイプだったんですね。それで、殿下と国王陛下公認の仲になってしまった私は明日からどうやって生きて行けばいいんですか?」


「申し訳ない。修道院に行くのだけはやめてくれ」


 ユリウスが潔く頭を下げた。

 いっそ開き直ってくれれば、殴れたのにとシャロンは拳を握った。


 その後、平身低頭して許しを乞い「どうか、修道院だけはやめてくれ」と縋ってくるユリウスに家まで送ってもらった。ちょっと鬱陶しい。


 自室で着替え、リラックスして風呂に入っている時にシャロンは気付いた。


(あれ? 来年の学園主催の舞踏会のあとに婚約するなら、問題なくない?)


 怖いのは彼の心変わりだ。それからシャロンは王妃を思い出し、ぶるりと震えた。




 ♢




 その後なんだかんだとユリウスは王族の行事が忙しいらしく学園を休みがちになった。このまま自然解消してくれたらとシャロンは祈った。


 そして、ジーナやレイチェル、時にブラットと平和な学園生活を送っていた。


 だが、しかし、平穏を破るようにシャロンの元に王宮から一通の不幸の手紙が贈られてきた。王妃フレイヤ直々の茶会の招待状だ。


「いやーー! これ、絶対に行きたくないんだけど!」


 その夜、プラチナ寮のシャロンの部屋に絶叫が響いた。


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