第29話 ヒロイン ララ2

「苦しんでる? 不安って、おかしな発言でもするのですか?」


 時に彼の舌鋒は鋭い、シャロンと話していると国家批判ぎりぎりの時があるので心配だ。

 

「ええ、ときどきぼうっとなさったり、あらぬ方向を見ていたり、頬を赤らめたり」


 それを聞いて脱力しそうになった。彼はわりとシャロンといる時もそういう行動をとる。むしろ平常。紛らわしいから大袈裟な言い方をしないで欲しい。


「ええっと、漠然とし過ぎていて分かりません。いつも通りだと思うのですが……。それでは私は食事がすみましたので失礼します」


 といって、シャロンがそそくさと席を立つと、ジーナもレイチェルもがたりと同時に立ち上がった。


 なんだか雲行きがあやしい。ずけずけと聞いてくるのはララなのに、シャロンとその仲間たちが、友好的に近づいて来たララを拒絶しているような雰囲気になってきている。


 レイチェルもジーナもいつになく険しい表情だ。


「あら、ジーナ様もレイチェル様も食べ物をお残しになるの? それを困っている人たちに分け与えられたらいいのに……。飢えをしらないから、平気で食べ物を残せるのね」


 責めるような響きはなく、悲しそうにララが言う。


 それは正論で、ジーナもレイチェルもぐっと押し黙る。そして、ララはシャロンに視線を移す。


「残念です。私も聖地巡りとやらを体験してみたかったのに。ユリウス様から聞いたんです。

 シャロン様がロマンス小説に夢中になって。その話ばかりしていると、自分を小説の中の王子と重ね合わせて困るともいっていました」


 シャロンは静かにララに向き直る。


「どうしてそんな嘘をおっしゃるのです?」


 即座に切り返すシャロンに、ララが目を見開いた。


「そんな……なぜ私が嘘をつかなければならないのですか!」


 瞳をうるませ、よく通る声で悲しそう。


 すると


「ララ嬢、こんなところで何をしているんだ?」

「探したんだぞ」


 慌てたようにパトリックとロイ、ニックがやって来た。学内でも有名な高位貴族の美形たちが入ってきたことで、食堂が色めき立つ。


 しかし、シャロンたちの雰囲気は最悪で。


「いえ、シャロン様と仲良くなりたかったのですが、私がうっかり怒らせるようなことを言ってしまって」


 と集まったご学友たちを見上げ怯えたように声を震わせる。


 すると見かねたジーナが前にでる。


「ちょっと待ってください。あなたが、ひどく失礼なことをシャロン様に言ったんじゃないですか。なぜ、ご自分を被害者のように装うのです?」


「そうですよ。質問も不躾ですし、先ほどからシャロン様の評判を貶めるような言い方ばかり。失礼ですよ」

 レイチェルも怒っている。


 すると気の短いニックが前にでてきた。


「お前ら、いい加減にしろよ。寄ってたかってララを責めて」


 とレイチェルやジーナを怒鳴りつける。


 ニックは燃える赤毛に整った顔立ちで、見目はよいがやや強面で、体も大きいのでふたりとも震えあがってしまった。


「やめて下さい。私が悪いんです。シャロン様たちと仲良くなりたくてつい……」


 とララが目を潤ませてニックを止めるように彼の腕にしがみつく。


 そこでシャロンはジーナとレイチェルを庇うように前に出た。


「ええ、バンクロフト様のおっしゃるとおりよ。ジーナ様もレイチェル様も悪くないわ。ホーキンス様、何の権利があって私の大切な友人たちを怒鳴るの? それから、私の半径5メートル以内に近寄らないでと言ったのに、まだ、わからないの? いい加減にしないとうちも示談に応じませんからね!」


 びしりと言うと、ニックがまるで夢から醒めたようにハッとする。


 するとララが、突然、食堂にいる学生たちに向き直り、訴えるように語り始めた。


「皆様、食事中にお騒がせして申し訳ありませんでした。私が余計なことを言ったばかりにシャロン様を始めとする高位貴族の方々を怒らせてしまいました。

 あの、それから、皆さまは高位貴族の方々がこの食堂を利用することについてどう思いますか? それに対して、私たちは気軽に高級食堂を利用できないですよね?」


 シャロンもジーナもレイチェルもララの行動に呆気に取られた。


 それにララは「私たち」と言っているが、彼女がここの地下食堂に来ることはない。いつも高位貴族の集まる上の食堂の方にいる。騒めいていた食堂がしんと静まり返った。

 


「ララ、皆の迷惑だから、行こう」


 意外にもパトリックがララに食堂から出るように促した。苦虫をかみつぶしたような顔をしている。


「なぜです? 騒ぎを起こしたのはシャロン様で、私は何もしていません。それに私、まだお話ししたいことがあったのに。シャロン様がどうしてユリウス様と付き合うようになったのか、まだ聞いていなかったのに。おかしいですよ。急に仲良くなるなんて。あの舞踏会の夜になにがあったのかもきけていない。私がユリウス様とお話ししながら、サンドウィッチを食べようとしていたときにシャロン様が突然やって来て、割り込んで皿を奪って」


「ララ嬢、いい加減にしてくれ。いくら何でもソレイユ嬢に不敬だ。彼女は侯爵令嬢なんだぞ?」


 ロイがララの言葉を遮ったので、シャロンは驚いた。今まさに自分で言い返そうと思っていたのに。


「そんな、不敬だなんて。ここの学園では皆平等でしょう? なぜ、シャロン様ばかり優遇されるの?」


 ララが頬を愛らしく上気させて学友たちに訴える。

 シャロンは自分のどこが優遇されているのか分からず首をひねった。


「これ以上はソレイユ嬢に失礼だ。ララ嬢、平等だと思うなら、あまり親しくもない相手の私的なことには首を突っ込まないように。君には人から無理矢理話を聞き出す権利なんてないし、親しくもない相手に馴れ馴れしい口を利いてもいけない。これは身分の差ではなく一般常識だ」


 パトリックが結構厳しい事をララに言うので驚いた。


「でも、私は陛下から選ばれたユリウス様の友人です。彼の心配をしたり、意見したりする権利があるはずです」

 ララが言い募る。

 

「ララ嬢、前々から言っているけれど、ユリウス様ではなく、殿下ときちんと敬称をお付けして。ずっとそう言われているだろう?」


 ロイがララに言い聞かせる。


 彼らに庇われるとは思わなかった。もっとも彼が庇ったのはユリウスの事だろうが。

 ついこの間までは皆何かとララの肩を持っていたのに……。


 彼らの豹変ぶりを見てシャロンは目を瞬かせた。


 まるでララが来る前の彼らに戻ったようだ。適度な距離を保ちながらもそれなりに仲良くしていた頃を思い出す。



 パトリックはシャロンをみて「嫌な思いをさせて悪かったね、ソレイユ嬢」といって苦笑すると、まだ少し不満の残るララをロイとともに連れ出した。


 するとニックがジーナとレイチェルのもとに走る。

 二人が何かされるのではないかと慌てていると、


「すまない。失礼なことを言った」

 といって二人に頭を下げた。そしてシャロンに向き直ると、


「あやまったから、許してくれるか?」


 とちょっと情けなさそうな顔をする。いやいやそこは二人に聞けよと思うが、無視することも出来ない。


「ジーナ様、レイチェル様、ホーキンス様の謝罪を受け入れますか?」


 二人が頷くと、ニックがシャロンに詫び、地下食堂での騒動は幕を閉じた。


 疲弊した三人は、地下食堂にもう一度座り込み溜息をついた。


 その間数人の女生徒たちが話しかけてきてくれた。


「私たちはソレイユ様達がいらして楽しいです」

「そうです。密かに『市井の乙女は国王と恋に落ちる』を愛読しています」


「先日クロエの書店に行ってみました。こんど私たちも聖地巡りをしようかと計画しているんです」

 と気をつかってか、みな友好的に話しかけてくれる。


 地下食堂ではあっても、清潔でメニューも充実しており、何よりここにに飢えを知る者はいないのだ。たいていが裕福な商家の子女か、下級貴族か、領地をもたない宮廷伯の子供たちだ。


「まったく、何だったのかしら……」

 シャロンが脱力したように言う。


「私、バンクロフト様って苦手です。ちょっとおかしな感じがします」

 ジーナが不満そうに言う。


「ああ、それは私も思いました。上手くは説明できないのですが。何かおかしな方ですよね? 違和感というか、地なのかとぼけているのか判断がつかなくて……。悪意はあるような気がするけれどちょっと違う様な。いやでもあれ、絶対悪気があると思うし、でも見た目も話し方も優しいし」


 レイチェルも首をひねる。


「私も何かが引っ掛かるんですけれどうまく言えなくて。それより、ごめんなさい。お二人を巻き込んでしまって」

 シャロンが頭を下げる。


「やめてください、シャロン様。そんなとんでもない」

「私たち、お友達じゃないですか」

 二人は口々に言う。


「味方になってくれてありがとう」

 とシャロンは心から微笑んだ。




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